「現代」書評
日経BP社 矢沢永吉著
「アー・ユー・ハッピー?

定価(本体1300円+税)
評者・石井信平


なんて「ボキャ貧」の本だろう、最初読んだ時そう思った。ライブコンサートで、歌の合間に喋っているノリの本である。

ここに漂うツッパリと永チャン節は、五一歳にして健在なロックンローラーぶりだ。「相変わらずのオレだけど、ヨロシク」言ってもいないのに、耳にそんな声が残る最初の読後感。刷り込まれたヤザワ・イメージである。ところが、再読してわかった。ここにあるのはツッパリではない。「すなお」である。

時を待つ静けさ、いくつもの挫折で体得した柔和さが顔にある口絵写真。「幻で構わない、時間よ止まれ」と永チャンは角瓶ウイスキーのCMで歌ってきた。しかし、時間は片時も止まらない。過ぎた月日は最初の著書「成り上がり」を二十年も向こうに押しやった。

その間に起こった公私にわたるヤザワのトラブル、離婚と再婚、ビジネス上の事件事故、悔しいこと、悲しいことの連続を語っている。その間、この国もまた「沢山の挫折」を経験した。高度成長の滑走路を離陸して「バブル」があり、その崩壊後の混乱が未整理のまま二一世紀に雪崩れ込んだ。

日本は金融と政治において手ひどい失敗をした。実は、今の日本を覆っている不安の根っこは、その向こうにある「言葉が無意味にされていく状況」にある。「ボキャ貧総理」と、それを継いだ森首相の貢献は「日本語を信じるな、日本語では何も伝わらない」と日本国民に教えたことだ。そのような「日本崩壊」のイメージの中に、この本を置いてみる。

そこに、ありありとコントラストができる。後退する国家と、前進する個人。滅びゆく国と、生き延びる個人。落とし前をつけられない国と、キッチリと「張るときは張る」個人である。こんな言われ方で、びっくりするのは永チャンかもしれない。聞こえてきそうだ「俺をそんなものと比べないでくれよ」と。

しかし考えてみよ、詐欺で三十億円をパーにしても、借りた金は愚直に返済し続けるヤザワ。「だって、借りたものは返せと、お婆ちゃんに教えられたよ」。一方、借りた借金をチャラにされる会社や、税金を投入されてイケシャーシャーの銀行がある。

彼が言っていることは誠に単純で「まともな自分でいたい」「自分の生き方は自分で決めたい」、こうして書き出すと、生け簀から鮮魚を取り出すように言葉が死んでしまう。「おじさんの自分探しの本」、そう揶揄され易い無防備な本である。

挫折することも、年をとることも、みんなステキなオレの財産だ。この自信と素直さで、ヤザワはハッピー。国破れても永チャンのこの本は残る。

アー・ユー・ハッピー? まっとうで、すなおで、信じられる言葉がここにある。分かったよ、ロックンロールって、一生ものなんだ。