「週刊朝日」 書評  

           今一生著 メデイアワークス刊行  
         「完全家出マニュアル」
定価1400円

  帯に曰く「家出は、最強の人格改造計画だ!」。著者の「家出」の定義は明確だ。「ひとりで生きていける自信を 自分で養うこと、それが家出の目的で ある」。
 本書を青少年だけに独占させてはも ったいない。実に五十歳を過ぎた私が 熟読してしまったのは、最近、身にし みて自分の「自立度」が疑わしくなっ てきたからだ。

 目、歯、魔羅など老化の初期症状に
加えて、ごたぶんにもれず、時代の閉 塞状況とやらにイライラ、不安材料に 事欠かず、年金の恩恵は遠のいていく ばかりか、「破綻」説も有力だ。

 家族や公的介護に頼らずに暮らした い。せめて身の回りのことは、自分で キチンとしたいと思いながらも、炊事、 片づけ、洗濯、何ひとつまともに出来 ないばかりか、すべてから見放された ような「江藤淳病」は自分の中にもあ るぞと愕然とする。そんな時に出会っ たのが本書だった

 家の規制や、プレッシャーをかけて くる親もいない今、私には家出の理由 はない。だからマニュアルも要らない。 しかし家出は「人格改造計画」であり 「自立支援策」と考えると、本書の読 み方も各人各様になってくる。各章の 切実度もさまざま、実に自分なりの読 み方が許される。目的地は只一点「ひ とりで生きていける自信」である。

 「あなたが殴られ妻の場合」は、夫 婦間暴力にあった女性の対策と駆け込 み寺が紹介され、「キミが被虐児の場 合」は、親の暴力にさらされた児童の ための相談窓口が、懇切に列挙されて いる。いずれも、私には関係ない。

 こうして見ると、女性と子供のケア に社会は何とか努力してきたが、「い い年こいた男性」のためのケアは怠っ てきた。しかし、アフター・バブルの 今、本当に深刻なのは中高年男性の状 況ではないか。自殺者急増がそれを語 っている。もはや、寄宿舎付きの自衛 隊入隊はムリ、という年齢の男たち。 ホスト・クラブで稼ぐには、あまりに シャイな男たち。それら中高年男性が どう自立し、人生を巻き直すにはどう したらいいのか。その層への視点を本 書が欠いているのは惜しい限りだ。家 出問題とは自立問題であり、それは今 や万人のものなのだ。

 ただし、誰にでも役立つ普遍的情報 とノーハウは抜け目なく網羅されてい る。「家出の七つ道具」は、老人にだっ て必須の日常用具だし、近く起こる大 災害を考えれば、これぐらいは誰もが 常時身につけていたい。ちなみに七つ 道具とは、健康保険証に…いや本書の 営業妨害はやめておこう。

 さしづめ明日にも役立つのは「飢え をしのぐ方法」。例えば、スーパー、デ パートの試食コーナーが懇切に紹介さ れ、「食い逃げするよりはマシ」の但し 書き付きで、銀座三越や新宿伊勢丹な どが紹介されているから、早速メモ。 ただし「試食はあくまで非常手段。プ ライドがどんどんなくなることに注 意」と警告も忘れていない。ハイ、分 かっています。

 家出の成功・失敗はこの「プライド」 がカギであると著者は言う。「家出の 失敗とは、親にみつかることでも、家 に強制送還されることでもない。精神 的にも経済的にも一人で生きていける 自信(プライド)を自分の心に定着で きないことだ」 

 本書が今のタイミングで出され、し かも売れているらしいのは何故か?  家族と関係なく自分自身を生きること が切実になったからである。家庭も会 社も頼りにならなくなった。そして、 国家など、もっと頼りにならない。「国 家」と関係なく自分自身を生きるには どうしたらいいかを、広範な人間が考 え始めたからではないか? 

 自立できずに国を頼り、国家の破滅 につきあうのはゴメンだ。本書の底流 にそれがある。国旗・国歌法案で愛国 心の向上などは、ツーオールド。「戦争 論」が国のために死ぬことを美化した って、ツーレイト。

 家を出る、今ある秩序からズレる、 国と無関係に生きる。そのための精神 的シミュレーションに格好の手引だ。