龍口寺と腰越


 ■ 龍口寺の由来

鎌倉時代、龍の口刑場があり、この地に送られた者はすべて斬首になりました。斬首を免れた唯一の例外は日蓮上人でした。

この日蓮法難の地に門弟の日法上人が1337年に一堂を建立、日蓮の像を安置したのが龍口寺のはじまりといわれています。

日蓮法難の地に建てられた龍口寺、義経が頼朝に鎌倉入りを拒まれ滞在した腰越の万福寺、これらの二つの寺は古都のエリアからは外れていますが、鎌倉の歴史の一面を語る存在です。
龍口寺・骨董市


○ 日蓮の法難 法難とは仏法を広めようとしたために迫害を受けることです。日蓮は生涯で4回の法難にあい、その一つが龍口法難です。日蓮50歳のときであり、その後、佐渡に流されました。

○ 腰越の万福寺 龍口寺からは約700mほど離れたところに建つ寺院であり、最寄駅は江ノ電・腰越駅です。義経が頼朝あてに書いた腰越状の下書きが寺宝として今に伝わっています。



 ■ 龍口寺の門前と境内

普段は訪れる人も少ない寺ですが、境内で開かれる骨董市は人気があります。
龍の口大骨董市といわれ、毎月第三日曜日に催されます。売っている物は、古い着物、陶器類、古道具などが多いようですが、珍しいものが並ぶこともあります。

龍口寺のメインイベントは、毎年9月に行われる龍口法難会です。境内はもとより門前の商店街に露店が所狭しと並び、賑わいをみせます。この日は家族で足を運び、昼食代わりに縁日焼きそばを食べるのが我が家の年中行事の一つです。

鎌倉時代の建物は残っていませんが、神奈川県唯一の本式木造五重塔(明治43年竣工)など見学の価値は十分にあります。最も手前に建つ仁王門は昭和48年竣工であり、昔の写真にはありません。門前には幾つかの老舗(和菓子、海産物など)が今でも健在です。

龍口寺(戦前)

龍口寺仁王門

龍口寺境内(戦前)

龍口法難会

 ■ 門前の江ノ電

龍口寺の門前から腰越の神戸橋まで、江ノ電は路面電車となります。これは昔も今も変わりません。特に龍口寺の門前は江ノ電を撮影する代表的なポイントで、休日にはアマチュアカメラマンの姿も目立ちます。

昭和初期の写真には納涼電車と海水浴着の人が写っています。いかにも湘南らしい風景です。

近年、納涼電車は復活しましたが、街なかを海水浴着で歩く人は珍しくなりました。企業の保養所で着替え、海まで歩いていくというパターンが少なくなったためかも知れません。

龍口寺門前の江ノ電

昭和初期の江ノ電納涼電車(撮影:高松吉太郎氏)


○ 高松吉太郎 鉄道愛好者であり、昭和28年に創立された「鉄道友の会」の発足時に理事として名を連ねています。特に路面電車の貴重な写真を数多く残されました。なお、上に掲載した高松氏撮影の写真は、旧著作権法の適用を受けるため既に保護期間満了という判断をしました。

○ 納涼電車 昭和6年から夏の一時期、窓をすべて取り払った車両が運行されました。利用者には大好評であったといわれています。
戦後は長い間、中止されていましたが、平成11年、鎌倉のNPOの尽力により約60年振りに復活しました。



 ■ 腰越と神戸橋

腰越は、古くから鎌倉への入口として、そして漁村として栄えてきました。片瀬海岸が地引網漁であるのに対し、腰越は沖合い漁であり、互いに共存してきました。

このような背景から、腰越の街並みは今でも漁村としての雰囲気を残しています。

どことなく寂しげな街並みの中を江ノ電が走っています。昔は絵葉書になり、今では観光客が車窓風景を楽しんでいます。


江ノ電・腰越駅

神戸(ごうど)橋附近(明治後期) 神戸橋附近
 ■ 腰越海岸

江の島〜腰越漁港・小動岬の間は一連の砂浜です。正式な名称は調べていませんが、片瀬東浜や腰越海岸といわれています。海水浴場としても東浜海水浴場と腰越海水浴場があります。一連の砂浜の中間地点附近が藤沢市と鎌倉市の市境なので、そこで名称が変わるのかも知れません。

昔の絵葉書では腰越海岸を江の島袖ヶ浦と称していますが、袖ヶ浦という名称が正式なものかどうかも確認の必要がありそうです。

江の島袖ヶ浦と小動岬 腰越海岸

○ 腰越漁港 この地で漁が始まった時期は明らかではありませんが、鎌倉時代には既に漁が行われていたといわれています。シラスが特産品として知られており、ワカメを干している姿も見られます。毎月定期的に朝市も開かれます。

○ 小動岬 鎌倉市腰越二丁目にある岬で八王子山とも呼ばれています。腰越村の鎮守であった小動神社があります。太宰治がこの地で心中を図ったことでも有名です。


■ 参考文献

○グラフ江ノ電の100年・江ノ島電鉄株式会社・平成14年発行、○鉄道ピクトリアル・鉄道図書刊行会・昭和31年発行、○龍口寺ホームページ、○江之島、片瀬と腰越・江島神社発行・昭和16年



湘南の家のトップへ

散歩道の今と昔へ