書評
ノーム・チョムスキー著 山崎淳訳
「9・11 アメリカに報復する資格はない!」
文藝春秋 定価1200円(税込み)
9月11日以降、「緊急出版」と銘打った沢山の本が書店の店頭を占拠している。本書は「9・11」という原題のシンプルさ、本の薄さ、内容の鋭さにおいて他を圧倒している。
あの日以降、アメリカの国論は「正義の反テロ戦争」で一致し、メデイアも知識人もブッシュを支持した。そう伝えられたのを信じて、私は毎日、テレビや新聞を飽かずに眺めていた。イスラマバードやカブールから伝えるサラリーマン記者たちの日替わりの、ヒステリックな、伝聞まみれの報道に、私はいつか洗脳されていた。その間、アメリカでは、実はこんな本格的な議論がされていたのだ。
事件直後から、世界中のジャーナリストが一カ月にわたり、主としてEメールでチョムスキーにインタビューした。たとえばコロラドのラジオ局、スイスのローカル紙、ギリシャのTV局など。本書はそれを編集した「緊急出版」である。
チョムスキーってまだ健在なの? ベトナム戦争当時、反戦の論陣を張った言語学者は、今71歳になった。「愛と平和」でいったい今回の「戦争」を捕らえ、総括できるの?
複数のインタビューは、ともすると脈絡を欠き、答えは右往左往しかねない。しかし、チョムスキーの歴史意識や国家観に全くブレがない。実にクールに歴史の諸事実を押さえている。米国はこの半世紀、いったい何をしてきただろう。56年ガテマラ政府を転覆。65年インドネシアでの虐殺。80年代ニカラグア、さらにレバノン、南ア、東チモールでの殺戮。すべてに米国の軍事介入があった。近くは98年スーダン「アル・シーファ」製薬工場の破壊は、同国の医薬品九割を供給不能にし、その結果、数万人の死者が出た。
日本のメデイアがほとんど忘れ、追求しない事実が次々に挙げられる。86年に米国は国際司法裁判所で「有罪」判決を受け、賠償金の支払いを命じられた唯一の国だった。同年、ニカラグアでの戦争行為で、「国際法を遵守せよ」との安保理決議に、米国は拒否権を発動した。彼は断定する。「アメリカこそテロ国家の親玉ではないか」。
彼の軍事・外交・国際政治の正確な知識と記憶、それを駆使した知的構成力に改めて驚く。45年8月6日、広島に原爆が投下され、全米が「祝賀」に沸いたとき、15歳のチョムスキーは誰とも話しができず、「二、三時間、独り林を歩いた」という。孤立ではなく、本質的な思考が出来る人と言うべきだろう。
彼の答えのクオリテイーは、実はすべて、インタビュアーの本質的な問いによって導き出された。問うことをやめ、ただ総理や要人の口元にマイクを差し出すだけのわが「ジャーナリスト」たちの作る喧騒を、しばし忘れるのに格好の書である。