crescent moon
それは、空気が研ぎ澄まされた季節の夜。
湯浴みを済ませて、いつきは小さな足音をたてながら
自分の寝室へ向かった。
途中、政宗の部屋に寄って「おやすみ」を言っていこうかと思いながら。
しかし、その部屋の主は
廊下の角を曲がった直ぐそこに佇んでいた。
手には豪華な装飾の施された煙管、そして
自身の周りには微かな紫煙を纏わせて。
「よお」
いつきに気付いて、政宗は微笑みながら左目をこちらに向ける。
「政宗、まだ寝てなかっただか?」
「Oh、俺はガキじゃねぇぜ?
お前も湯浴み済ませてきたんなら、風邪引かねぇうちに寝ちまえよ」
「………風邪なんか引かねぇだよ! おらは雪ん子だもの!」
「Ha! それもそうだ」
政宗にからかわれるのはいつものことだけど、
子供扱いされるのはやっぱり嫌だ。
そんな事を思いながらも、いつきは政宗の隣りで足を止めた。
政宗がそれを嫌がる節は無い。
しばらく、政宗が煙草を吸う仕草を横から眺めていると
空が微かに明るい事に気付く。
「あ」
「?」
「お月さんだべ!」
隣りのいつきと同じように空を見遣れば、そこには
弓のように細く撓った金糸が浮かんでいた。
「へぇ…、 crescent moon か」
「くれ……?」
「三日月、って意味だ」
異国語の意味を教えてやると、いつきは、ふうん、とだけ答えた。
暫く月など見ていなかったから、この光は新鮮だった。
戦で明け暮れていた時は、夜の僅かな光でさえ
生死を分かつ重要な要素。
月光もまた然り。
だからこそ、こうして月見などしてみるのもまた粋だ、と
ふと思った。
「なぁ」
「?」
「政宗って、お月さんみてぇだな」
「………Pardon?」
いつきの言っている意味がよく掴めず、思わず異国語で聞いてしまった。
しかし彼女にそれが分かる筈も無く、改めて
「何だって?」
と、理由を問うた。
「んー、政宗が兜にお月さんつけてるってのもあるんだども」
確かに、政宗の兜の前立ては三日月を象っている。
だが、彼を月と例えるにはまだ不十分で。
こんなこと、あの海賊野郎に聞かれたら
「テメェみてぇな南蛮かぶれと、女神を一緒にすんなっ!」
…………と、一蹴されるだろうな。
煙管を銜えつつ、少女と同じ銀髪を持つ男の憤慨する姿を
安易に思い浮かべた。
「お月さんは、お天道さんの光を浴びて光るんだべ?
だから三日月でも、あんなに明るいだな」
細い月を見つめながら、いつきは話し続ける。
「お月さんはお天道さんが眠ってる間、この世を見守ってくれてるだ。
お天道さんの力を借りなきゃ光れねぇけど、お天道さんの代わりを果たしてる」
「……だから、それが何で俺が月みてぇだって言う理由になるんだ?」
いつきの言わんとしている事が益々解らず、少々苛立ちを覚える。
それでも平然と、彼女を問い質す。
「政宗は、戦してる時は時々おっかねぇけども、優しいおさむらいだ。
こんな冷たい夜の空に浮かんでるけど、柔らけぇ光を出してる、あのお月さんみてぇだ」
そう言って、空の金糸を指差す。
「おら、お天道さんも大事だし好きだけど、お月さんも大好きだ。
真っ暗闇の夜を、明るくしてくれるもの」
「………………」
彼女が思わず口走ったその言葉に、政宗は敏感に反応した。
「……じゃあ、そのmoonみたいだって言った俺のことは?」
「へ?」
独り言のように呟いたそれを、いつきは頭の中で暫く反芻したらしい。
間を置いて、途端にいつきの愛くるしい顔が赤くなる。
「な、な、な、何言ってるだッッ!!!」
「どうした? 俺はただ、お前が俺のことを―――――」
「わわわわっ! はっ、恥ずかしいからそれ以上言うでねぇだっ」
からかい半分でもう一度言おうとしたら、一体何をそこまで恥ずかしがるのか。
いつきは政宗の寝間着の襟を掴んで、半ば政宗に抱きつく感じで赤い顔を隠した。
驚いたのは、虚を突かれて抱きつかれた政宗だけではなかった。
「………わっ! ご、ごめんなさっ………!!?」
自分のした大胆な行動に驚いたいつきが、慌てて政宗から離れようとする。
それを、政宗は空いた左腕で難なく自分の胸の中に繋ぎとめた。
そのまま縁側の柱に凭れ掛かり、右手でゆっくり煙管を吹かす。
その間も、腕の中の少女はそこから逃れようと抵抗していた。
「まっ…政宗!?」
「俺が月なら、お前は太陽だな」
政宗の一言に、いつきの抵抗が止まった。
「…? ど、どういう意味だ?」
「さてね。自分で考えな?」
思わず上を見上げたいつきの額に、政宗は軽く唇で触れた。
見る間に、赤い顔がますます紅潮する。
塞いでた左腕を放すと、すかさずいつきが政宗から離れた。
「なっ、何するだっ!?」
「何って…おやすみのkissだろ? そろそろ寝ろよ」
煙管を銜えて、政宗はひらひらと手を振る。
何か反論しようといつきが口を動かしかけるが、これ以上ここに居ては
額に口付けどころでは済まなくなるだろう。
自分の身の危険を察知したのか、大人しくいつきは部屋に戻る事にした。
「……………おやすみなさいだ」
「Good night baby. また明日な」
洗いたての柔らかな、長い銀髪をふわりと翻し、
いつきはぱたぱたと廊下を小走りに駆けてゆく。
その姿を部屋に入るまで見守って、政宗は再び空に目をやる。
月が、太陽の光で夜を照らすなら。
自分が、夜の闇を切り裂く月だというのなら。
自分を、そして昼の世界を遍く照らす太陽は、間違いなく彼女。
太陽が無ければ、月は照ることが出来ない。
月が無ければ、太陽は夜も照らせない。
「…………曇ってきたな」
金糸が、黒い影に覆われてゆく。
世界が、また闇に覆われてゆく。
「……ha! 太陽が寝ちまえば、月もかたなしってわけか」
自嘲気味に笑って、煙管の灰を煙管盆に落とす。
障子を静かに開けて、部屋に入ろうとする。
と、そこで。
「……Good night crescent moon. See you again . 」
そう呟いて、部屋の暗闇に消えていく。
程なくして、空に再び光が宿る。
小さな太陽と、鋭い三日月を見守るように。
END
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初・伊達いつ小説。
そして初なのに、既に筆頭が積極的(笑)
ウチの筆頭は、純情だけど黒いのが標準装備ですから!!(ぇ)
頑張れば、この続きが書けそうな………。
というか、続き考えてはいるんですけどね(苦笑)
表現とかいつきの訛とか、至らない点が多々あると思いますが
笑って許してやって下さい(汗)