日本経済新聞 『描かれたエルダー』
石井信平
青柳恵介著 「風の男・白洲次郎」(新潮文庫)
38歳で隠居した男が、その後の人生をどう生きたか。描かれたのは「陸沈」の見事さであった。
白洲次郎は陸に沈んで戦時下を耐えた。資産家の二代目として英国留学し、洋々たる出世の道を約束されていた。しかし昭和15年、突如一切の公職を投げ捨て、東京郊外鶴川村に引きこもり百姓になった。
青柳恵介著「風の男・白洲次郎」(新潮文庫)は、38歳にして「エルダー」の人生を選んだ男の物語だ。ふつう隠居は「横丁」でするもの。次郎は遁世したのではなく、カントリーにいて世の中を睨み返した。
敗戦後の日本は彼の能力を放っておかなかった。吉田茂の懐刀として占領軍と折衝、通産省の改組、東北電力の経営などにタッチしたが、帰るところは常に鶴川村の藁葺き屋根の家と、妻の正子のもとだった。
官職に執着せず、百姓の根拠地を手放さず、70歳を過ぎてもポルシェ911を飛ばしたライフスタイル。次郎は自分のことを「カントリー・ジェントルマン」と呼んだ。
いま、日本の老人たちは横丁でもカントリーでもなく「介護」という島へのベルトコンベアに乗せられている。ここに描かれた次郎が語りかけるのは、何かを「してもらう」ことを拒否する一徹と矜持である。
最晩年の次郎が情熱を傾けたのは「軽井沢ゴルフ倶楽部」の運営だった。君臨しながら、実は地べたに這って草むしりをし、アメリカ大使が来ても「日曜日はビジターはお断り」。総理大臣が来ても「護衛はグリーンに立ち入れない、それがイヤなら首相在任中はゴルフをするな」と追い返した。賭けゴルフは禁じたというから森首相など近寄れもしなかっただろう。
「骨太なデリカシー」。著者が心を尽くして描いたのはそのような男の生き方である。洒落た身なり、寸鉄の片言、尽きないユーモア。「自分の筋」を通し、八三歳で風のように立ち去った次郎が残した遺書は「葬式無用、戒名不用」。
かつて38歳で食糧危機を直感し百姓になった男がいた。私たちは何に危機を感じるべきだろうか。