「飛脚のドップラー効果」を何故書いたか(論文編) |
1.波長か,それとも振動数か
ドップラー効果は,数ある高校物理の教材の中でも非常に評判のよくないもののひとつです.
学習の導入では,例えば緊急自動車のサイレンを道ばたの人が聞いたり,踏切の警報を電車の車内の人が聞くときに,聞こえる音の音程が,音源の本来の音程から変化して聞こえるという日常経験を学習者に思い出してもらったり,“ドップラーボール”(ブザーを内蔵したウレタンボール)なる某教材メーカー製教材を2人でキャッチボールするときにブザーの音が変化して聞こえる実験を行って,まずはドップラー効果という現象を紹介します.
ここまではそれほど難しくありません.ところが次の,振動数の変化を説明する理論を説明する段になると,ばたばたと高校生はギブアップしてしまうのです.なぜなのでしょう.
一般的な教科書の説明の流れは以下のようなものです.
音は音源から出て球面波として広がります.音源が動いていないときは,波面と波面の間隔すなわち波長はどの方向にも完全に等しく広がるのですが,動いている音源の場合は,音源の進行方向の前方に進む波の波長と進行方向の後方に進む波の波長は明らかに異なります.このことから,動く音源から広がる波の波長は,その波の伝わる向きによって色々に変化することがわかります.変化した波長の音を聞くのだから音程すなわち振動数は元々のものとは異なって聞こえるというわけです.
動いている観測者に聞こえる音の音程が変化して聞こえることについては,単位時間に観測者を通過する波面がいくつかあるかを数えさせることで説明します.例えば音の進行方向と同じ向きに動く観測者が聞く音は,動かない観測者が聞く場合よりも単位時間に自分を通過する音の波面の数が少ないので,聞こえる音の音程は低くなると教えます.
音源も観測者も両方動いている場合は,上に述べた考え方を組み合わせることで行います.
ところでこの展開では,音源が動く場合のドップラー効果を理解するためには,初めに波長の変化を理解しなければなりません.したがって“波長の変化”はドップラー効果を理解する上で避けては通れない関門です.
しかし,考えてみると,水面波などと違って音波では,長さの次元の周期性すなわち波長を普段の生活上で意識することはまれであって,思いつくところではわずかに気柱の固有振動の応用である管楽器の例があるのみです.つまり音の現象とは,ほとんどの場合,時間の次元の周期性すなわち周期またはその逆数である振動数しか意識になく,それはドップラー効果といえども例外ではありません.
ところが,ドップラー効果を高校の授業で学習していると,何故か途中で“変化する波長”という概念が出てきて,これがわからないと先に進めないと物理の教師は言うわけです.学習者にとって“変化する波長”はそれまでの身近な音の経験にはない事項なので,この先はどうしても抽象的に感じられます.このことがドップラー効果は難解で理解しがたいものとの印象につながってるのではないかと,以前から感じていました.
「飛脚のドップラー効果」教材編は,波長概念を使わずに振動数概念だけでドップラー効果の公式を導びく試みとして1999年度に筆者が作成し,1999年度と2000年度の2年間,勤務校の筆者の授業で実験的に使用したものです.
生徒は,それまでの“変化する波長”という概念を用いた指導方法のときに比べるとより親しみやすく感じているようです.しかし,学習効果として,波長概念を用いた方法と,波長概念を用いない本稿の方法のどちらが優れているかは,もう少し時間をかけて慎重に分析する必要があるでしょう.
「飛脚のドップラー効果に書いた問題を,アナロジーと解釈しないで,純粋に数学の問題として読んだときに,波長概念を無意識に用いて計算する読者と,振動数概念だけで計算する読者はどちらが多いだろう? たとえばこの問題を数学の先生が見たらどちらで解く?」
「人が音を観測するとき,より直感的な量は波長か振動数か?」
「従来の方法によるドップラー効果の指導を受けた高校生は音波の波長をリアルにイメージできようになったのか?」
(注)本来,波は,空間の周期性を表す定数である“波長”と,時間の周期性を表す定数である“周期”またはその逆数である“振動数”を併せ持っているものであって,波長と周期(または振動数)の,どちらがより基本量であるかという議論は無意味です。しかし,ドップラー効果に波長概念がどうしても必要かというとそうではない,というのが本稿の主張です。
2.振動源と観測者の対称性 ・・・余談
振動源Sと観測装置O(=観測者)がある運動状態にある媒質の途中の2点にSとOがプカプカ浮かんで揺れているとします。ただしSは速度v,Oは速度uで媒質上を等速運動しています。
さて,この媒質の状態を,例の波の式,
で書いて,この x に動くSの座標として vt を代入すると,
となります。媒質を伝わる波の速度を V とすると V = だから,
故にSの振動数は
次にまったく同じ事をOに対しても行うと,
故にOの振動数は,
これらから,
が出ます。ドップラー効果ですね。 f0は振動源本来の振動数,fは観測者の聴く振動数です。
さらに
とすると,よりはっきり音源,観測者,媒質の立場の対称性を示すことができます。ここでFは静止している人が観測する媒質の振動数です。
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