日本物理教育学会北海道支部雑誌「物理教育研究Vol34」 (2006)原稿    論文pdfはこちら


向心力,遠心力およびダランベールの原理
石川 昌司
北海道札幌啓成高等学校


1.はじめに

 はじめに,現在の高校の教科書における,等速円運動の標準的な取り扱いについて,特に向心力と遠心力の違いについてまとめておこう.


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 等速円運動の問題を解く方法には,静止している観測者の立場で運動方程式から解く方法と,物体とともに等速円運動をしている観測者の立場から見て物体は静止しているものとして解く方法の2つがある.

 前者の立場で,実際にはたらいている力(の合力)を“向心力"と呼ぶ.

 後者の立場では,物体にはたらいている力として,上記の“実際にはたらいている力"の他に“遠心力"を付け加え,全体として力はつりあっている,と見る.

 書かれる方程式はどちらの立場からのものも数学的に同等のものになるが,しかし,意味が異なる.したがって,どちらの立場で運動を見るのか,はじめにはっきりと決めなくてはならない.

 なお,物体とともに等速円運動をしている観測者の立場で見るときは,“実際にはたらいている力"を“向心力"とは呼ばない.“向心力"とは,あくまでも等速円運動している物体にはたらいている力だからである.


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 以上の論理は首尾一貫していて,何も矛盾はない.しかし,生徒の等速円運動に対する理解は,決して教科書通りになっているとは言えない.特に“向心力"と“遠心力"については,教科書と異なった概念をもっている生徒は少なくない.

 本稿では,何故そのような誤解が生じるのか,また,そのような誤概念は,すべて否定すべきものなのかについて考察してみたい.


2.向心力から等速円運動を導く(教科書の逆順)

 現行の高校の教科書では,最初に,ある円周上をある角速度で等速円運動する物体を仮定し,向心加速度の式を導いて,その後,運動の法則により向心力の式を書き下す,という順番で説明することが多い.しかし,この方法では,「最初に等速円運動ありき」で,最後の結論部分に,向心「力」が出てくるので,見かけ上,等速円運動が原因となって,結果的に向心力が生じるかのような,間違ったイメージを生徒に与えてしまいかねない.本来「力」が原因で「運動」が結果であるべきなのに,順序があべこべになってしまっている.因果律の順番が,逆転しているのである.

 なぜ教科書がそのような順序で書かれているかと言うと,ひとつは導出の難易度の問題だと思われる(等速円運動→向心力の順序の方が導出が易しい)が,もうひとつの根拠には,運動の法則の中の,力と加速度は,互いに必要十分の関係にあるので,どちらからどちらを導いても論理的には間違いではない,という理由があるのかも知れない.

 しかし,2番目の理由について言えば,論理的に間違いではない,ということと,教育的に望ましいかどうかは別であろう.私の経験で言えば,運動の法則の力と加速度が,必要十分の関係にあることが真に理解できたのは,高校を卒業して,大学の物理学科に入学した後のことであった.

 したがって,やはり高校段階での取り扱いとしては,物体にはたらいている力を正しく見つけて,運動方程式を立て,これを解くことによって,運動を予測するという,力学本来の思考の順序で教えられるのならそれに越したことはない.すなわち,速度に常に垂直な一定の大きさの力がはたらくとき,結果的にその物体が等速円運動をすることを証明できればよい(注1:一様な磁場に垂直に飛び込んだ荷電粒子がローレンツ力を受けてどのように運動するかという問題はこの問題と本質的に同じであるが,高校物理では,この問題を,等速円運動の向心力の式を既知のものとして解くので,参考にはならない.).

 結局,問題は,計算の難易度である.そこで,微分・積分を用いずに,高校生にもわかる数学だけで上記の証明を行う試案を作ってみた.どうだろうか.

 はじめに,質量mの物体が速度vで運動しているとき,大きさFの力が運動方向に対して垂直にはたらいているとする.運動方程式ma = Fにより,加速度は,運動方向に対して垂直にa = F/m .当然,接線方向への加速度はない.したがって,物体は,速さの変化のない,ある曲線上を運動することになる.この曲線の曲率半径rを求めよう.

 微小時間Δtの間の,運動の接線方向への変位Δxと法線方向への変位Δyは,



で与えられる.

図で,Δx = PQ ,Δy = QR と見なす. 一方,θが小さければ sin2θ = 2sinθ = 2tanθだから,

これに,PQ = Δx = v・Δt ,QR = Δy = (1/2)・a・Δt^2 = (1/2)・(F/m)・Δt^2を代入すると,


を得る.これが求める曲率半径である.

 vが一定であるからrも一定になる.結局,運動の軌跡は曲率半径が一定の曲線,すなわち円になる.故に物体は等速円運動することがわかる.

