段葛の桜と鶴岡八幡宮 |
| ■ 鶴岡八幡宮の概要 | ![]() |
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奥州を平定した源頼義が、1063年、源氏の氏神として京都の石清水八幡宮の分霊を祀った神社を鶴岡(現在の由比ヶ浜付近)に創建したのが鶴岡八幡宮の始まりです。その後、源頼朝が鎌倉幕府を開くにあたり現在地に移転しました。 徳川家斉によって再建された本宮をはじめ、現在の建物の大部分は江戸時代に再建あるいは修復されたものです。 初詣の人出は全国でも有数の神社ですが、流鏑馬など人気のある行事も多くあります。 |
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| 鶴岡八幡宮(舞殿と本宮楼門) | ||
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| ○ 初詣の人出 | 鶴岡八幡宮の2004年の初詣の人出は約185万人(推定値)で全国第9位です。神奈川県内では川崎大師に次いで二番目です。ちなみに全国第一位は明治神宮の290万人です。 |
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| ○ 流鏑馬(やぶさめ) | 馬で走りながら的に矢を射るという、鎌倉で行われる行事の中でも最も有名な行事です。4月の鎌倉まつりと9月の鶴岡八幡宮大祭で行われます。 |
| ■ 鶴岡八幡宮の概要 | ||
若宮大路は鶴岡八幡宮の表参道です。京都の朱雀大路になぞらえて造ったものであり、由比ヶ浜から三の鳥居まで延長は約1,800mです。 戦後生まれの私にとって、このような風景の記憶があるはずもないのですが、どことなく懐かしさが感じられます。強いて言えば、現在も一の鳥居から二の鳥居までの間にある松並木が印象的であるせいかも知れません。 |
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| 戦前の一の鳥居付近 | ||
一の鳥居付近では人通りが少ないのに対し、二の鳥居から多くの参拝客が訪れるのは今も昔も変わらないようです。現在と大きく異なるのは、台座の上に狛犬がいないことです。 |
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| 戦前の二の鳥居付近 | ||
| ■ 若宮大路の今 | ||
JR横須賀線鎌倉駅から真直ぐに若宮大路へ向かうと二の鳥居の南側に出ます。さらに南側(海側)にある一の鳥居付近を歩く観光客は少なく、二の鳥居付近から三の鳥居までの間が若宮大路で最も賑わいがあります。鎌倉彫の店や人力車などの名物が目立ちます。 二の鳥居の狛犬は、昭和36年、小野田セメントより奉納されたものであり、製作者は山脇正邦氏です。神奈川県で最も大きな狛犬といわれています。 |
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| 一の鳥居 |
二の鳥居 |
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| 若宮大路沿道の商店と三の鳥居 |
観光客の足となる人力車 |
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| ○ 鎌倉彫 | 鎌倉時代に仏像や仏具製作の技法として誕生したといわれています。木彫漆塗器物の総称であり、今日では一般の人々の趣味としても普及しています。 |
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| ○ 人力車 | 鎌倉の名物の一つとなっている人力車ですが、歴史は浅く、現在の人力車が鎌倉に登場したのは昭和60年前後です。経営は個人から全国展開のチェーン店など様々です。 |
| ■ 段葛の桜 | ||
若宮大路の二の鳥居から三の鳥居までの間は、道の中央が一段高い歩行者専用道路で桜並木となっています。源頼朝が妻の北条政子の安産を祈願してつくった道であり、明治時代になるまでは一の鳥居まで続いていました。 昔は松並木であり、現在の桜並木がつくられたのは大正時代です。したがって、下の絵葉書は大正後期から昭和初期のものと考えられます。絵葉書の左端に天ぷら屋の立て看板がありますが、明治創業の店であり現在も三代目が頑張っています。 |
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| 段葛の風景(戦前) |
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| ■ 桜のトンネル | ||
段葛は、八幡宮の三の鳥居が近づくほど道幅が狭くなります。これは遠近法を利用し、実際以上に長い道と錯覚させる効果をもっています。 段葛は鎌倉散策の定番コースです。特に桜のトンネルはお薦めであり、行きは段葛を歩き、帰りは若宮大路の両脇に並ぶ土産物屋などを見て歩くのが楽しみです。 |
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| 桜のトンネルとなる段葛 |
段葛の両側は、それぞれ一方通行の車道である |
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| ○ 鳥居 |
神社の参道に建つ一種の門であり、神社には必ずと言っていいほど一つ以上の鳥居があります。語源については諸説あるようですが、外界と神域を区分するような意味があるといわれています。2つ以上の鳥居がある場合には、外界に近い方から一の鳥居、二の鳥居といいます。鶴岡八幡宮は三の鳥居まであります。 |
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| ○ 桜の名所 | 鎌倉には桜の名所が数多くあります。段葛もその一つで桜の木が400本といわれています。鎌倉で最も代表的なところは鎌倉山住宅地であり、本数は240本ですが桜のトンネルが見事です。建長寺や円覚寺などの寺院の桜も有名です。 | ||
| ■ 太鼓橋 | ||
段葛を通って三の鳥居をくぐると正面が太鼓橋です。一気に駆け上って自慢顔を両親に見せた記憶があります。太鼓橋を一気に渡ると出世するという言い伝えがあったはずですが……。現在は柵が置かれ通行禁止になっています。立身出世を競う時代ではなくなったのかも知れません。 |
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| 太鼓橋(昭和20年代後半) |
通行禁止の太鼓橋(現在) |
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| ■ 大銀杏と本宮 | ![]() |
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右の写真は公暁が隠れていたといわれている大銀杏と本宮です。関東大震災復旧工事以後、初めての銅板葺き替え工事が完了した直後(2003年末)の写真であり、鮮やかな銅色の屋根が写っています。いずれ緑青の美しい屋根が再現されることでしょう。 八幡宮本宮は若宮(下宮)とともに国の重要文化財に指定されており、年間を通じて各種の祭事が行われています。 |
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| 大銀杏と本宮(現在) |
| ■ 舞殿 | ||
舞殿は、静御前が義経を慕う歌を詠み舞ったところといわれています。下の写真は昭和20年代のものと考えられます。舞殿や本宮自体は現在と変わるところはありませんが、石段に米軍の兵隊さんがいるなど、見学風景に時代を感じることができます。 |
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| 舞殿と本宮(昭和20年代後半) | ||
| ■ 参考文献 ○岩波写真文庫・鎌倉・(株)岩波書店・昭和25年発行、○鎌倉の散歩みち・富岡畦草著・山と渓谷社・昭和43年発行、○鎌倉歳時記・富岡畦草著・山と渓谷社・昭和39年発行、○鎌倉 海と山のある暮らし・安西篤子著・草思社・平成8年発行 |
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