(「物理教育」VOL.49,NO.6,2001に掲載予定のものにほぼ同じ)

高校物理は面白くない?!


石川昌司 北海道札幌啓成高等学校 004-0004 札幌市厚別区厚別東4条8丁目6-1


 現在物理を学習している現役高校生達は,高校物理についてどのような感想・意見を持っているだろうか? 筆者は,勤務校の生徒達にアンケート調査し,寄せられた回答に対して,分類,分析を試みた。

キーワード  アンケート調査



1.はじめに

 編集部から依頼があってから,どのようなものを書こうか考えてみましたが,私の単なる思いこみや拙い経験談を書いて紙面を汚すよりも,現在物理を学習している現役の高校生達が,物理にどのような感想や意見を持っているかを調査し,その内容を紹介する方が読者諸兄には興味を持って読んでいただけるのではないかと考え,私の勤務校で,私が受け持っている授業クラスの生徒達に以下のような趣旨でアンケート調査を行いました。


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  啓成高校で物理を学習している生徒のみなさんへ

啓成高校物理科 石川昌司

アンケート調査のお願い

 先日,日本物理教育学会編集部から,同学会編集発行「物理教育」49-6号の特集企画『高校物理は面白くない!?』について,私に寄稿依頼がありました。

 30年ほど前,高校理科は物理・化学・生物・地学の4科目とも全高校生が学ぶ必修科目でありましたが,時代は変化し,今は選択制がひかれ,上記4科目と“基礎理科”を含む5領域から2領域以上を選択することが最低条件となっていて,本校も他の多くの普通科大規模校と同様に,理系・文系クラスともに高校3年間で理科2領域を学習すれば卒業できるようになっています。

 現在物理を選択している高校生の割合は,本校の第2学年を例にとると,約23%に止まっています。全国平均では約33%程度,北海道平均は約26%程度という調査結果が出ています。本校はほぼ北海道の平均に近いと言っていいでしょう。

 このような状況の中で,各方面の物理教育関係者は,なんとか物理を学習する高校生の割合を増やすべく努力を続けていますが,残念ながらなかなか増えていかないのが現状です。

 さて,前置きが長くなりましたが,上記学会誌の特集の企画趣旨は,現在全国で行われている高校物理の授業に対して,教師や生徒諸君はどのように感じているのか,率直な意見を広範囲に集めることにより,そこから浮かび上がってくるであろう魅力ある高校物理の授業の姿を探り,現状を打破する貴重な指針を得たいということです。

 そこで,現在物理を学習しているみなさんにお願いしたいのは,今学習している高校物理に関して,率直な意見を寄せていただきたいということです。出てきた意見については,いくつかに大別し,それぞれに私が補足分析を加えるような形で,上記学会誌への記事を書こうと思っています。

2001.10.9.


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 回答人数は,普通科2年20名,普通科3年20名,理数科2年40名です。では,早速代表的な意見を紹介してみましょう。(注:「物理教育」の印刷論文には回答者の名前を付しましたが,Webでは削除しました。)


2.回答文集

2.1 面白いか面白くないかは,結局興味があるかないだ

 「物理は物理でも,その人の将来やりたい分野などについて,濃くやってもらえば,興味がある分,物理が面白くなると思う。」「空想科学読本みたいなのは面白いと思うが,授業は全然そういうレベルではなく基礎なのに結構難しいのいで,今は面白くない」「教科書とかの問題ではなく,興味があるかないかの問題だと思うのでなんとも言えません。」「確かにいろんな分野を勉強して将来の選択の道を増やすのもいいだろうが,ばねはばね,重力なら重力,音なら音,と一つのことに深く学べば中途半端に学ぶよりは楽しいと思う。」

 もっともな意見だと思います。新カリの物理I,物理IIでは,大項目選択制が導入されましたが,大学入試との関係から,実際にはどちらも学習させることになるだろうと言われています。生徒の立場からすれば,もっと教材を絞ってくれ,と言いたくなるのもわかります。

