パソコンシミュレーション・最小作用の原理で放物運動を導く
「北海道の理科」No.47 2000-7 に一部加筆
[あらまし]表計算ソフトを用いたシミュレーションで,最小作用の原理から放物運動の軌跡を導くことができる。この方法であれば,それまでの最小作用の原理の学習のためにはどうしても必要だった変分法の数学を使わずとも,最小作用の原理の核心から直接放物運動の理解が得られるので,高校生にも理解可能と思われる。さらに,作用は,速度や加速度,力とは異なり,スカラー量であるので,シミュレーションに要するアルゴリズムも比較的易しく,直感的な理解も比較的得られやすいと思われる。
1 はじめに
物体の運動をパソコン上でシミュレートする方法としては,今まで2通りが知られていた。
ひとつは,解析的に解いた答をそのままコンピュータに入力してグラフ表示させるものである。もうひとつは初期条件と物体にはたらく力を与える法則を入力して,微小時間後の速度と位置を計算し,その答からまた加速度を補正して,次の微小時間後の速度と位置を計算し・・・を繰り返すというものである。
後者の方法が前者の方法よりも,本来的なコンピュータシミュレーションの考え方に近いということは言うまでもない。最も簡単な重力一定の下での放物体の運動から,ケプラー運動,摩擦のある問題,互いに相互作用する2体の運動,3体の運動・・・etcも,はたらく力の法則を書き換えるだけで,あとの計算部分は何も変更ぜずに使える点も魅力である。
時間を刻んで数値計算を繰り返し,次々と速度・位置の状態を予測していくこの方法は運動方程式の精神にも合致しているといえる。すなわち,因があって果が起きる,因果的な自然観により近いといえる。
欠点は,計算量が膨大なことと,計算のアルゴリズムがやや複雑であることだろう。
ところで,力学の原理の表現には,もうひとつ「最小作用の原理」がある。この原理の意味するところは非常にシンプルであって,「ある始点からある終点まである時間をかけて物体が運動するときの運動の経路は,考えられるすべての経路の運動の中で“作用”が最小となる経路になる。」というものである。しかし,この原理は変分法と呼ばれる数学をマスターしていないと理解できないと言われてきた。古くはモーペルチュイに始まって,続くラグランジュ,オイラー,ハミルトン等の理論をまとめた解析力学と呼ばれる体系が「最小作用の原理」の舞台である。もちろん,高校までの物理教育で「最小作用の原理」を扱った例はほとんどないだろう(注1)。それはやはり数学的なレベルが高すぎるからである。
ところが,今はコンピュータが手軽に利用できる時代である。そこで,筆者がパソコンの代表的表計算ソフトであるエクセル上で「最小作用の原理」のシミュレーションを試みたところ,予想以上に扱いやすく,視覚的にも十分説得力ある教材に成り得る可能性を感じた。本稿では,このシミュレーションの概略を述べたいと思う。
注1:どうやらファインマンの高校時代の先生,Bader先生だけは例外だったらしい・・・・ファイマン物理学「電磁気学」補章 最小作用の原理
2 最小作用の原理
前述のように,力学の原理を「ある始点からある終点まである時間をかけて物体が運動するときの運動の経路は,考えられるすべての経路の運動の中で“作用”が最小となる経路になる。」と表現することができる。これは運動方程式と等価である。
作用とは(運動量)×(距離)または(エネルギー)×(時間)の次元をもつものである。プランク定数は作用の次元をもつので,別名“作用量子”とも呼ばれていた。
ライプニッツは「作用素」として2Tdtを上げている。Tは運動エネルギーである。その場合の作用積分は,
である。一方,ハミルトンの原理と呼ばれるものは,位置エネルギーをUとおくとき,
で与えられる作用が実際の運動では最小となる,という原理である。T-Uをラグランジュ関数またはラグランジアンと呼び,Lと書くことがある。より一般的には,最小作用の原理を満たすラグランジアンはT-Uとは限らず,むしろこの関数形を探すことが物理学の基礎的問題となるのだが,今回のシミュレーションではそのままL = T - Uとした。古典的な重力場の問題であればこれで十分である。
3 シミュレーション
