境川と片瀬海岸


 ■ 片瀬海岸の概要

片瀬地域は藤沢市の南にあり、東は鎌倉市腰越に接し、西は境川を挟んで鵠沼や鵠沼海岸と接しています。

境川河口部の両側が片瀬海岸であり、東浜海水浴場と西浜海水浴場があります。この片瀬海岸は東洋のマイアミ海岸といわれています。

交通機関の便は良く、江ノ電江ノ島駅や小田急片瀬江ノ島駅が至近です。葉山、逗子から大磯あたりまでの、いわゆる湘南エリアの中心的な位置にあります。

境川河口付近(江の島展望塔より)


○ 片瀬の地名の由来 古い記録では、方瀬、潟瀬、固瀬、堅瀬、肩瀬などと表現されていますが、いずれにせよ「川の瀬」に由来するものといわれています。

○ 藤沢市の姉妹都市 藤沢市は、国外4市(マイアミビーチ市、昆明市、ウィンザー市、保寧市)及び国内1市(松本市)と姉妹都市提携を結んでいます。マイアミビーチ市との提携は昭和34年であり、藤沢市の姉妹都市の中では最も長い提携関係です。



 ■ 片瀬の沿革

藤沢町の誕生は明治41年ですが、境川の東側に位置する片瀬村は鎌倉郡に属していました。その後、片瀬村は昭和8年に片瀬町となり、昭和22年に藤沢市に編入されました。

片瀬地域は農村や漁村としての側面を有していますが、一方、大山参詣の人々が帰りに江の島弁財天を参詣するのに使った江の島道があり、神社仏閣等も多くあります。この道は、県道鎌倉・片瀬・藤沢線ができてからは地域の人々には旧道と呼ばれるようになりましたが、それまでは非常に重要な交通路でした。

片瀬の街並みと境川(戦前)

 ■ 境川(片瀬川)

境川は東京都町田市を水源地とし、片瀬海岸の河口まで全長約52kmの二級河川です。

境川の名は、高座郡と鎌倉郡の境を流れていたことから付けられた名称ですが、下流部に位置する片瀬・鵠沼あたりでは片瀬川と呼ばれていました。

片瀬川は、藤沢の商家の物資を運ぶ重要な交通機関でした。
戦前の境川(片瀬川)

境川は、近年まで氾濫による水害を繰り返していましたが、現在は河川改修により安全な川となっています。川の両側には散歩コースとして多くの人々に親しまれている遊歩道があり、鵠沼の松林などの風景を楽しむことができます。

境川の風景(1)

境川の風景(2)


 ■ 鵠沼鉄橋

鵠沼鉄橋は、境川に架かる江ノ電専用の橋です。現在の鉄橋は昭和59年に架け替えられたものです。それ以前は2mほど低いところに、橋脚の上に木製の枕木が剥き出しとなった橋がかかっていました。

昔は川向こうへの行き来に鵠沼鉄橋を利用した人もいたようです。運悪く電車に出会ってしまった場合は川に飛び込んだといわれています。私も子どもの頃、冒険心に駆り立てられ、旧鵠沼鉄橋を渡った記憶があります。

鵠沼鉄橋と江ノ電

 昭和初期の鵠沼鉄橋と江ノ電(撮影:高松吉太郎氏)

○ 鵠沼鉄橋架替工事 境川の改修に伴い、昭和57年〜59年にかけて鵠沼鉄橋の架け替えが行われました。また、この工事と併行して鵠沼駅も改築され、現在の半地下式の駅舎となりました。

○ 高松吉太郎 鉄道愛好者であり、昭和28年に創立された「鉄道友の会」の発足時に理事として名を連ねています。特に路面電車の貴重な写真を数多く残されました。なお、上に掲載した高松氏撮影の写真は、旧著作権法の適用を受けるため既に保護期間満了という判断をしました。