 しかし,興味・関心というのはそもそもその方面の基礎知識や概念が身についているからこそ湧いてくるものであって,何も知らないところに疑問も興味も持ちません。

 問題は,高校物理の教材が,真に生徒の興味・関心の土台を提供しているかです。または,彼等が文明社会の一員として安全で健康な市民生活を送るために必要となる科学の,基礎として十分な質と量を兼ね備えているかということです。

 科学リタラシーとは別に,物理教育には,理工系の人材育成という目的もあります。この点に関して,私たち物理教師は,今まで,理系の高校生には物理が必要,と考えてきました。しかし,例えば,大学の情報系の教員の人たちの中には“高校物理の知識は全く必要ない”と発言している人たちがいます。他の工学系の分野についてはわかりませんが,現在高校物理で学習している,力学,熱学,電磁気,波動,原子核,量子物理の各分野のすべてが本当に必要なのかどうかは議論の余地があります。もっとも,物理学の手法や物理学的な物の考え方が,理工系のかなり広い範囲で役に立つことについては,異論はないと思われます。

 やはり,物理の基礎基本とは何かをもう一度考えてみるべきだろうと思います。その結果,今までの教材が生き残るのであればそれはそれでよいのです。が,しかし,それらの教材を新しい視点で見直す努力や,物理学的な物の見方につながるような指導を心がける努力は必要でしょう。


2.2 物理の知識が増えることはいいことだ

 「物理はすべての根底だと思います。知りたいものを知ろうとすれば,化学や物理にいきつきます。」「心の中では面白くて興味深いものだと思うけれど,自分は物理などを使う技術・工学系には進まないので,頭の中で,『何でこんな計算しなくちゃ駄目なんだ?』と考えてしまう。でも物事の仕組みがわかることは好き。」

 上に書いた興味がある場合の,その気持ちを素直に表現している意見です。


2.3 身近な現象を扱っているから好き

 「面白くないとは思わない。むしろ面白いことのほうが多いと思う。それは,物理は化学よりも身近な現象に関して学ぶことが多いから。実験によって細かく分析していく。そういうところが面白いと思う。」「他の教科より直接実生活で体験していることが題材になっている感じがするので好き。」「物理が日常の中で一番役に立つのではないかと思う。」「日常よく出会う出来事の理由が,物理の知識でわかるようになる。」

 このように,高校物理の教材を,自分が生活の中で体験している現象に,正しく結びつけて考えられる高校生も少なくありません。これらの意見は,特に『力と運動』教材の感想として語られることが多いようです。何の特別な装置も必要とせず,いたるところで当たり前に起きている運動のすべてが,ほんのわずかな法則だけで説明できてしまうという点に生徒は魅力を感じているようです。

 しかし,『運動と力』教材は,身近な現象を扱う反面,物体から個性をはぎ取り抽象化し,さらに目には見えない『力』概念を必要とする点で,非常に高度で抽象的な思考力を要求します。その点に困難を感じている生徒もたくさんいます。


2.4 物理は抽象的だ

 「力と運動の部分は計算が多かったり,イメージしずらい所があり面白くないこともある。逆に光や音,電気の分野は大学の工業系の方向に発展しやすく,面白いと思う。」「力などは目に見えないのでとらえにくい。物理が日常生活で生きてくる場面がどんなところなのか,わからない。」「実際に身の回りで起きていることから比べると,初めのうちは摩擦や空気抵抗を考えないから,計算は簡単かもしれないけど,とっつきにくかったです。」「他の理科より身近なことについてだからわかりやすいが,sin,cosとかを使われるとピンとこなくなる。力ってのは人間の創造したことなのに矢印で書くのはどうもおかしいような気がする。」

 これらの意見からは,いずれも力学の抽象性に困難を感じている様子が伺えます。現行の物理IBの教科書では,最初に扱う教材がこの『力と運動』なので,ここでつまずいた生徒は,この後の物理の全部を嫌いになってしまいそうです。このように,『力と運動』教材には,「身近な現象を扱っているから好き」に書いたような物理の面白さと,全く正反対の難しさがあります。


