月刊「現代」 書評
河上イチロー著 「サイバースペースからの攻撃」
雷韻出版 評者 石井信平(映像&出版プロデューサー)
私が今、一番興味をもっているメデイア人間は、河上イチローといういかがわしい男だ。「インターネットのお騒がせ男」、自称サイバーハカイダー。マスコミからみれば、こんな男を世の中に放置していいのか、という人物だ。
その男の「超あぶないネット本・第2弾」が出た。真っ黄色というのが、まずいかがわしい。表紙にゲッペルス風の男が叫んでいる写真。流麗、洗練のヴィジュアル時代に
、異物のように書店の片隅に積んであった。
「マスコミの寵児」という言葉があるが、河上イチローはインターネットの風雲児、風のように実体不明。しかし、その確実な「実績」については朝日新聞、共同通信、週刊新潮も取り上げた。「紀宮殿下ファンページ」「Nシステム全国マップ」「日本と世界のスパイ諜報機関」などのホームページ(HP)をネットに開設した。インターネットはジャーナリズムになりうるのか? 世論を作れるのか? いかにもいかがわしい本だが、そういう重大問題を考える上で、本書はおよそ避けて通れない本である。
インターネットの特性とは何か。新しい金儲けやマーケテイングの観点からではなく、あくまで個人の自己表現メデイアにこだわって考え抜いた「使える!ネットメデイア超効果的発信法」が第一部。HPを開設して自分を発見した女性たちとのインタビューがおもしろい。「今の自分がイヤになった時、入れ替わってみようかなと思って……」
インターネットは新しいメデイアになりうるか? と問うとき、私たちは旧来のマスコミに代わる一枚岩のものを想像する。しかし、インターネットは一つのメデイアではない、という河上の主張は新鮮だ。多くのメデイアが「のっかる場所」。言ってみれば、既存のメデイアすべてがサイバーな状態で存在する「情報インフラ」だ、というのである。
HP、メールマガジン、リングリスト、掲示板、チャット、ネットニュース、これらすべてが別々なもので、自分の伝えたい内容によって向き不向きがあること、それがまさに媒体特性である。うーん、実に大変なことだ。もし一般大衆が、マスコミが提供する情報を「消費するだけ」のアホらしさに気づき、これらで表現することの楽しさに目覚めたら、一体どういうことになるか。新聞・テレビが今、ネットは「犯罪の温床」「有害」「あぶない」と連呼しているのは、やがてオレたちの商売あがったりだ、と恐怖しているからではないか?
メールマガジンVSマスコミの熾烈な戦いの具体例。「ニュースステーション・ダイオキシン騒動」で葉っぱものの正体を、どこよりも早く流したのが「サイバッチ」というメールマガジンだった。その黒幕Z氏が本書で語っている。
「マスコミが情報を独占することは悪である。それだけなんだよね」。この発言にあるように、現在元気がいいメールマガジンの動機は「アンチ・マスコミ」である。マスコミがないと成り立たない。「蚊がいてくれてこその蚊取り線香みたいなもの」と本書も笑っている。
しかしこの線香も、クリントン大統領セックス・スキャンダルの時は世界中を騒然とさせた。マスコミが報道するかどうか社内でもめていたケンカを、誰かが、ハリウッドのギフトショップ店長マット・ドラッジのスキャンダル情報ページ「ドラッジ・レポート」に持ち込んだ。巨大なウネリのきっかけである。この事件以来、アメリカの主要メデイアは「ネットで報じてから、紙媒体でも」という順番になった。
それに負けずにスゴイのが、北朝鮮偽装漁船事件だ。あの時、河上イチローの「軍事掲示板」の書き込みに、時々刻々、次のような情報が寄せられた。
3月23日21時21分。「北の偽装漁船追跡中!って皆さんご存じですよね」という書き込み開始、「自衛隊法第82条の検討で対処」「護衛艦みょうこう警告射撃」「はるな警告射撃」「あさぎり追跡に参加」「P-3C哨戒機発進」「逃走する漁船の写真掲載」「4隻の護衛艦の性能、艦長の氏名、位階」…これらの情報が実に分刻みで寄せられて、まるでテレビ中継のようにリアル。すべて、マスコミ報道のはるか以前にである。
それがどうした、と言えばいえる。しかし、それなら裁判で判決が出た後、記者が一目散に走り、息せき切ってカメラ前で叫ぶ、あれが「報道」であろうか? マスコミはどんな立派な取材をしているんだ、と茶々を入れたくなる。
まだ始まったばかりのメデイアである。監視の目を光らせる、とか、つぶすとかは早すぎるのだ。しかしドクター・キリコ事件以来、あちこちで掲示板がつぶされている。最終章「荒野のネットワーカー生き残りテクニック」はパソコンに触る人間なら必読だろう。生き残り、というほど事態は緊迫しているのだ。彼は第3弾の本を出す前に抹殺されるかもしれない。ネットをやっているやつは危ない、危険だとマスコミはキャンペーンしているが、「本当の危険」にもっとみんな気づくべきだ、と彼は遺言のように語っている。
例えば、日々私たちが出しているメールは、相手に届く前に、いくらでも覗き見可能、変更可能、そこに盗聴法ができたらどうなるのだろう。女性たちよ、今でも下着の通販をネットで申し込むことがどんなに危険か、分かっていますか?どうしたら自分の個人情報を守れるか。そういうことを、マスコミはいつ教えてくれたか?
彼がなぜ匿名を貫いているか、それは巻末に引用されている「このパンフレットの筆者が誰であるか、読者には知る必要が全くない。注目すべきはその主張であって、筆者ではない」というトマス・ペインの言葉の通りである。ひょっとすると河上は妙齢の女性かも知れない。私のバーチャルな読後感である。