「現代」書評・石井信平
講談社 下山進著
「勝負の分かれ目」
副題・メディアの生き残りに賭けた男たちの物語 
定価(本体 2400円+税)

ジャーナリズムとは、本来「ことば」のいとなみだった。言葉は「精神」から発する。しかし、ジャーナリストは決して精神を説かない。世俗にまみれ、神にも悪魔にも組みしない。メデイアとジャーナリストの数だけ銃眼があって、戦術と言葉を尽くして「公共」の利益を損なうものに豊かで激しい言葉の弾丸を浴びせる。

 しかし、今や、そのような牧歌的な子守歌の時代じゃないことを本書は告げる。時事通信、ロイター、日本経済新聞、ブルームバーグなど…生き残りを賭け本当にこんな凄まじい戦いがあったのか、読み終わって私はしばらく立ち上がれなかった。

 8ポ、二段組、五五〇ページを越える本書を読み終えた後の、この疲労感は何だろう? それは本書の分量のゆえではない。我々が日々接しているマスコミが、どうして今こんなことになったか、これからどうなっていくのかを考えさせられ、一種虚無的な思いに陥ったのだ。

 物語にしては「ロマン」がなく、盛衰記というには、動くカネの大きさに「人物」が小さく見える。それが現代の企業戦争なのだということを、会社勤めの個人が、可能な限り丹念に取材して書き上げた労作だ。

 「IT革命」がジャーナリズムを変えている。言論機関の戦いならば、「論争」で決着をつけるのが本来だ。しかし、実はコンピュータ・テクノロジーをどう企業戦略に取り入れたかが「勝負の分かれ目」だった。

 メデイアとコンピュータ。その黎明の物語は胸を打つ。ニューヨーク証券取引所の電算化と相場報道の実態を日本にもたらしたのは一九六二年、時事通信の記者・小林淳宏だった。克明な取材は厚さ二センチの膨大な報告書になった。これを受けて東証理事・馬場光雄は取引所の完全機械化の夢を実行に移そうとした。しかし、「先駆的なアイデイアは傷をなめあう横並びの業界根性と労働組合によって阻まれた」。

 「電子計算機」と訳された時、コンピュータの日本での不幸は始まった。計算などは能力のほんの一部。情報を記憶し、時間を制御し、システムとネットワークを作るコンピュータの能力を見抜いた欧米のメデイアと証券界は既に走り出していた。

 アメリカで生まれた新技術を応用し開拓したのは絶滅の危機にあった英国の通信社ロイターだった。リアルタイムの株価応答システム「ストックマスター」を起死回生策として世界展開したのは三九歳のロング社長。彼が日本に乗り込み、共同事業を呼びかけた先は時事通信社だった。しかし社長・長谷川才次はこれに応じなかった。経済の時代が到来していることを見抜けなかったのだ。

 ロイターが長谷川から四年間返答を待たされた末、これに応じたのは日本経済新聞社長・圓城寺次郎だった。「勝負の分かれ目」である。長谷川はやがて泥沼の労働争議で社を追われる。

 では日経は勝ったのか? 新会社の社長に迎えたのは大蔵省証券局長・志場喜徳郎だった。官による規制経済を紙面で批判する日経が、官の庇護をたのむ無様さ。この会社(QUICK)

の設立が一九七一年、証券取引所の電算化が七四年、先の小林レポートから、実に十二年が過ぎていた。

 この年、ニクソン演説で通貨は完全に変動相場制となり、国境を越えて経済は変動を始めた。これを受けて、ロイターは「ロイター・モニター」という金融情報サービスを七三年に開始した。しかし日本では五年経ってもこれに認可がおりなかった。郵政省とKDDがこれを阻んだ。もうウンザリだ! と言いたくなる、この国の官と民のありよう。本書を読みながらの疲労の原因はここにもある。

 その後の日経の躍進は誰もが知っている。「経済に関する世界総合情報機関」をうたい、通信社機能とデータベース化を徹底的に追求した。その絶頂期に社長の森田康はリクルート事件で失脚する。そして、バブル崩壊以降も続けた無謀な事業拡大路線がQUICKを立ち往生させた。所詮、日本という閉じられたシステム、証券取引法と行政の規制に守られた事業だった。

 一方、ロイターは果敢に国際市場を開拓した。そして次のステップは、コンピュータ上の取引の執行(デイーリング)だった。編集幹部が異議を唱える「もうジャーナリズムではない、これはカジノだ!」。

 しかし、マネーが情報であり、情報の場が、そのまま投機の現場になって何が悪い? ロイターの役員会議の決定は経済ジャーナリズム「勝ち組」の行き着く先を見せてくれた。

 アメリカの金融革命は全く新しいメデイアを生んだ。ソロモン・ブラザーズのトレーダーが興した新通信社「ブルームバーグ」だ。米国債の値段を速報する端末事業を拡大した同社は「ニュース」へ進出を決める。「端末はジャーナリズムなのだ」の自負、そこから文字の分野に打って出るのだ。

 外国メデイアを締め出す日本の記者クラブを「非関税障壁」ととらえ、商務省や在京アメリカ大使館を動かして果敢に戦ったのはブルームバーグだった。東証の「兜倶楽部」は遂に外人記者に門戸を開いた。

 ここであぶり出されてくるのは、規制と習慣に守られた日本のメデイアの甘さと遅れだ。七〇年代は日本の製造業が、九〇年代は金融業が経験した国境を越えた厳しさを、メデイアだけはいまだに経験していない。「分かれ目」どころか、メデイアはまだ勝負さえしていない。

 一歳の赤ん坊を残して、時事通信記者・堺祐介の過労死は無惨だ。彼は報道戦士だった。しかし一体何を戦っていたのだろう? 投資家のために二四時間体制で情報を送り続けた。それはカジノでチップを運ぶフロア係とどう違うのだ? 同僚の一人が言う「死ぬ思いで記事を送っても、半日たてば誰もが知ってる話じゃないか!」。読後の疲労感はこの言葉を発した記者の徒労感と通底する。

 本書は次のことを問うている。神にも悪魔にも組みしないはずのジャーナリズムは、カネと「市場」に帰依し始めたのか? 時代は今や世界全体をカジノに変えている。まるで「カネこそが公共の利益」と言わんばかりに。