「週刊朝日」書評
岩下久美子著『おひとりさま』
中央公論新社刊
定価1400円(税別)
犬や猫が読んだら吹き出しそうな本である。人間とは、メシを食ったり日向ぼっこをするのも、独りではできない不自由な動物らしい。
今般の同時多発テロによって戦争が始まるかも知れない。誰もが感じる不安の中で、私はたまたま本書を手にし、「大きな変革の過渡期に当たる現代、拠り所になるのは『自分自身』である」という一行に出会った。それは慰めであり、救済だった。
ワインレッドの装丁、本書はもともと「平時」に生きる若い女性向けに「仕事も恋もサクセスするため」に書かれた"お手軽本"である。著者は「おひとりさま向上委員会」を立ち上げ、女性一人の外食や旅行を応援することも始めている。本書には、女性一人で入りやすいレストラン、バー、ホテル一覧が掲載され、諸注意や「おきて」まで箇条書きされている。
「おひとりさま」とは、通常は一人客に対する業界用語だ。それが著者によって「個の確立ができている大人の女性」に転じ、さらに「自他共生していくための知恵」へと筆がおよぶ。
かつて海老坂武の名著「シングルライフ」が、男の独身暮らしの深淵に読者を誘ったことがある。あれから十五年が過ぎ、何故、いま女性たちは一人でいることに強い関心をもつのだろう? 答えは簡単、魅力的な男がいないからではないか。そういう思いで書店を見渡すと、あるある、その種のタイトル本。
「ひとりの時間を楽しむ本」(吉元由美・三笠書房)、「ひとりの暮し、小さな贅沢」(有元葉子・筑摩書房)、「いつもひとりで」(阿川佐和子・大和書房)。それに、離婚の開放感を綴った花田憲子「凛として」、岡田美里「しあわせのかたち」も同ジャンルに加えていいだろう。
著者が「おひとりさま」を書いたきっかけは、「人はなぜストーカーになるのか」(小学館)を取材執筆したことだった。誰かに徹底依存することで自我を保ち、しがみついた相手が去る時、逆上して破滅行動に相手を巻き込む。ストーカーは、そして人は、なぜ一人でいられないか。そのような問いを反復するうち、著者は自分の虚しさを他人で埋めようとしない「おひとりさま」の世界観へ踏み入った。
かつて全共闘世代は、「連帯を求めて、孤立を恐れず」だった。それが今や、つるむ、群がる、会社に依存する「パラサイト・オヤジ」として本書では揶揄されている。実はこのテーマは老若男女、だれにとっても大事なテーマだ。著者が目指す「ひとりであることの哲学」は、未熟で試論以前。しかし、ワインを飲む楽しさのように、哲学は構築されるプロセスが大事だ。
本書で言及される人物や文献を、私はワインのサカナが小皿にのって出された気分で読み進んだ。
たとえば、衣食住に渡って一流を「ひとり」で楽しんだ池波正太郎の美学。
また、夏目漱石著「野分」の一節。「僕も一人坊っちですよ。一人坊っちは崇高なものです」。
そして、今と全く同じ大恐慌の昭和四年、大宅壮一が書いた、女たちへの「一人で生きる心構えの文」が身につまされる。大多数の妻たちは二重に失業の危機にさらされていた。夫からの離縁、そして夫自身の、雇い主からの馘首。今や時は移り、会社は火の車、頼みの「国家」は劣化どころか、屋台骨までやられている。そこに新しい戦争の勃発が報道されている。いよいよ主体的にひとりで生きることを選ぶ時代が来たようだ。
その時、重要なキーワードが著者から提示された。「世間的には」、「みんなは」という発想をもうやめ、自分が過ごしている「時間」の大切さに目を覚まそう。それが著者のオリジナル概念「時間コンシャス」である。
本書は語る「ワインの醍醐味はそのプロセス、時間と共に変化する味わいにある」。思えば、人は「自分」という一本のワインを、生涯かけて飲んでいるのではないか。官能と精神の冒険をもって、その「時間」を楽しんでいますか? その問いを残して、著者は突如この世を去った。平成十三年九月、南の海で、水死事故だった。