ものの冷え方を調べる生徒実験
石川昌司,佐藤健
北海道札幌啓成高等学校
あらまし 札幌啓成高校では、2003年度より、第1学年で「理科基礎実験」と題した、物理、化学、生物、地学の四領域にまたがる高校理科の基礎的基本的な実験授業を週1時間の時間枠で行っている。「ものの冷え方」とは、この「理科基礎実験」で,2004年度から始めた,新しいテーマである。ビーカーに入れた湯の温度が冷却する様子を,自然放置とファン冷却の2つの条件について,第1学年普通科の320名の生徒達全員が,2人1組で調べた。結果は,いずれも指数関数的な冷却曲線を得た。
キーワード 冷却曲線,理科総合,基礎実験
1. はじめに
筆者達の勤務校である札幌啓成高校の普通科では,2003年度の新カリ入学学年生から,第1学年必修理科総合A2単位のうちの1単位を,物理・化学・生物・地学の4分野にまたがる様々な実験を1年間かけてローテーションで行う「理科基礎実験」という実験授業を行っている。
物理分野からのテーマとしては,「時間を測る」1)「金属の密度・・5円玉の成分元素の構成比を調べてみよう」2)「質量を測る」「B5PPC用紙1枚でどれだけ大きな水差しが作れるか」「錯視の不思議」などを実施している。実験解説書はいずれも筆者達のオリジナルのプリントを使用している。
「ものの冷え方」の実験は,この「理科基礎実験」のために, 2004年度に新たに加えたテーマである。内容の構成にあたっては笠耐の論文3)を参考にした。この実験の原理,方法,結果について報告する。
2. 「理科基礎実験」の物理分野
「理科基礎実験」の目的等,詳細については,石川・佐藤の2004年の本誌への報告か,または札幌啓成高校ホームページ 4)に掲載している2005年度シラバスを参照していただきたい.
実施に当たって,物理科としては,今まで選択物理の授業の中で行ってきた物理実験のテーマのうちのいくつかを第1学年用に下ろすという発想ではなく,高校の理科の入り口にふさわしい内容で,4科目すべての学習の土台となるような,そして出来るだけ生徒の興味・関心を引きつける探究的なテーマで行いたいと考えた.
その結果,基本的な物理量の成り立ちやその測定方法を身につけることを目的として,「時間」「長さ」「質量」,そして今回,「熱と温度」に関するテーマを取り入れることになった。
「時間」に関しては,ガリレオがピサの大聖堂の天井から吊り下げられたシャンデリアの揺れの周期を自分の脈拍で測って振り子の等時性を発見したエピソードにちなんだ実験を行っている1).最後には,デジタル・ストップウォッチを用いて,指定された長さの振り子に対する周期のデータを取らせ,これをエクセルのワークシートに打ち込んで,横軸がLで縦軸がTのn乗の散布図グラフを表示させたときに,最も比例に近くなるパラメータnを探すという探求活動を行った。
「長さ」については,100円ショップのプラスチック製ノギスを約50本購入し,これを用いて5円玉の内径・外径・厚さを測らせている。それだけではあまり面白くないので,5円玉の表面に凹凸がないものと仮定して体積を計算し,電子天秤で測った質量を用いて密度を求め,その答えから5円玉の亜鉛と銅の混合比を推測させる探求をさせている。ちなみに,このノギスの精度は当然あまりよくない。したがって,せっかく求めた5円玉の密度もかなりいいかげんなものになってしまっている。しかし,当面の主目的を,生徒がノギスで長さを測る経験をもつことにおいているので,その意味では目的はある程度達成できていると考えている。将来的には,金属製のノギスを,1クラスの生徒人数分購入したいところである。
「質量」については,啓成高校の物理実験室に前からあった約25台の物理天秤を,生徒2人に1台の割合で使用させて,質量保存の法則を検証する実験をしている.
