前回掲げたとおり、「日本経済新聞」に掲載されなかった原稿に代わって、以下の原稿を送り、これは無事掲載されました
日本経済新聞 『描かれたエルダー』
石井信平
川端康成著 「眠れる美女」
全裸で眠る若い女に添い寝することは、老人の、切ない楽しみだった。七十歳を間近かにした江口老人は、ふとしたことで「眠れる美女」の家に手引きされる。
そこでは若い女性が睡眠薬で熟睡して、日替わりで横たわる。老人は彼女と「二人きり」で夜を過ごす。なんと助平でポルノ的な設定だろう。川端康成が小説「眠れる美女」で描いたのは、もはや男であることの炎が消えかかった老人の性欲である。
「たちの悪いいたずらをしないこと」がこの家のルールである。深く眠る女は、誰が自分の横にいるかを知らない。老人は女がいったい何者かを知らない。眠る女と、眠れない老人との奇妙なコントラスト。裸かで横たわりながら、決してコミュニケートしない二人。もはや「男女」でもカップルでもない二人の夜である。
外の暗い海にはみぞれが降りしきる。それは老人の底知れぬ虚無と孤独を暗示している。ここが娼家なら、彼は女に何をしてもいい。しかし淫らな行為に及ぼうにも、彼にはそれを遂行する能力がない。やってもいいのにやれないのは屈辱だから、彼は娼家には行かない。
恥じらいも応答もなく、若い女が眠りつづける家だけが彼の解放区だった。そっと触れること、見とれること、臭いをかぐことぐらいで、あとは自分を通り過ぎた女性たちを追憶しながら夜が過ぎる。深いため息と共に、「老人は死の隣人だ」と彼は実感する。
老後の楽しみ、手軽な若返りのつもりで通い始めたこの家が、次第に想像したよりも「あわれな喜び、強い飢え、深い悲しみ」を自分にもたらしそうな予感に、彼は怯える。
「こんな寒い夜に、若い肌であたたまりながら頓死したら老人の極楽じゃないか」と書いた川端康成自身は、逗子マリーナの一室で、たった一人でガス自殺した。文化勲章とノーベル賞の栄誉は極楽ではなかったのだろうか。
眠れる美女と「二人きり」でいても、なお一人ぼっちでいることの孤独を描いた作品は、人を興奮させるポルノにはなりきれなかった。(信)