2.5 実験は面白い

 「実験は楽しい。原理とかは実験をやってそこから考えていきたい。」「実験は今まで見たことがない不思議なことやすごいことが見れるので楽しい。」「実験を見ているときはとても面白い。字を書いているときは眠くなってしまう。」「物理は実験で物事を確かめることが主なので,実験で今まで違うと思っていたことが証明されたときはよく理解できる。」「様々な実験をしてきましたが,そのほとんどの実験で興味がわきました。ただその結果などを書くのが面倒なんです。」「教科書にある実験の結果だけを書いて,自分たちで実験しないで公式だけ勉強するなら面白くないだろうと思う。」

 高校の物理実験については,だいたいの生徒達が歓迎していますが,懐疑的もしくは否定的な意見を持っている生徒もある割合でいます。


2.6 実験は面白くない

 「実験の回数は多いが,そのほとんどが役に立つ実験だと思えない。」「物理の実験は,普通の人にはあまり興味がわかないだろうと思う。力は目に見えないので,見た目面白く見えないからです。」「実験が化学などと比べて非常につまらない。」「物理の実験なんて結果がわかっていてそれを確かめるだけなんだから,そんなもの面白いわけがない。」

 これらの意見は非常に多面的で,ひとくくりにはできないようです。

 最初の意見は,役に立つか立たないかの評価基準をどこに置くのかが書かれていませんが,仮に,実験を熱心に行ってもテストの得点に結びつかない,という意見であれば,残念ながらある程度事実です。物理の学力評価の方法はもっと研究されなければなりません。実社会で役に立たないと言っているのであれば,物理が応用されている事例をたくさん紹介する必要があります。

 2つ目,3つ目の意見は,物理実験が地味だと言っています。化学実験で使われる道具や現象にはいい意味での非日常性があり,それが生徒にとっての好奇心につながっているとも言えるのですが,それに対して,物理実験は,特に力学実験の場合は,ありふれた現象を無骨な道具で測定することが多いので,道具の操作や現象そのものに対しての魅力はそれほど大きくありません。物理実験は,得られたデータを処理しそこから結論を導く過程なのですが,そこに面白さを感じられない生徒は多いのかも知れません。物理の実験でも,例えば,圧縮発火器の実験のような,意外性のある定性的なテーマの実験の場合はこれらの生徒にも人気があるのですが,そのような実験はやはり化学実験に比べると圧倒的に数が少ないと言えそうです。

 4つ目は,高校実験ではよく指摘される点です。このような意見に対して,検証実験を減らして探求実験を多くしようとの意見もあります。しかし,私は,単に検証か探求かといった手法的な問題ではなく,もっと一般的に,科学の理論と実験の関係を正しく押さえる必要があると思っています。

 生徒は,正確に実験すれば計算通りの測定値がいつも得られると考えがちです。教科書に書いてある理論こそが絶対であり,そこから計算される答えに一致しない実験など実験の名に値しない失敗実験と考えています。

 しかし,例えば,自由落下の加速度を,直接記録タイマーを用いて測定する実験を行ったとすれば,それによって検証されうる重力加速度の値は,教科書の値を数%下回るべきであって,9.8m/s^2に近ければ近いほどよいという見方は非科学的,非教育的です。一般に,科学の理論にはその適用限界がありますし,実験と理論は,精度を介して,互いに依存し合った関係であることを生徒に伝えていくべきだと思っています。あまりにも科学理論を絶対視するのは,むしろ危険であるように思います。


2.7 物理は難しい

 「高校物理は面白くないと思う。内容自体は面白そうであるのに,難しさが面白くなくさせる。」「自分は計算がややこしくなってくるとすぐに嫌いになってしまう。物理が面白くないというのは,イコール,物理は難しいっていうのと同じなのだと思う。」「教科書も授業も堅苦しい。例を理解しても,いざ問題となるとわからない。教科書を見ても黒字が並ぶばかりでどこが大事なのかわからない。」「物理は,学習したことがどんどん積み重なっていくので,前に学習したことをよくわかっていないと次もわからないのでやりにくい。」

 難しいということもよく言われます。わかるということが面白いのであって,わからないことは誰しも面白くありません。「難しいけれども分かったときは面白い。」というのはすべての生徒の気持ちだと思います。私の授業は,まだまだ生徒達全員がわかる授業にはなっていないという事実を示しています。


