日本経済新聞 『描かれたエルダー』
石井信平
D・H・ロレンス著
「島を愛した男」
間違いなく、日本の男は孤独に弱くなった。バーのカウンターで、病室で、スーパーで、一人でいて毅然として絵になる老人は少ない。「おひとりで、寂しくないですかー?」あわれみをもって声がかかる
「チャタレー夫人の恋人」でエロスの極限を追及したD・H・ロレンスは最晩年に「島を愛した男」という作品を書き遺した。
主人公は島を愛した。島は社会や人間関係からの隔絶を象徴している。だが、島の共同体が思いがけない
心労を彼にもたらす。信頼した家政婦や執事から裏切られ、法外な財務負担だけが残った。
彼は第二の島へ移住した。大工と寡婦と33歳のその娘だけを連れて。「渡り鳥の避難所のような島は、欲望も倦怠もない暮らしだった」。しかし、つまらぬはずみで、娘と関係し、妊娠させてしまう。機械的なセックス、まとわりつく女の視線…男は財産を女に投じて、第三の島へ向かった。
六頭の羊と猫一匹がいた小さな島に、彼は小屋を建て、一人暮らしが始まった。
何しろロビンソン・クルーソーの伝統をもつ国柄だ。彼の孤独への徹底ぶりが面白い。しわがれ声の羊への嫌悪。沈黙を好んだ彼は羊を島から追い払う。
本を書きたい、読みたいという欲望も捨てて「世界は静寂になった」。そこへ、
二人の男がボートでやって来た。主人公はこの来訪さえ「領土侵犯」だと腹をたてた。彼らは男に手紙を届けにきたのだ。
彼にはもはや、あらゆる文字は不潔だった。自分の部屋から文字を抹消した。届いた封書に書かれた自分の名前も、中に入っている金も嫌悪した。猫も立ち去った。彼の満足はただ「一人でいること」。それが彼の生きる意志なのだ。積極的に、自発的に「選び取る孤独」があってよいのだ。
ひるがえって日本では、老人の独居は不幸で、かわいそうなことにされている。まるで子供扱いだ。介護対象の老人たちは、いつしか赤ちゃん言葉を投げられるようになる。孤独を選べることと、子供扱いされることと、本当はどっちが寂しいことだろう?