月刊「現代」2002年 6月号書評
久能靖著 「『よど号』事件122時間の真実」
河出書房新社 定価1600円(+税)
映像や電波の領域から、面白いノンフィクションを書く人が登場し、「活字」を豊かにしている。彼らは文献第一主義に陥らず、有名著述家や大出版社を有難がる「活字のヒエラルキー」から自由である。
本書の著者は、一九七〇年に起こった日本初のハイジャック事件で、現場中継のアナウンサーだった。疾風怒濤の時代は遠く過ぎ去り、あの現場での昂揚感は何だったのだろう。
一冊の本に書き上げるのは、追憶の衝動だけでは不可能である。また本書の帯にある「事件の全容を明かす」ことが著者の意図だったとも思えない。
感傷を排して、丹念に当事者の残したメモ、テープ、証言、記事をたどり直し、改めてインタビューを重ねた。そこから垣間見えた細部の事実と具体的な場面は、当時のニュースや政府発表などと違って、隔絶して「面白い」ことに、著者も読者もはまり込んでゆく。
たとえば、機内の紙コップに書かれた犯人配置図、犯人らが日本を去るに当たって所持した書籍リスト、緊迫の機内にテープで流れていた楽曲名などは、当時どんな報道にもなかった。副操縦士が記していた克明なメモは、トイレの「あふれ具合」にも言及している。ピョンヤンに向かうはずの飛行機が、なぜソウルに着いたかのナゾにも迫る。石田機長に福岡で差し入れられた地図が、学童教科書の朝鮮半島コピーという、不十分極まるものだった事実。
ソウル金浦空港での、日韓政府当局および日韓メデイアの綱引きも、刻々に描写される。圧巻は機内の様子を乗客がテープに隠し録り、また管制塔と犯人との直接の交信テープが今に残されていて、それが再現されている。そのリアリティは匂うように現場を、そして「時代」を再現してくれる。
山村新治郎・運輸政務次官が身代わりになる時、犯人が人定保証に現場に呼んだのが社会党の阿部助哉代議士だった。自衛隊ジェット機F33でソウルに飛ぼうとしたのもおかしいし、反体制の信頼を維持していた日本社会党の存在感もしのばれる。
北朝鮮はなぜ「よど号」をさっさと帰したのだろう? 日本が官民挙げてハイジャック機の羽田帰還に沸いていた頃、ピョンヤン空港では周恩来・中国国務院総理が到着した。「北」にとっては、よど号どころじゃなかったことが初めて分った。
「物事の一面しか見ないことの恐ろしさ」、それが著者の執筆動機である。皮肉なことに、自ら身を置いた「報道」への意趣返しが、ここに展開されてゆく。本書はノンフィクションの「希望の書」だ。あらゆる事件、事故は洗い直されるべき、というメッセージがここにある。