君を想い眠る夜 下




















気がつくと、周りは闇だった。




『…………?』





右も左も、前も後ろも。

一面の黒、黒、黒。



辺りを見回せば、闇の中に自分の銀髪だけがひらりと動く。
音のない、黒の世界。




『………っ!』



堪らず、走り出す。


何処に行けば良いのか、何処に向かっているのか。
何も分からない。
何も考えられない。



ただ。

ただ、恐くて。



奔り疲れて、足を止めた場所にへたへたと座り込む。
息が乱れる。





『…………』





あった、はずなのに。


叫びたい言葉が。

呼びたい名前が。

あったはずなのに。



恐くて辛い、こんな時。
傍に居て欲しい人が、居た筈なのに。



その人の名前が、思い出せない。



違う。
頭は知っている。

でも、声がその名前を紡がない。

喉が、その音を鳴らそうとしない。




『…………っ!!』









「っやぁ………ッ!」



小さく短い自身の悲鳴で、意識が引き戻される。
目を見開いて、すぐさま横になっている布団から跳ね起きた。




そこは、黒ではなかった。




未だ見慣れぬ、高い天井。
満月で、蒼く照らされる室内。
頬を伝う熱いもの。

少し間を置いて、ここが、深夜の米沢城の
自分に誂えられた部屋だと思い出す。


(………ゆ、め………?)


そんな言葉が頭に浮かんだ途端、心が不安に駆られた。



身体が、勝手に動いていた。



涙の跡も拭わず、乱した髪も直さず。
上着を羽織るのも忘れて、広い部屋を飛び出した。

ひやりと、冷たい床の感触に身体を震わせながらも、
小さな裸足は歩みを止めない。




確かめたかった。



今が、夢なのか現なのか。










廊下を進んで、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。


先程の、自分の部屋と同じように青白い光が漏れる部屋。
幾度となく、訪れた部屋。


なのに。

何故か、全く知らない部屋のように感じる。




この先に、あの人が居る筈なのに。
恐がる必要など、何も無い筈なのに。




もし、あの人がいなかったら?


これが、あの悪夢の続きだったら?




部屋の先が、また黒の世界だったらと思うと
目の前の障子がまるで、黄泉国へと続く重い扉のように思えた。



そうして、暫く留まっていると。



「………っ!」



突如、障子が開け放たれた。


部屋の先は、やはり自分の部屋と同じ青白い光で満ちていて。
障子を開けたのは、この目でその存在を確かめたかった人だった。


「……Hey, いつき。 どうした?」


優しい、静かな声で話し掛けてくれる。




「あ……」



呼びたい。



「あ、の……」




夢の中で、言葉に出来なかったこの名前を。




「ま、政宗…」

「ん?」




呼んだ瞬間、心が安堵した。


良かった。
ここはもう、黒の世界じゃない。

自分の言葉が、彼の名前を音にして紡げた。
彼が、それに応えてくれた。


それだけで。




「……何でもないだ。
 こんな夜中に起こして…かんにんな」



このまま此処に居ても、迷惑をかけるだけ。
そう思って、自分の部屋に戻ろうと振り返る。



だけど。



「………悪ぃが、いつき」


低く響くその声に、思わず足が止まる。
そして――――。


「えっ……」

「俺はお前の”何でもない”を、信用してねぇんだ」


気がつけば、自分の身体は軽々と宙に浮いていた。
そして軽い衝撃を身体に感じ、眼前に彼の顔が広がる。

自分が彼に抱き上げられたのだと理解するまで、少しの間が必要だった。


「政宗っ…」
「安心しな、何もしねぇよ」


歩き出す彼に必死にしがみ付いて、落ちないようにする。
本当は抗って逃げてしまいたいほどに、抱きしめられるのは恥ずかしいけど。
だけど、彼から逃げ出すという行動自体が無駄なことを、もう思い知らされてるから。



「さて、と…」

部屋の奥に敷かれていた、彼の布団に座らされる。


「……どうした? 恐い夢でも見たか?」


続けてそう言った彼の手が、自分の頭を優しく撫でる。
顔を見遣れば、目の前には優しい微笑み。


「………っ」


張り詰めていた緊張の糸が、ぷつんと音を立てて切れた感覚。
それを感じた瞬間、目に映る彼の顔が滲んだ。


もう、止まらなかった。


彼の右肩に顔を押し付け、縋り付いた。




本当は、こうしたかった。

悪夢を見た、その時に。


政宗に、抱きしめてほしくて。
大丈夫だ。って、言ってもらいたくて。


声が聞きたくて。
姿が見たくて。
温もりを感じたくて。



「……大丈夫だ。もう恐い夢なんざ見ねぇよ」



だから、その言葉を聞いて初めて。

心も身体も、安心で満たされた気がした。






その夜は、彼の布団で眠ることを許された。

彼が護ってくれていたからだろうか。
もう、悪夢は見なかった。


それでも、次に目を覚ましたときに
彼が傍に居ないことを恐れて。


彼の手を、ずっと握っていた。


竜の手はとても大きくて、暖かくて。
自分をどんなものからも、護ってくれそうな気がした。






END.





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いつきちゃんは、こんな理由で筆頭の所に行ったんです。




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