 ■ 片瀬橋

片瀬橋は境川の河口部に架けられている国道134号線の橋梁です。国道134号線の4車線化に伴い、片瀬橋も架け替え工事が行われ、平成18年に竣工しました。

江の島は湘南の「へそ」といわれていますが、片瀬橋も湘南のシンボル道路といわれている国道134号腺の概ね中間点に位置しています。

先代の片瀬橋がいつできたのか手元に資料がありませんが、昭和10年代には既に供用されていたことは間違いありません。

 4車線化された片瀬橋

戦前の片瀬橋(1)

 戦前の片瀬橋(2)


 ■ 境川の河口部の再整備

片瀬地域では、古くから境川の河口部を根拠地とする漁業が行われていましたが、現在も藤沢の漁業の活力を取り戻すことを目的として、湘南なぎさプランに位置づけられている「片瀬漁港整備事業」が進められています。この事業の推進により境川の河口部には市民に開かれた漁港施設が整備されることになります。


境川の河口風景(戦前)

境川の河口部


○ 江の島道の寺社 片瀬地域には、泉蔵寺、上諏訪神社、密蔵寺、本蓮寺、常立寺などがあります。これらはすべて海岸に向かって江の島道の左側に建っています。

○ 湘南なぎさプラン 神奈川県と藤沢市をはじめとする関係市町村により策定された計画であり、湘南海岸地域の自然環境の保全・育成を図りながら、よりよい環境の創造と海岸文化の形成を目指すものです。


 ■ 東浜海水浴場の昔

明治の中頃、学習院が東京の両国付近で実施していた遊泳訓練を当時の川口村片瀬に移転したことがきっかけとなって東浜海水浴場の歴史が始まったといわれています。

遠浅で波が静かであるため安心して海水浴を楽しむことができます。東京や横浜に近いことなどから、日本の海水浴場の中でも歴史が古い海岸です。

海岸風景(戦前) 海岸風景(昭和30年代)

 ■ 東浜海水浴場の今

東に腰越の小動(こゆるぎ)岬、西に江の島を抱えている東浜海水浴場は、夏以外もウィンドサーフィン、散歩、学校の運動部のトレーニングなどに最適な海岸として市民に親しまれています。夏は海水浴客で溢れるため、地域住民にとってはオフシーズンの方が身近な存在となります。

この海岸では、トンビの数が他の海岸に比べて多いようです。トンビの群れや鳴き声は散歩道の情景としては楽しいが、夏場には海水浴客の食べ物をトンビにさらわれるという被害が続出しています。

ウィンドサーフィンと江の島 東浜のトンビ


 ■ 片瀬海岸西浜と水族館

東浜が海水浴場として夏季に活況を呈しているのに対し、片瀬海岸西浜には水族館などの集客施設が立地し、通年型のレジャーゾーンとして休日の賑わいをみせています。

新江ノ島水族館は、オープン間もない頃は2時間待ちも珍しくないほどの人出がありました。
戦前の片瀬海岸西浜

現在の片瀬海岸西浜 新江ノ島水族館

○ 日本の水浴場88選 環境省が、水がきれいで快適な水浴場を広報するために選定を行ったものです。神奈川県内では、片瀬東浜のほか三浦市荒井浜、葉山町一色、鎌倉市由比ヶ浜が選ばれています。

○ 新江ノ島水族館 昭和29年に開館した江の島水族館は半世紀にわたって多くの人々に親しまれてきましたが、平成16年1月、老朽化により閉館しました。かわって、片瀬海岸西浜に新江ノ島水族館が同年4月にオープンし、湘南の新たな見所が誕生しました。


■ 参考文献

○大百科事典・平凡社・昭和12年、○藤沢の地名・日本地名研究所編・藤沢市・昭和62年発行、○湘南散歩・境川・引地川・村岡義章著・(株)武田出版・平成12年発行、○鉄道ピクトリアル・鉄道図書刊行会・昭和31年発行



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