「現代」2000/9書評
文芸春秋刊 辺見じゅん編著
「昭和の遺書」
副題・南の戦場から
人は遺書を批評できるだろうか? それは徹底的にプライベートなもので、他人に読まれることを夢にも思わずに書かれた。それが突然82人分集められて一冊になれば、びっくりするのは遺書のほうである。
本書の帯に曰く「太平洋戦争中、前線の兵士たちが愛する家族に遺した『最後の声』に耳を澄ましてほしい!」
辺見じゅん氏の編集・刊行の意図は何だろう? しみじみとして欲しいのか、さめざめと泣いて欲しいのか? よるべなく漂う日本国家に、せめてここはビシリと愛国心のクサビを打ち込みたいのか? 政官財の腐敗が極まり、17歳の「心の闇」が刃物を振り回す時世に、かつてこんな純粋な魂があったことを思い起こしたい。そのために、遺書たちは55年のホコリを払ってここに「平成の赤紙」で動員された。
「なんじゃ、こりゃ?」突然だが、これが私の読後感だ。いったい、こんな納税者と国家の関係ってあるだろうか、という驚きと疑問が、涙なくして読めないはずの遺書への「しみじみ」「さめざめ」を吹き飛ばした。とにかく、まとめられると異様だ。各遺書の純粋さ、編者の善意などお構いなしに、この本は読者の勝手にゆだねられる。
私は本書に打たれた。遺書の純粋さにではなく、これを書いた兵士一人一人の「無惨さ」にである。各遺書や手紙に添えて、辺見氏が淡々と書く事実解説が、それをあぶり出す。
無惨の第一は、兵士のほとんどが、どこでどのように死んだかわからないという事実だ。公式な戦史がいかにインチキか、それが大岡昇平氏の「レイテ戦記」執筆の動機だった。それが一人一人の兵士の死についても言える。「戦死公報」があてにならないのだ。
国は納税と兵役を国民に課した。赤紙で兵士を召集してアジア各地の戦場に送り込んだ。しかし、その周到なシステムは、兵士がどこで、いつ、どのように死んだのかを報告する責任を果たさなかった。
切々たる文を書き送った兵士たちは、死んで故郷に帰った。白木の空き箱で、石ころで、飛行機の破片で…。添えられた「公報」にはただ「○○方面で戦死」だけである。所属の部隊名まで間違っている場合もある。納税者への情報かくのごとし、一事が万事である。
悲嘆に暮れる遺族らが自力で調べて真相を突き止める困難は想像を絶する。かろうじて見つけた戦友が語る真相も、実は真実ではない。「勇猛果敢、名誉の戦死でした」。遺族を前に、型どおりの美談以外の何を戦友は語れるだろう?
無惨の第二は、これだけ並ぶと遺書の定型や類型が読みとれ、そこに共通の空洞がいやでも見せつけられることだ。
各遺書には「自分」がない。家族への「思い」は切々とある。しかし、自分が立たされた状況への疑問がない。かといって確信もない。ただ、所与の自然として状況を甘受し、見事に知的探求を放棄している。それが従容として死を恐れぬ日本武人の潔さなのであろうか? ならば敢えて言いたい、この程度の知性では、間違いなく国は滅ぶ。
どんな政治状況でこれらの遺書は書かれたか? 本書はそれを無視して作られている。それを書けば遺書たちが汚れる、といわんばかりに、ひたすら遺書のもつ「純粋さ」にすがっている。
この戦争の発端は外交交渉の行き詰まりだ。戦域は拡大の一途をたどり、およそ近代戦争で国家が負うべき当然の施策、情報、医療、食料、精神的ケアなどは作戦の外におかれた。
そして「政治」が欠如したまま、無謀な作戦が連発され、そのズサンと無責任は、今の金融・公共事業のそれと同じ。いったい、誰の責任において起案し、決定したかが問われぬまま、なし崩しに「一層の奮闘」が説かれた。人命は木の葉のように南のジャングルに散っていった。
本書に登場の多くが死んだニューギニア戦線に投入された兵士20万人、戦死者16万人、その大半は飢餓とマラリアだった。兵士の敢闘を讃える前に、これは国の恥である。そのような戦場から「お父さんも元気いっぱい、ひたすら任務に向かって邁進中」という手紙は出された。これは「無惨」というよりブラックユーモアではないか。
「君国のため喜んで一命を捧げる覚悟」「滅私奉公のご教訓を胸に決戦に向かいます」。遺書に見る定型、類型は、思えば当たり前かも知れない。戦時下の検閲を思えば、自己を語るなど軟弱である。まして状況を疑うなど、とても書けない。
しかし表現の類型は、実は自己検閲と「自粛」のメンタリティーのせいではないだろうか?
戦場の修羅場で、兵士の手紙にいちいち検閲や添削などしていたと思えない。運ぶのが精一杯、むしろ届かなかった遺書のいかに多かったことか。
むろん遺書や手紙にハッとする個性やユニークさを見ることはある。故郷に残した聾唖のわが子を不憫に思う手紙に、私はしばし先に読み進むことが出来なかった。また、「象のスキヤキを食べました」という手紙の個性は際立っている。
今の日本に「純粋」を探求したら戦死者の遺書に行き着いた。しかし、私の愛国心は、このような遺書の堆積に満足しない。これは後ろ向きの感傷ではないか?
兵士たちが遺書を書いたのは戦場であり、そこには敵がいて「現地人」もいた。彼らはそこで殺し合った。彼らを殺戮に駆り立てた政治の失敗を、私たちは見極めたのだろうか?
本書は殺伐たる世相に一服の清涼剤となる。それは遺書たちにとっては二重の悲劇だ。こんな日本にするためにオレ達は死んだのか! また、とても日本国のプレゼンテーションにはならない。むしろ狭量なナショナリズムに人を誘いかねない。
昭和20年8月9日、ソ満国境でソ連参戦に遭遇し、私の兄は行方不明のままである。14歳だった。遺書はない。生き残った者が、このような死者の群れから、どういう政治と知性を世界に提示するか。耳を澄ますべきはその声である。真の愛国心はそこにしかない。