「週刊朝日」書評
角川書店刊
ロバート・ホワイティング著
松井みどり訳
『東京アウトサイダーズ』
定価1800円(税別)
また外人にしてやられた! 組織に属さず、記者クラブに頼らず、日米関係の「裏面」を、こんなに旨く一冊の本に料理されてしまった。しかも本書は、大ヒットした前著『東京アンダーワールド』で書き切れなかったトラック一杯分の資料を基礎にしている。二番煎じ、というより、低迷する出版界における「ウィニング・ラン」と言いたい書物である。
前著はニック・ザペッティという、夜の六本木を支配した男を、血のしたたるステーキとしてテーブル中央に置いたフルコース料理だった。今回は、詐欺師、娼婦の多国籍軍、それを仕切るアウトローやゼニの戦士たちが次々に登場する「回転寿司」のような本である。
これが日米戦後史だった。二つの国家の裏と影で、こんなに悪く、ズルく、賢い連中が暗躍し、頻繁に太平洋を往来して日本から甘い蜜を吸い取って行った。「ビブロス」「ダニーズ・イン」「ラテンクォーター」など酒場やクラブで、彼らは取引と陰謀を図った。それらは霞ヶ関、国際文化会館、アメリカンクラブより、遥かに熱い日米関係の現場だった。
なぜ日本人は正直者で騙されやすいか、そして取引をする時も、ガイジンの身元さえ調べない国民性に、著者は苛立つ。金髪の娼婦に「特急」サービスであしらわれて「20分・5万円」で放り出される不運な日本男性も描かれる。
そして、もっと深刻な日米問題もあった。昭和32年、生活のために薬莢を拾う日本人女性が、米軍演習場でGIに狙い撃ちで殺された。犯人は日本側で裁判を受けたが、執行猶予で帰国してしまった。この「ジラード事件」から、最近の「えひめ丸」沈没事件まで、日米関係をゆるがす不祥事にも、日本側はいかに相手に甘い裏取引をしてきたことか!
GI犯罪による日本人被害者への見舞金はいま三五〇万円。これを支払っているのが、日本国政府であることを本書は指摘する。あの「20分男」を笑えるだろうか。
裏の事実を集めた本書を「裏本」に分類してはいけない。たとえば「カーキ・マフィア」という米軍内部の犯罪同盟組織を著者は取り上げる。日本の警察、外交、メディアは、日本国民の利益を存分に吸い取ったこの組織の摘発にいかに怠慢だったか。そのような日本の「表」でいいのか、日本のエリートたちの「表」の守りは大丈夫なのか、という問いの書でもある。
実は、野蛮で下品なアメリカ人を果敢に迎え撃った日本人グループがいた。ヤクザである。彼らこそ戦後いち早く米国に対等に向き合い、シマを死守した。米国やアジアのマフィアからグローバル・スタンダードを学びとった。本書は日本人が軽視したり馬鹿にしがちなヤクザを、むしろ日米金融関係の、最重要項目に位置付けている。
バブル期に積極的に対米投資し、金融市場を牛耳ったのはソニーや松下ではない、ヤクザだった。日本の暗黒街にだぶついた資金の大半は銀行の不良債権となり、ヤクザ関連だけでその金額は報道されている額を遥かに超えて一兆ドル! 銀行は報復を恐れ、その存在すら認めないことを本書は突く。日本の長い不況、それは「ヤクザ不況」だ。裏こそ表の問題が、ここにもある。
また外人にしてやられたとは、日本現代史の美味しいところを、また連中にしゃぶられてしまった、ということだ。占領期の日本を調べ尽くしたジョン・ダワー著『敗北を抱きしめて』、昭和天皇の戦争責任を論証したハーバート・ビックス著『ヒロヒト』。両著はアメリカ読書界最高の栄誉、ピュリッツアー賞を二年連続でとっている。わが出版界が、タブーと自己規制で萎縮している時にである。
長期不況と空前の犯罪件数の日本は今、外資の草刈場となりつつある。その影で何が起こっているか、「どうやらこの調子では、続編をもう一冊書けそうだ」と著者は最後に豪語している。
まず正すべきは、対等を逸した読書界の日米関係だ。日本から彼の地に飛び、アメリカの暗部を突く「ペンのイチロー」はいないのか?