雪華












奥州の、長い冬のある日。

穏やかな昼下がり。
米沢城の長い廊下を、一人の少女が歩いていく。


いつもの元気な小走りではなく、静々と淑やかに。
それは、少女の姿に理由があった。








「政宗…?」


やがて辿り着いた部屋の前。
そろりと、城の主が寛ぐ場の障子を開ける。
その名を呼びながら。



「お、着替えたか。いつき」



隻眼の竜は煙管を吹かし、火鉢の前で胡坐をかいて少女を待っていた。
ゆっくり開けられる障子に隠れていた、いつきの姿が政宗の目に映る。



「Excellent! 似合うじゃねぇか」
「そ…そうだか?」



いつきは、政宗の陣羽織と同じ瑠璃色の着物を着ていた。
白い雪華文が散りばめられ、いつきの銀髪に良く映える上物。
誂えたのは無論、政宗であった。



「お前の髪は銀だから、赤でも青でもBalanceが取れるんだな。
 やっぱり、俺の見立てに狂いはねぇな」

政宗は、子供の様な悪戯っぽい笑顔で微笑む。
その笑顔に引き寄せられつつ、いつきは政宗の前まで歩みを進めた。



「でも……本当に良いだか?」
「何が」
「だって、こんな上等な着物…高かったんだべ?」
「 No problem. 問題なしだ。
 仕立屋から、小さいキズがついて売り物にならねぇっつってた反物を、安値で買い取ったんだからな」



くいくい、と指で隣に座るように促す。
言われるままに、いつきは政宗の正面に正座した。

それとほぼ同時に、政宗は煙管を片付け始める。


「さて……。それじゃ仕上げといくか」
「仕上げ?」


火鉢の横に置いてあった、小さな桐箱。
その中から、金箔蒔絵の施された小さな蛤の器が現れた。


「え!? 紅、つけてくれるだか!!?」
「 Sure. どうせならとびっきりBeautyにしてやんねぇとな」


器を開くと、中から鮮やかな茜色が覗く。


「うわぁ…。 おら、紅なんて初めてつけるだよ」
「ほら、こっち向け。 顔上げろよ」


もう少し政宗に近づいて、いつきは目を閉じて顔を上に向ける。
その顎を、政宗の左手が抑える。

「いいか、動くなよ?」

言われて、いつきの身体が妙に強張っていく。
その様子に苦笑しながら、政宗は右手の小指に紅を取った。





沈黙はほんの一時の筈なのに、やけに長く感じられた。



自分の指が、彼女の桜色の唇に触れる。
その刹那、目を瞑っていて状況が理解出来ない
いつきの身体がぴくりと跳ねた。


その仕草が、妙にそそられる。

顔を上げ、無防備に唇を晒す彼女の姿勢は、
まるで口付けを交わすそれで。
綻び始めた理性を、竜は必死で抑えた。



桜色が、妖艶な紅へ変わっていく。




夏は短く、冬が長い雪国に暮らす女は
日照時間の短さと、陽にあまり当たらない生活が相まって
肌が色白になると聞く。


彼女の肌は正にそれで、
真紅へと染まった小さな唇は。



さながら、雪白の上に舞い散りながらも咲き誇る、椿の花のようだった。







唇から指が離れる。


「………ちぃと、塗り過ぎたかな」

指の紅を紙で拭き取りながら、独り言のように政宗は呟いた。
その言葉はどうやらいつきには聞こえなかったらしく、彼女は微動だにしない。



「…いつき、紅取ってやる」
「ふえっ?」



支えの左手で顎をぐいと引かれ、思わずいつきは閉じていた目を見開いた。
眼前に広がったのは、隻眼の竜の端正な顔。




竜が、雪華に喰らいつく。




「…………っ!」




小さな顎を捉えられ、逃げ出す事も出来ず。
口腔を攻め立てられて、背筋がぞくりとする。


煙草の臭いが、味が、身体の中に入ってくる。
考えが、麻痺していく。


「……ふっ……、……ぅ………」


口付けを交わしている間、政宗の手はいつきの整えられた銀髪を弄んでいく。
一方のいつきは、息をするのに精一杯で四肢の力が抜けていく。



暫くして、いつきの唇が解放された。


しかし身体中の力が抜け、更に顎を引かれたことで体勢を崩した彼女は
そのまま、政宗の胸元に凭れ掛かる格好になってしまった。



息を整えようと小刻みに動く、小さな椿を見つめる。

「………Perfect. このぐらいが丁度良いな」

自身の唇に付着した紅を、拭い取りながら政宗は囁いた。




凭れ掛かっていたいつきの顔が、自分を見上げる。


「………政、宗…?」

名前を呼ばれて、微かな理性さえ飛びそうになる。



白かった肌は既に紅潮し、目には微かに涙が溜まっている。

その姿はもはや、少女ではない。



「………馬鹿、そんな顔すんな」
「え…?」




妖艶な「女」の顔をした、彼女の姿に。
もう理性など、意味を成さなくなっていた。





「……本気で襲っちまうだろうが」








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――――――それから一刻の後。


伊達軍の面々に、先程のいつきの着物姿が披露された。




ただ。

丁重に着付けられた筈の着物には、少々の皺が寄り。

きちんと結い上げられた筈のいつきの髪が、何故か解けていて。

しかも、いつきが政宗に担がれたままで、決して地面に足を置こうとしない不自然さを。



気付いた者は、小十郎以外に居なかったという。











END




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…………襲っちゃった、筆頭(爆死)


ウチの筆頭は、攻めモードに入ると鬼畜ドSになるので(ぇ)
いつきちゃんは足腰立たなくなるほど、何やら色々やられちゃったようです。


何で小十郎さんだけが気付いたかっつーと、
………まぁ、筆頭と付き合いは長いですから(笑)
おおかた「……災難だったな、いつき」ぐらいにしか思ってないかも(ぉ)



雪国の女の人が色白が多いってのは、
日照時間が少ないからという話と、北欧系の血が入ってるからだって話を聞いたことがあります。