 また,この式を変形すると,F = mv^2/rとなる.このことから,半径rの円周上を速さvで等速円運動している質量mの物体には,mv^2/rの力が円の中心向きにはたらいていることがわかる.この,等速円運動している物体にはたらいている円の中心に向かう力を向心力という.以上,証明終わり.


3.テイラー展開により曲率半径を導く方法 ・・・ 参考

 曲率半径の導出には,前節に述べたような幾何学的な方法による以外に,高校の授業で扱えるかどうかは別として,微積分を用いてももちろん可能である.その一般的な証明はやや複雑になるが,接線がx軸に一致するような特別な点の場合は比較的簡単である.以下にその証明例を考えてみた.


【命題】関数f(x)を,f'(x0) = 0を満たすx = x0の近傍にて円に近似するとき,その半径rは,

で与えられる.(rは一般に曲率半径と呼ばれる.)

【証明】簡単のため,x0 = 0 ,f(0) = 0 とおく.一般に,関数z(x)をx=0の近傍でテイラー展開するとき,


である.したがって,f(x)は,

となる.
一方,求める円の方程式をg(x) = r - (r^2 -x^2)^(1/2)とおく.すると,

であるから,x = 0の近傍でのg(x)のテイラー展開は,

となる.
ここでf(x) = g(x)とおき,

故に,


を得る.以上,証明終わり.

【応用】 一般に,等加速度運動の軌跡は,2次曲線になることが知られている.特に,初速度が加速度に対して垂直である場合には,その頂点は始点となる.

 初速度の向きをx,加速度の向きをyとすると,時刻tにおける物体の位置座標(x,y)は,x = v・t ,y = (1/2)・a ・t^2で与えられるから,2式からtを消去し,運動の軌跡はy(x) = a・x^2/(2v^2)とわかる.

 y(0) = 0 ,y'(0) = 0 ,y''(0) = a/v^2なので,故に,x = 0における曲率半径rは,上の命題を用いて,


である.



4.見かけの力としての遠心力 ・・・慣性系の観測者を仮定してはじめて意味を持つ?

 次に遠心力について考えてみる.

 始めに,教科書の説明を見ておこう.

 『このような,物体とともに円運動をしている観測者から見たときに,物体にはたらく,円の中心から遠ざかる向きの慣性力を遠心力という.』(啓林館 物理II)

 『一方,小球とともに回転している観測者Bは,小球が静止して見えるので,小球には弾性力だけでなく,それとつりあう外向きの力(大きさmrω^2)がはたらいていると観測する.この力を遠心力という.遠心力も,慣性力の1つである.』(数研出版 物理II)

 このように,現行の高校物理では,物体とともに等速円運動している観測者の立場で物体にはたらく慣性力を遠心力と定義するのが一般的である(注2:しかし,後で見るが,大学以上の物理学では,遠心力は回転座標系で現れる見かけの力であって,慣性力とは区別するのが正しいとする立場もある.).

 さて,次のような問題を考えてみよう.

 水平でなめらかな円盤の中心Oに,ばね定数kで長さr0のぱねの一端を固定し,他端に質量mのおもりを結んで,円盤を角速度ωで回転させたところ,ばねは少し伸びて長さrになったところで,おもりは円盤上で静止し等速円運動となった.この運動を物体とともに等速速円運動している観測者の立場で考える.

 この観測者は,円の中心に向う大きさrω^2の向心加速度をもっているから,物体には大きさmrω^2の円の外側に向かう遠心力がはたらき,物体は静止しているから,物体にはたらいている力はつりあっているので,

となる.したがって,ばねの伸びの比は,となる.

 このような,高校ではありふれた遠心力の問題も,よく考えてみるとおかしな点があることに気がつく.

 それは,観測者のもつ加速度を誰が測ったのか,ということである.自分の加速度を自分で測定することは不可能である.このことは,物体とともに円運動している観測者以外の,別の観測者がいるということを意味する.

 ここで,自分が非慣性系であることは,自分の座標系を調べると運動の法則が破れていることからすぐわかるだろうという反論があるかも知れない.しかし,これもまた何か変である.すなわち,慣性系に対する自分の座標系の加速度aは,慣性力-maから求めるしかないが,しかし,そもそもなぜ加速度を測りたいかというと物体に慣性力-maを付け加えるためであり・・・となり,これでは循環論法になる.重力と慣性力の等価原理を考えてもよいが,問題はやはり解決しない.