エタノールと水を混合すると,体積は約1割減少するが,総重量はそれぞれの重量のちょうど和になっているということ。また,水の入ったビーカーの口にバトンを渡してそこからコルク栓を糸で水中に宙づりにした状態で,ビーカーごと物理天秤の皿に載せて総重量を測ると,宙づりにしないで総重量を測ったときと測定結果が全く同じになるということ。これらの実験結果からわかるのは,総重量(≒総質量)は,物体の内部構造にいっさいよらないということである。このことは近代原子論につながる非常に重要な事実である。
3. 冷却の法則
高温物体と低温物体が熱的に接触しているとき,低温物体の温度は次第に上がり,高温物体の温度は次第に下がっていって,同じ温度になったときにこの変化は止まる。この現象を熱の流れから見てみると,高温物体から低温物体に熱が移動したことになる。単位時間あたりの熱の流れが大きいときはこの変化が速く,あまり大きくないときはこの変化は遅い。今回の実験で測定するのは,この温度の時間変化の様子である。
<実験台上に静かに放置した場合>
単位時間に湯が失う熱の量-Qは,外界の温度T0と自分の温度Tとの差T-T0に比例するとして,
-Q = a・(T-T0) ・・・@
となる。湯の熱容量は温度と無関係な定数であるとすると,
Q = b・dT/dt ・・・A
とおけるから,したがって上の@式は,
-b・dT/dt = a・(T-T0) ・・・B
となる。外界の温度の変化は湯の温度変化に比べて無視できるとみなすと,上の微分方程式は解けて,
T = C exp(-kt) + T0 ・・・C
を得る。ただし,a,b,C,kは定数である。
したがって,温度は指数関数的に下降することになる。これをニュートンの冷却の法則という。
ところが,ニュートンの冷却の法則はいわば近似法則であるという報告がある5)。
それによると,冷却の原因は,熱伝導によるものと,輻射エネルギーによるものの2つがあり,熱伝導については,上に見た理論がほぼそのまま成り立つのに対して,輻射エネルギーの方は,ステファン・ボルツマンの法則 E=σT4で表されるから,熱源は絶対温度の4乗に比例するエネルギーを外界に放出している。しかし,同時に,外界も自身の絶対温度の4乗に比例する輻射エネルギーを放出しているので,熱源はこのエネルギーを吸収している。結局,熱源の単位時間あたりの正味のエネルギー放出量は,湯の絶対温度の4乗と外界の絶対温度の4乗の差T4 – T04 に比例することになる。
しかし,温度差があまり大きくない場合は,T4 – T04への比例関係は,T – T0への比例関係に非常に近いので,結果的に,これら2つの要因が冷却の原因であるときは,ニュートンの冷却の法則からの大きなずれはないと考えてよいという。
<ファン冷却の場合>
次に,ビーカーの真上から電動ファンで湯の表面に風を送りながら同じ実験をした場合を考える。
この場合の冷却の原因には,上に上げた2つ以外に,湯表面からの水の蒸発による気化熱の影響が非常に大きくなるだろうと予想される。
ここで簡単のために水の蒸気圧が実験の温度範囲内でほぼ一定であると仮定しよう。すると蒸発により奪われる気化熱は,温度や時間によらず一定になると考えられるから,単位時間あたりに奪われる気化熱-Qは,
-Q = κ ・・・D
となり,
-dT/dt = λ ・・・E
これを解いて,
T = -λt + τ ・・・F
である。κ,λ,τは定数である。
すると,最終的に,熱伝導と輻射エネルギーの効果と合わせて,
T = C exp(-kt) – λt + T0 ・・・G
となる。これを表すグラフは,右下がりの直線に指数関数的に漸近していく曲線となるだろう。
4. 実験結果
生徒実験に先立って筆者達が行った予備実験の結果を以下に示す。生徒達のデータもほぼ同様の結果がでている。
試料は,200mLビーカーに入れた100mLの湯。室温は20℃。湯の最初の温度が75℃〜80℃あたりから測定を始め,1回の測定が終わるまでに約10分をかけた。温度計はアルコール棒温度計,時計にはデジタル・ストップウォッチを用いた。
開始温度
終了温度
総時間
自然放置
77℃
50℃
565秒
ファン冷却
75℃
42℃
