日本物理教育学会北海道支部雑誌「物理教育研究Vol32 (2004.7)原稿


音波の指導で気になっていること

  北海道札幌啓成高等学校 石川 昌司

 

 高校で音波を指導する場合,そのほとんどが縦波の変位を横波に変換して扱っている.確かにそれで問題がないことが多いのは事実だが,音波の反射や干渉関連の一部の問題では,縦波としてしっかり理解していないと事実認識を誤る恐れがある.その理由は,変位波が本質的にベクトル波であるからであるが,もし音波を密度波で扱うなら,これらの問題の大部分を比較的簡単に解消できるのではないだろうか.

 


1. 気柱の端で反射する音波の問題

 今,ウエーブマシンで,図1(a)のような「山ひとつ谷ひとつ」の一波長分のパルス波を作り,固定端に入射させたときの反射波の実験を行うとする.固定端で反射された後の反射波は位相が反転するから,波の先頭の「谷」は「山」に,続く後ろの「山」は「谷」になって跳ね返る.すなわち,反射波の波形は左が山で右が谷になる(進行方向が逆になることに注意)(図1(b)).



 このパルス波を,気柱に伝わる音波だと考えてみよう.横波→縦波変換の結果,入射波の中心は「密」であり,同様に反射波の中心もやはり「密」であることがわかる.すなわち「密」は「密」のまま跳ね返る.密度波の位相は変化しない.はたしてこれはパラドックスであろうか.

 実は,これはパラドックスでも何でもない.単に,気柱の閉口端は,変位波にとっては固定端であるが,密度波にとっては自由端であるだけのことである.

 なぜなら,密度波にとっての閉口端は,空気の「密度」が,かなりの範囲で(閉口端の底が抜けない限り?)「自由」に設定できるから「自由端」なのである.

 反対に,開口端は,密度波にとって,内圧と外圧をつりあわせなければならない必要から密度はほぼ大気の密度に等しく「固定」されてしまうので,「固定端」とならざるを得ない.したがって,開口端では反射波の位相はπ変化する.

 高校生向けにもう少し易しく説明するときは,例えば,閉口端は,普通,実体のある固い壁だから,「密」は「密」のまま,「疎」は「疎」のまま跳ね返ると言ってしまってもいい.ボールが固い壁にぶつかって跳ね返ってくるようなものである.開口端での反射については,それよりはやや説明が長くなるが,例えば,狭い気柱を伝わってきた「密」が,広い空間との境界に達して一気に膨張し,それまで「密」だったところに新たに「疎」が形成され,この疎が新たな波源となって来た道を引き返す,と言うのはどうだろうか.いわゆるスカの状態である.のれんを腕で押したときの状態である.「疎」の反射の説明はこれをちょうど逆にする.

 ついでに,気柱に生じる定常波を密度波で表すと,閉口端が腹に,開口端が節になる.通常の,変位波で表した定常波の場合とは逆である.

 

2. 2つの音源からの音波の干渉の問題

 今,ある距離離れて置かれた2つの音源S1,S2から同じ振動数の音が同位相で出ているとして,そのまわりの音の干渉を考える(図2).





 線分S1S2上には定常波が生じるが,この線分の中点Oは定常波の腹になるだろうか,それとも節になるだろうか.水波投影装置などを用いた水波の干渉の実験では,波源を結ぶ線分の中点は定常波の腹になるから,それと同じであると考えれば,当然腹になるように思う.しかし,実際には節が正解である.それはなぜだろうか.

 同位相で振動する2音源から等距離にある点では,それぞれの音源から届く波の位相は互いに等しい.ところが,一般に,変位の位相または正負の符号は,波の進む向きに対して同じ向きに変位したときに正,逆むきに変位したときに負として定義される.線分S1S2上では,音源S1から出る音の進む向きと,音源S2から出る音の進む向きは互いに逆向きであるから,この線分上で同位相の波が重なるとは,実際には変位の向きが逆向きの波が重なることになる.したがって,中点Oは,変位の振幅が極小になり,故に節になる.

 もっとも,節だからといって実際に聞こえる音の大きさが小さいわけではない.そもそも音の定常波では,変位の節では音は大きく聞こえ,反対に腹では音は小さく聞こえることが,一般に知られている.1で述べた気柱に生じる定常波でもその事情は同じである.実際,オシロスコープにマイクロフォンを接続して,定常波の節にマイクロフォンを近づけると大きな電圧が得られる.その理由として,マイクロフォンは空気の圧力変化を拾うからだというという説明をよく見かけるが−−節は最も圧力変化が激しい点である−−この説明は間違いではないが,変位波で説明せずに密度波で説明すれば,「音波が定常波を生じるとき,密度波の腹の位置では音が大きく聞こえ,節の位置では音は小さく聞こえる」となり,全く簡単である.