 したがって,結論としては,遠心力に限らず一般に慣性力を考える場合には,物体とともに運動する観測者以外に慣性系の観測者の存在を暗黙の内に仮定する必要があるといえる.


5.慣性系から回転座標系への座標変換で現れる遠心力

 参考までに,座標系を慣性系から回転座標系へ変換したときに,遠心力がどのように現れるかについて見てみよう.

 x-y平面とz軸を共有し,角速度ωで回転するx'-y'平面を考える.


 質点の座標(x,y)を(x',y')で表すと,

これらをtで2回微分すると,

x'-y'系で質点にはたらく実在の力F'の各成分をx-y系ではたらく力の成分を用いて書けば,

さらに,であるから,

これを書き直して,

を得る.これをx'-y'系からみた運動方程式と見ると,第1項が実在の力,第2項がコリオリの力,第3項が遠心力となる.コリオリの力が速度に常に垂直であることと,遠心力が中心から外向きであることがわかる.

 このとき,回転系の観測者の位置は回転軸O'である必要はなく,x'-y'平面上のどこかに固定されてさえいればよい.もちろん物体のそばでも構わない.しかし,遠心力を求めるときは回転軸O'と物体の間の距離と向きがわからなければならない.


6.向心力と慣性抵抗をつり合わせる ・・・D'Alembert(ダランベール)の原理

 ダランベールの原理と呼ばれる定理がある.

 「物理学辞典」(培風館)によれば,『質量mの質点が力Fの作用を受けて加速度aを得る場合のニュートンの運動方程式を書き換えて,F - ma = 0 とする.もし慣性力-maを実際の力のように考えて力Fと同等に扱うことにすれば,これは質点mのつり合いの式となって動力学の問題が静力学の問題に帰着する.これをダランベールの原理といい,ダランベールが1758年に導入した.』とある(注3:ダランベールの原理は,静力学で用いられる仮想仕事の原理を,動力学上の問題ににも応用するために度入され,主に,束縛力の伴う質点系の問題などで有効であるとされている.).

 ダランベールの原理では,観測者は慣性系の一人だけである.外力に対してつり合う力-maは,ダランベールの原理では,座標変換から生じる見かけの力ではなく,慣性抵抗(注4:慣性抵抗とは等速直線運動から逸らせる力対して抗う力という意味を持つ.)として扱われる.

 等速円運動についてダランベールの原理を当てはめてみる.

 物体は,観測者から見て,実際に等速円運動しているから,物体にはたらいている実際の力を“向心力"と呼んでいいだろう.したがって,向心力が慣性抵抗-maとつり合っていると見る.また,慣性抵抗を遠心力と言い換えて,「向心力が遠心力とつり合っている」と見ることもできる.

 つりあいとはいっても,本当の意味のつりあいではないことにはもちろん注意しなければならないが,この解釈は,なかなか魅力的ではないだろうか.

 特に,観測者は慣性系に一人だけいればよい点が分かりやすいと思う.前節の回転台上のばねが伸びる現象や,F1レースでスピードを出しすぎたマシンがコーナーを曲がれず外側に大きくふくらむ映像をテレビ画面で見ているとき,わざわざ“慣性系"から“物体とともに運動する立場"に“座標変換"して考えるよりも,慣性系一本で議論をすることができる方が便利ではないだろうか.


7.おわりに

 等速円運動が,非常に魅力的な教材であることに疑いはない.しかし,等速円運動に限ったことではないかも知れないが,その教科書での扱われ方は,どこの出版社も判で押したように同じで硬直化している.

 向心力の導出の手順が,見かけ上,因果律の順番と逆であることは以前から気になっていた.

 遠心力は,現在の高校物理の中ではややマイナーな位置に追いやられているように感じている.確かに,向心力を用いて慣性系の観測者の立場から説明する方法があくまでも基本なのだから,遠心力はあまり多用するべきではないという主張には頷けるものがある.しかし,ある種の問題は,遠心力を用いた方が遙かに理解し易いことも,また事実である.

 “慣性抵抗"の考え方やダランベールの原理について,高校物理の中にどのように取り入れていくべきか(または取り入れないべきか)について,今後より多くの方と議論を交わしていきたい.結果的に,高校物理の内容が豊かになることを大いに期待している.



参考文献


兵藤申一,他「物理II」啓林館,2003
國友正和,他「物理II」数研出版,2003
物理学辞典編集委員会「物理学辞典」培風館
山内恭彦「一般力学」1959
鈴木亨:遠心力覚え書き「物理教育通信」 No.119,2005
石川昌司:向心力と遠心力とD'Alembert(ダランベール)の原理「北海道の理科」No.49,2006