日本経済新聞 『描かれたエルダー』
石井信平
井上靖 「比良のシャクナゲ」
老いたら恋と家出をしたい。人はまるで「青春」を繰り返すように、この老境の衝動には絶ちがたいものがあるようだ。
井上靖の「比良のシャクナゲ」という作品は、八〇歳を目前にした解剖学者、三池俊太郎が失踪する話である。子や孫に恵まれ、学界の頂点をきわめた名声と経済力に恵まれた暮らしの中で、彼はふと家出をする。
向かったのは琵琶湖のほとり、古びた旅館だった。かつて二五歳のとき、人生の空しさに打たれ、死に場所を求めてここに泊まった。その後、結婚し生まれた長男啓介が大学生に成長した。学界での地位も不動のものになった矢先、啓介が女性と入水自殺をしたのは、この琵琶湖だった。父親として傷心をいやすため辿り着いたのも、この旅館「霊峰館」だった。
比良の山を眺めるためにも、歩んできた自分の人生の峰峰を振り返るのにも格好の「霊峰館」である。人はこのように家出の場所を一ヵ所はもっていたい。
ここに描かれた「老境」の現実は、ヒマ、カネ、ユトリに恵まれた「安らかさ」からは遠い。息子、孫、嫁達との些細な、しかしウンザリするような日常の葛藤も絶えない。どうしても書き上げなければならない論文は一向にはかどらず、日々突きつけられる現実は「明日死んでも不思議ではない年齢」なのだ。彼は焦っていた。
性欲も食欲もなくした彼にとりつくのは「どんな些細な名声にでもこれにすがりたい」名誉欲だった。
慙愧と嫉妬にまみれる折も折り、新聞に、文化勲章叙勲者のリストを見る。そこに、かつての同僚の名前があった。そのとき大学の事務室から電話がある。祝賀会の席での祝辞の依頼である。また新聞社から同僚としてのコメントを求められる。老学者の心がパニックになって不思議はない。
文豪トルストイも80歳で家出し、旅先の田舎の駅で死んだ。俊太郎の場合、家族から探し出されるのは時間の問題だ。人は老いてこそ失踪したい時がある。一晩隠れて安らぎたい夜もある。家出とは、死ぬ練習ではない。生きていることを確かめる「魂の行為」と言えないだろうか。(石井信平)