 さらに,点Oを通り線分S1S2に垂直な直線(線分S1S2の垂直2等分線)Lを考える(図3).





 直線Lは,点Oを含んでいるので「節線」になりそうに思うが,実はならない.なぜなら,点Oでは,音源S1,S2から届く変位ベクトルの向きは互いに反対向きだから前に書いた理由で変位は打ち消し合うが,直線L上で点Oから離れるに従って変位ベクトルが互いになす角が次第に小さくなっていき,無限遠方ではこの角は0°になってしまう.すなわち,直線L上で点Oから無限に離れた点では,変位は互いに強め合うようにはたらくので,この点の振幅は大きくなる.結局,直線Lは節線ではなく,かといって腹線でもなく,なんとも中途半端な線ということになる.

 しかし,にも関わらず,この直線Lは,物理的に十分重要な意味を持っている.実は,この直線Lは,聞こえる音の大きさでいうと,極大点の連なったいわば「稜線」になっているのである.別の言い方をすると,直線Lは音波を密度波として見た場合の「腹線」になっている.2004年度の大学入試センター試験の第4問など,この事実に基づいて作問された物理の問題は枚挙にいとまがない.しかし,くどいようだが,変位波として見た場合は,この直線Lは「腹線」でも「節線」でもない.

 

3. 変位の向きと重ね合わせの原理

 変位は,本来ベクトル量なので,変位を重ね合わせるときは,ベクトルとして重ね合わせなければならない.これは縦波にも横波にも共通した性質なのだが,横波の場合は,変位の方向が波の進む向きと独立に定まっていることが多く,その場合,変位の重ね合わせは単にスカラーの足し合わせ(成分の足し合わせ)になる.ところが縦波の場合はそうならないことが多い.なぜか,この点は今まで見過ごされがちだった.縦波を横波に変換して,それだけで事足れりつい思いこんでしまう.このことがこの問題に気が付かない原因になっていたのだろうと思われる.

 しかし,音波を密度波で表すなら,このような問題は最初から生じない.密度は向きを持たないスカラー量だからである.

 

4. 変位波の問題点

 そもそも,音波の「変位」とは一体何を指しているのだろうか.実際の「空気」は「分子」が集まってできているのであり,空気「分子」はそれぞれが熱運動している.変位とは,それらの分子の単位量毎に気体をメッシュに分割して,そのブロックの内の分子の平均位置を基準位置に比較して定義しているのだろうか.しかし,この定義は高校生にとってはかなり難解であろう.

 また,仮に,このような定義を受け入れたとしても,例えば1で扱った問題のような,気柱の閉口端で「変位」が固定されている事実は単純には導けない.なぜなら,メッシュに分割されたブロック内で分子は自由に運動しているからである.つまり「閉口端はその付近の空気分子の位置平均は動かないので固定端になる」という説明は少なくとも自明ではない.

 仮に分子の存在を無視して,空気を連続弾性体とみなして近似するにしても,問題は簡単には解決しない.閉口端近くの空気が変位してしまえばその部分が真空になってしまうから,それは矛盾なのでやはり変位は0でなければならないというような説明は一見説得力があるようにも思えるが,実際には,閉口端は最も密度変化の激しい点のひとつであって,閉口端の空気は周期的に真空に向かって変化していることを考えると,このような説明にはそれほど強い賛同は得られない.結局,物理量は連続的であるべきだという,連続性または接続性の要請を持ち出さない限り,うまく説明できないように私には思える.

 つまり,空気の変位に基づく音波の説明は,最初はわかり易そうに見えるのだが,しかし,少し深く考えて見てみるとなかなかやっかいな問題が後に控えているということがわかる.

 

5. おわりに・・・密度波の活用

 それに対して,密度波に基づく音波の説明は,変位波による説明よりも直感的に分かりやすいときが多々ある.

 1で述べたように,気柱の端での反射では,閉口端は,実体のある固い壁だから,「密」は「密」のまま,「疎」は「疎」のまま跳ね返ると考えていい.

 また,2で述べたように,位相の等しい密度波が重なれば,振幅は増幅し合い,その点は「腹」になる.「腹」が連なる線は腹線になる.

 聞こえる音の大きさは密度波の振幅が大きいほど大きい.一方,変位波の振幅は音の大小に関係しない.

 密度波は,場のスカラー量なので,重ね合わせが簡単にできる.

 密度波には,このような利点がたくさんある.もっと積極的に活用できそうな気がする.読者諸氏のご意見をお伺いしたい.

 

 

引用文献

 

1)石川昌司:音波の反射の指導で気になっていること,物理教育VOL.52,NO.1,2004