スピードこそレース鳩の命!

 人間の趣味としての鳩レースは、鳩にとったらあまりにも過酷だ。帰舎できるか出来ないかは即レース鳩にとっての死活問題である。どんな距離のレースであっても失踪する鳩は出来る。それは、レース鳩の成績は、鳩そのものの能力のみならず、鳩を取り巻く環境からも大きな影響を受けているからだ。

 私個人の嗜好としては、あまりにも大きな負担と犠牲を強いる長距離レースよりも、当日帰舎できる700kまでのスピードを競うレースが好きだ。鳩の能力の限界に挑むことにロマンを感じるレースマンも多いが、やはり生き物相手の趣味としては、あまりにも過酷なレースには参加させたくないというのが、鳩をこよなく愛する私の考え方だ。鳩を飼うことでこれまでどれだけ多くのことを学ばせてもらったことか。まさにレース鳩の飼育は私の人生そのものである。そんな鳩たちに対する親愛と感謝の念を抱いているのはきっと私だけではあるまい。

 現に長距離レースがあり、優秀鳩舎賞などのタイトルを取るための規定として定められてある以上、避けては通れないレースだが、それに参加するためには用意周到確実に帰舎できるレーサーの作出をもって臨みたい。短距離、長距離にかかわらず、作出する鳩すべてに意図を持った交配をしている。

どんな鳩を作りたい?

 一言で言えば「勝てる鳩」だ。私が作りたいのは「レース鳩」である。レース鳩と普通の鳩の違いは明快だ。レースをするかしないかである。どんな鳩にでも帰巣本能はある。だが、レース鳩のそれとは比較にならない。何千羽もの選りすぐりのレーサーの中から、自分の鳩が真っ先に鳩舎に帰ってくることにはえもいわれぬ感動がある。やはり総合優勝という言葉には魅力を感じる。

 しかし、鳩レースの成績は、場所によってかなりの有利不利があることも事実だ。それでも総合優勝できるスーパースピードピジョンを作りたい。当舎の屋号「ssploft1」の名前の由来だ。

 スーパースピード、それはスピードを超えた、という意味である。生身の鳩である以上、身体能力にそんなに大きな開きは無い。まして現代は情報化・流通の社会である。昔のように良い鳩を独り占めで一人勝ちというようなことは無くなった。皆が優秀な鳩を持てる時代になってきている。その中で頭一つ抜け出るには、やはり特徴のある鳩を作らないと場所のハンディを克服することは出来ない。

 ではその特徴とは何か?
従来の考え方だと、場所の不利な地域では、悪天候長距離のレースの時にのみ入賞することが出来た。ところが、最近わかったことだが、鳩というのは、場所よりも天候に強い影響を受けているということだ。次に影響するのが参加羽数である。やはり鳩は大群に引っ張られる傾向にあるようだ。特に競る性質のある鳩は纏まって帰ってくる性質もある。このような性質の鳩はどんなに早くても1羽で抜けてくるようなレースはしない
 ところが、放鳩技術の進歩で、天候の良い時には、場所の不利な地域でも優勝が出ている。これは抜け出るような傑出した能力のある鳩でなければできない。集団引っ張られるのではなく、自分の意思で飛ぶ能力が必要だ。
 

実際に出合った!

 ところが、マイペースで飛んでしかもスピードのある鳩がいたのである。スタムファーターがその鳩だ。この鳩の飛び方は特徴がある。普段はマイペースでエースピジョン的な飛び方をするが風が吹くとめっぽう強い。高分速でも低分速でも強い。頭が良いというのが一つの特徴だが、風に乗るのが上手い。同腹のストロングが300kで優勝したときもアゲインストの強い風が吹いていた。スタムファーターが600kで歴代最高分速で優勝したときも強い追い風だった。総合優勝は旧上州連盟でも最も東で距離のある菊池豊鳩舎だった。いわゆる場所の良い鳩舎だ。そのレースでスタムファーターは関東北部で4分差の総合4位に入賞したのだ。もちろん連合会では2位を23分ぶっちぎっての優勝だ。
 今までこんな展開のレースで関東北部で入賞した鳩などいない。ほとんど東に流されて上ってくるように飛ぶのが今までの常識だった。ところが、スタムファーターは強風の中自分のコースを選択して単独飛翔したのである。こーいう鳩が実際にいると知った瞬間だった。
 その後、2005年に700kで1300mを超える高分速のレースで、スタムファーターの従兄弟のズワルトファン03がまたもや歴代最高分速で優勝したのだ。この年、群馬西部連合会の吉田正徳鳩舎でも叔母のレジェンドガールが歴代最高分速で初の700k当日帰還を果たした。源鳩のド・40から見ると直子1羽孫2羽が現在のレコードバードなのである。


血統論

 レース鳩や競走馬、その他の家畜に於いても血統が重要であることは言うまでもない。ある種の特質を持った遺伝子がレース結果を左右していることは理論的にも経験的にも疑う余地のないことだろう。しかし、先人が作った業績がいくら素晴らしいからと言って、その鳩群を純系で保持して第一線で活躍し続けている人はいない。往年の名匠たちも過去の銘血を受け継ぎ、独自の交配理論や競翔技術の研究によって自分の世界を築き上げてきた。その結果として今日の名声があるのだろう。同じように私も先人の築き上げた銘血を受け継ぎ、過去の名匠の業績を凌ぐレース結果を残してこそ、初めて自分自身のオリジナリティを表現できるものと考えている。

 レース鳩の世界に於ける血統とは、レースにおいて優秀なる成績を上げることが出来て初めて取り沙汰されるものであって、ただ単に過去の銘鳩の子孫であると言うことだけではまったく意味を成さないものだと思う。そういう観点からすると、導入した鳩たちは、記録鳩も無記録の鳩もすべて素材である。 鳩レースとは、絵画に例えるなら、種鳩は絵の具で大空はキャンバスだ。その絵の具を自身のセンスで調合して描き上げた絵画がレース成績ではないだろうか。すなわち、自分の血統とは、レースに於ける自鳩舎の業績に裏付けられた鳩作りの過程という考えだ。芸術に満点はないというように、レース鳩の血統にも完成はない。血統論とは私にとってレースで最高のパーフォーマンスを演じてくれる鳩を作る方法論そのものなのである。

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