2.8 計算が多い

 「計算ばかりでつまらない。」「他の理科に比べると計算が多く,暗記することは少ないと思う。」「数学というより難しい算数みたいな気がする。」「物理は問題の内容は面白いが,それを解くのが難しい。物理には面白さがあるがなかなかその良いところが見えてこないのが残念。」「物理を使うような仕事に就こうと思っている人にとっては物理は大切だけど,それ以外の仕事には数学だけで十分だと思う。」「物理の授業は,正直計算が苦手な人にとってはジゴクだと思う。」「物理は計算が多くてその計算内容も難しい。物理は理科の中で一番難しい。」

 計算が多いのは物理を学ぶ限りある程度までしかたないことと思います。しかし,高校生には,計算問題だけが物理の問題ではないし,計算力だけで物理の評価が決まるものでもないということをわかって欲しいと思っています。


2.9 公式が多い

 「物理は公式を覚えればだいたいのことは出来ると思う。」「ある参考書に『物理はイメージだ』と書いていた。公式の意味をもっと図か何かで説明するとことが重要だと思うけど,高校授業だと公式を導くための計算をくどくどしている時間が多いと思う。」「2年生の最初の頃は,公式が多くて覚えるのが大変で難しいと思っていた。しかし,すべての公式がつながっていることがわかったときは物理は簡単だと思いました。」「公式を暗記すれば解ける問題ばかりだと思いますが,その公式に至るまでの考え方がなかなか理解できないうちに,ただ公式を覚えるので,すぐ忘れるし,とっさに使えません。」「私がよく思うのは,公式の中でよく使われるFやmなどのアルファベットって何?ということです。物理の考え方っていうのは目に見えにくい。だからいまいちピンとこない。なぜここに力がはたらくとわかったのか,ただ人間が勝手に頭の中で作った力なんじゃないかと,よく思います。」「公式とか使って計算しなければならないとなると,数学の力がなければだめだったり,公式を覚えなければだめだったりする面倒なところが,実験の楽しさよりも大きいと思う人が(面白くないという人には)多いのかなと思う。」

 公式に苦労するのは昔も今も同じようです。


2.10 教科書(本校では三省堂「物理IB 改訂版」「物理II」を使用)について

 「物理の教科書は,写真や絵を文章の間に組み込まれていてわかりやすい。」「教科書はダメ。公式の意味がわからないときもあるし,文が難しいときもある。イラストや写真はわかりやすいので,それで理解しています。」「教科書は文字の羅列で,一つ一つを詳しく書いていない。読んでいても,『あー,そうなんだあ』程度で,それより深いところに入り込もうという意欲がわかない。」「教科書の内容が自分には分かりづらい。問題集のような公式の説明のほうが自分にとってわかりやすい。」

 アンケートの趣旨に反して(?)面白いという意見もありました。


2.11 物理は面白い

 「計算を解き上げたときの清々しさ。物理の世界の不思議な謎が,なぜこうなるのかを解き明かせる楽しさ。」「わからなかったことがわかるのは楽しい。」「物理は,『あー,そうだったんだー!』って授業の中で発見できるところが楽しい。」「覚えられない公式もあるけれど,たいていの公式は理解でき,問題を解いていると面白いことも多いです。」

 最後に,物理の学習は大変だという意見です。


2.12 物理は大変だ

 「物理の特徴と思うのは,まずその分野の広さだと思います。物理というひとつの教科で表すにはあまりにも違った内容がたくさんあると思います。その点,数学や英語などの広い意味で事務的な作業をすることが多い教科に比べて,どうしても物理というのは膨大な量を学ぶものだと思ってしまい,大変に感じるのだと思います。」

 物理は大変だけれどもやりがいがある教科,と私は読みました。そして,勉学そのものに対する意見もありました。これは教科教育の最終目標を示唆しているような気がします。

 「勉強自体を面白いと思わなければ,物理だけでなくすべての教科が面白いと言えるわけがない。」



謝辞

 この場をかりて,このアンケート調査に快く応じて意見を寄せてくれた,勤務校の約80名の生徒諸君に感謝します。



文献

 鶴岡森昭:教科書需要数からみた高校物理の履修率−平成3〜5年度,物理教育,42-4(1994)







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