日本物理教育学会「物理教育」第54巻第4号(2006)原稿

図書紹介「アドバンシング物理A2」

J.オグボーン/M.ホワイトハウス編 笠耐/西川恭治/覧具博義 監訳 シュプリンガー・フェアクラーク東京 A4変 上製 261頁 4,000円

 本書「アドバンシング物理A2」は「アドバンシング物理AS」の続編である。この2巻は『英国物理学会(Institute of PhysicsIoP)によって開発され,2000年9月から今日まで英国の16歳から19歳の学生を対象に使用されており,学生達や教員たちから高い評価を受けている』(監訳者あとがきより)のであり,『ASが広範囲な進路が予想される学生のための入門物理』なのに対して『A2は,理工系に進学する学生のための基礎的なコース』と位置づけられている。どのページを開いても,カラーの写真や図表がふんだんに使われ,かつそれらのすべてがたいへん美しい。

 さて,内容について感じたことを述べる。

 はじめにその「実用主義」である。

 たとえば電磁気の単元である「15.電磁的な機械」を見てみる。現代社会は「電磁的な世界」であり,それには19世紀に登場した「電磁石」が決定的な役割を果たしたこと,また電磁石をはたらかせるための電流はファラデーが発見した電磁誘導の法則に全面的に負っていることが最初に説明される。電磁気の学習が電磁誘導から始まるのである。次に変圧器である。変圧器で磁束が一周する鉄芯部分を,電気回路に模して「磁気回路」と呼ぶ(この言葉を私は本書で初めて知った)。電気回路の場合のコンダクタンスに対比される量として,磁気回路でのパーミアンスが定義される。変圧器の後も,3相交流,回転磁場モーター,誘導モーターと続き,最後に,やっとF=ILBが導出される。

 次の章が「16.電荷と電場」である。この章では線形加速器が扱われる。途中,相対論の式が示され,電場で加速される荷電粒子は,エネルギーや運動量には限界はないが速さには限界があり,実際,スタンフォード線形加速器(SLAC)で加速される電子は,エネルギーがどんどん増加しながらも,速度はほとんど変化しないことが説明される。

 次に話は円形加速器に移る。荷電粒子の磁気偏向としてのローレンツ力が説明される。CERNの大型電子−陽電子衝突器(LEP)が紹介されている。続いて,粒子検出器である。ガイガー・カウンターのような円筒対称な電場を扱った後で,次に球対称な電場の場合に話が進み,最後は「クーロンの法則」で締めくくられる,普通の教科書とはまるで逆の配列である。驚きである。

 次に感じたことは,「物質科学の重視」である。

 「13.物質:非常にシンプル」。日本の教科書では,気体の法則として,ボイルの法則とシャルルの法則を天下り的に教えてすませてしまうところを,本書ではベルヌーイが当時にあって早くも粒子論的な気体概念を持っていたことに触れ,その考えを19世紀にマクスウェルやボルツマンが分子運動論に発展させたことが述べられている。そして,最後に「温度Tの物体中での粒子はそれぞれkT程度のエネルギーを持つ」ことが強調されて,次の章に続く。

 「14.物質:非常に熱い,非常に冷たい」では,高温の物質世界と低温の物質世界を概観した後,ボルツマン因子exp(−ε/kT)が,分子が余分のエネルギーを獲得する確率として紹介され,ある自然現象が起こり始める温度Tは,kTが活性化エネルギーεの1/30〜2/30くらいになるところからであると説明される。すでに立派な統計力学の領域である。

 外国の高校物理の教科書といって,すぐ思い出されるのは,「PSSC物理」や「プロジェクト物理」だが,この「アドバンシング物理」は,それらにひけを取らないインパクトが十分あると思う。

 何年か前,本学会北海道支部では,高校物理の指導方法を巡って,体系に沿った教材配列で指導するのがいいのか(体系派),身近な経験や観察から出発しそれを探求していく過程で物理学的概念を身につけさせる指導がいいのか(非体系派)で,議論したことがあった。結局,そのときは結論が出なかったが,この「アドバンシング物理AS・A2」を読んでみて,これもひとつの答えかも知れないと思った。つまり,「アドバンシング物理」はいままでの伝統的な意味での体系的な教科書でもないし,かつての生活単元学習的な教科書でもない。両方の要素を併せ持つ,やや大袈裟な表現をすれば,第3の新しいコンセプトで書かれた教科書のように感じたからだ。

 最後に一言。この「アドバンシング物理A2」(日本語訳)の価格4,000円は個人で買うのにはやはり高い。「AS」と合わせて学校の図書館で買ってもらうのがいいかも知れない。原書の価格が英国の感覚でどのくらいなのかはわからないが,このような豪華な教科書を使って勉強している英国の学生をうらやましく思う。



石川 昌司(北海道札幌啓成高等学校)