(1) エクセルを立ち上げて,ワークシートをつくる。表の各セルの,時刻T,水平座標x,鉛直座標yを入力し,速度の水平成分vx,速度の鉛直成分vy,運動エネルギーT,位置エネルギーU,作用素(T-U)Δt,作用和は自動計算されるものとする。その他のセルに重力加速度を定義する。 (2) 作用量計算の条件として,始点の座標と運動の開始時刻,終点の座標と運動の終了時刻を入力する。タイトル行に続く2行分をこの条件の記述に用いる。運動開始の時刻を0とするのが一般的である。 (3) vx,vyの各列のセルについては,時刻と座標の,ひとつ上の行との階差を用いて“平均の速度成分”を求める計算式を埋め込む。 (4) TとUを求める計算式を埋め込む。質量は1とする。重力加速度は,絶対番地で参照する。位置エネルギーの計算には“平均の高さ”を用いる。 (5) 作用素(T-U)Δtを求める計算式を埋め込む。 (6) 作用和は,ひとつ上の行の作用和に新しい作用素を加えて累計していくことで求める。時刻0の作用和を0として,下に続くセルには計算式を埋め込む。 (7) グラフ機能でx,yの散布図を表示させる。データの間をつなぐ線も表示させる。 (8) 運動の任意の途中に対するデータを3行目のt,x,yに入力する。自動計算させるセルはひとつ上の行の計算式をコピーして貼り付ける。このままではグラフも作用和もうまく表示されない。 (9) 時刻をキーにして昇順に並び替える。これで,グラフと作用和が正しく表示されるようになる。 (10) 運動の途中の点のx,yを適当な値に変更したときの,作用和の変化を調べ,最も作用和が小さくなる点の座標を求める。 (11) 運動の区間を分割するような途中の新たなt,x,yの入力→時刻の昇順の並べ替え→作用和が最小値になるようなx,yのシミュレーション→新たなt,x,yの入力・・・を繰り返す。 (12) データを増やしたときの作用和の減少の幅が次第に小さくなってきて,ある基準の範囲内に収束したときに,「作用は極小値となった」とみなし「作用が極小値となる条件は求められた」こととする。このときのグラフは近似的に放物線である。 [補足] 「作用和が最小になるようなx,yを探すシミュレーション」であるが,エクセルのグラフ機能では,グラフ上のマーカーをドラッグすることで,グラフはもちろん,表の元データに変更を加えることができる。この機能を用いると,目的のシミュレーションをより短時間に行なえるだけでなく,最小作用の原理による運動経路の決定をより視覚的に扱うことができるので,非常にわかりやすい。
4 おわりに・・・高校物理と最小作用の原理
このシミュレーション教材を高校の授業で取り上げる場合に,教材配列上のどこに位置づけるのが妥当だろうか。前提となる知識は,「運動エネルギー」と「位置エネルギー」の2つであるから,当然これらを学習した後でなければならない。しかし,それ以外に特別な知識が必要なわけではない。すなわち,エネルギーの指導の後であればいつでも取り上げることができるだろうと思われる。
作用の計算のわかりやすい点は,それがベクトルではなくスカラーだけで記述されている点である。それが運動方程式との大きな違いである。運動方程式では,例えば,投げられた物体が最高点に達したとき,速度の鉛直成分がゼロになって水平成分だけが残る,というような説明をすることになるが,ひとつの速度をなぜ2つの速度に分けて考えなければならないのか,この時点で学習につまずく生徒がある割合で存在するという報告を筆者はかつてした。これらの生徒にとっては速度ゼロ=速さゼロなのである。ところが,作用の計算にはこのような“向きの成分の違いに基づく哲学的な答弁”がいらない。これはエネルギー概念の優れている点である。
また,「最小の何々の原理」で思い出すのは,光学の「フェルマーの最短時間の原理」である。言うまでもなくこのフェルマーの原理は,屈折の法則や反射の法則に従う光の経路の問題を,全く別の仕方で理解させてくれる原理である。イメージが作りやすく印象に残る原理なので,授業に取り入れている物理教員も多いのではないかと思う。「最小作用の原理」も基本的には同じで,直感的に理解しやすい。難点は計算が難しい点であるが,それをパソコンにさせてしまえば,生徒にもそれほど抵抗がないのではないかというのが筆者の感想である。
参考文献
ファインマン「ファインマン物理学3~電磁気学」宮島龍興訳 岩波書店 1969
ゾンマーフェルト「ゾンマーフェルト理論物理学講座1力学」 高橋安太郎訳 講談社 1969
石川昌司「演示実験を取り入れた水平投射の授業の分析」北海道の理科 No.41 1998-7
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