こんな人生の終わり方もいいのではないか、そんな思いで書きました



日本経済新聞 『描かれたエルダー』 
石井信平 


網野菊著  「一期一会」


美しく見栄を切って人生の舞台を去りたい。名優の演技に見とれながら、振り返る自分の生涯。私の人生に花はあっただろうか。
 
昭和四一年六月四日、網野菊は「八代目市川団蔵が入水自殺、八四歳」の報道に衝撃を受けた。つい二ヶ月前に歌舞伎座で引退興業を終えたばかりの、彼女が愛してやまない役者だった。


小説「一期一会」は、団蔵が五月一日に東京から四国巡礼に旅立ってから死に至る経緯を丹念に描いた作品だ。死に行く団蔵に寄り添い、呼吸を分かち合うような筆づかいが胸を打つ。

女流作家として「花がない」と言われた彼女は、同じく批評家から「花がない、一本調子の役者」と言われた団蔵に強い親近感をもっていた。彼が人間国宝に指定された日は嬉しさに一晩中涙にくれた。

名優も生き長らえて舞台上で「そそう」することを見てきた団蔵は、八四歳をもって俳優生活の終了を決断した。引退興業を無事に打ち上げ、リューマチを病む妻を残し、二〇年来の夢だった四国巡礼に出発した。

それから一ヶ月間、実直な芸風そのままに、単独で、札所めぐりのスケジュールをきっちりとこなした。途中「団蔵さんですか」と声をかけられても、彼は「お人違いです」と通した。

きっと、この旅で彼は初めて自由を満喫したであろう。重すぎた名跡の名前から解放され、本名の市川銀蔵にかえった。八八番の香川県大窪寺に着いたのが五月三十日。海の見える宿から妻に手紙を書く。「巡拝は終わりました、これからは自由なので只今小豆島まできました」。

そして午前零時出港の船に乗り、持ち物をひとまとめに置き、船室用のスリッパも後部甲板にきれいに脱ぎそろえた。首吊りや、鉄道での不様を選ばず「景色のよい海での航行中の入水ということは、役者らしい好みだ」と作者は冷静に記した。

天寿を全うすることを敢えて選ばず。市川団蔵はまるで、舞台上でジャンプするように深夜の海に身を投げた。それは、花びらが闇に掻き消えてゆく一瞬の光景だった。(信)