460秒
測定結果は下のグラフのようになった。
横軸は時刻,縦軸は湯の温度と室温の差でプロットしている。
データに重ねて指数関数で近似した曲線を示した。線のそばにその関数式が書かれている。
どちらのグラフも,非常にきれいに指数関数に乗っていることがわかる。
一見したところ近似曲線の傾きがあまり変化していないようにも見えるが,生データを見ると,1K下がるのに要する時間が温度の低下とともに次第に長くなってきているので,直線的な単調減少の現象ではないことに,生徒はすぐ気がつく。
また,ファン冷却は,当然のことながら,自然放置よりも冷却の速さが速いことがわかる。しかし,曲線の最後の部分が漸近する直線が,はたして右下がりの直線なのかどうかは,今回の実験からだけではわからない。
5. 実施上の留意点
温度と時間の測定値の精度(分解能)について考察してみる。
用いた棒温度計についている最小目盛間隔は1Kである。測定値としては,さらに目測で0.1Kまで読みたいところだが,実際に実験してみるとそれはかなり難しいことがわかる。指標であるアルコールの上端の位置が時間ともに動くので読みづらい上に,この指標と目盛線が重なっていると,指標が目盛線の後ろに隠れてしまうために,ほとんど目測ができない状態になるからである。一方,時間の読みとりはデジタル・ストップウォッチで1/100秒まで計れる。しかし,これも実際にやってみればすぐわかるが,実際の実験では動き続ける数字のラップタイムを読み取るので,小数点以下の読みとりを瞬間的に行うのは難しい。したがって,信頼できる分解能としては1秒程度であろうと思われる。
一方,この実験では,温度の変化の範囲は約30度,時間の範囲は約500秒である。したがって,実験のデータ範囲に対する,温度の分解能の相対的な精度は約1/30であり,時間の相対的な精度は約1/500ということになる。すなわち,時間の精度の方が温度の精度よりも1桁以上高い。したがって,本実験では,測定温度をあらかじめ等幅で決めておいて,その温度を通過する瞬間の時刻をデジタル・ストップウォッチで測る,という方法をとった。
また,よいデータを得る上で大切なことは,測定中常に攪拌を続けることである。攪拌を休むとビーカー内の湯の温度分布はすぐに不均一になってしまうことがわかった。
棒温度計は啓成高校の物理実験室に20本以上あったので,生徒は2人1組でこの実験に取り組ませることができた。デジタル温度計をこの数だけ用意するのは,当分難しいだろうから,しばらくはこの方法で実験することにしたい。
6.おわりに
冷却というテーマは,選択物理の指導項目にすらない,高校物理ではなじみの薄いテーマであるのかも知れない。似たような教材としては,放射能の半減期のとことで,かろうじて指数関数の減衰曲線が出てくるにすぎない。しかし,身の回りの自然現象で指数関数的に変化する現象は決して少なくない。
物理科学の基本的なスタンスは,多くの自然現象の中に共通して見られる基本的な法則性を合理的に理解しようとする点にある。とすれば,冷却の現象は非常によい教材になるように思う。
札幌啓成高校で行っている「理科基礎実験」は,同学年の普通科の生徒全員が共通して同じテーマの実験に取り組む授業であるので,選ぶテーマに対しては,扱う道具の価格の安さや使用方法の簡便さも重要な要素となる。今回は,温度計というありふれた測定用具を用いて,身近な自然現象からにいかに面白い法則性を切り取ってみせるかという点に工夫をしてみた。
読者諸兄姉のご批評ご意見をいただければ幸いである。
引用文献
1?) 石川昌司:脈拍で振り子の等時性を発見する生徒実験,平成15年全国理科教育大会研究発表論文集,北海道の理科No.46 (2003-7)
2?) 石川昌司・佐藤健:プラスチック製100円ノギスを用いて5円玉の元素の成分比を求める生徒実験,北海道の理科No.47(2004-7)
3?) 笠耐:理科教育における探求学習−ものの冷却,物理教育通信No.97(物理教育研究会,1999)41
4?) http://sapporokeisei.hokkaido-c.ed.jp
5?) 石川俊明:学生実験「比熱の測定」の全体像,物理教育VOL.53,NO.2 (2005)