かくれんぼ
山岳を白く染めていた、根雪も解け切り
新緑が芽吹き始めた小春日。
少し急な坂を元気良く走りぬけ、いつきは目的地に辿り着いた。
「まっさむねー! 遊びに来ただぞー!!」
割れんばかりの大声で、目の前に聳える城の主に呼び掛ける。
しかし、門前からの声に返事はなし。
「おい! 筆頭、道場にも居ねぇぞ!?」
「マジかよ!? 厠はどうだ!!?」
「そんなもん、とっくに探しちまったよー!!」
代わりに、いつきの耳に飛び込んできたのは
伊達軍の面々が慌てふためきながら叫ぶ怒号。
そして、大勢の男が廊下を右往左往するけたたましい足音。
「………へ?」
勝手に城内へと足を運んだものの、見る者過ぎる者全てが
自分のことなぞ知る由も無く走り回っているので、いつきは何だか拍子抜けした。
そこに、一際ドスのきいた大声が響き渡る。
「いいかテメェら! 政宗様を見つけたらすぐに知らせろ!!」
「小十郎さ!?」
声のする方向に思わず呼びかけると、小十郎はいつきに気付いて
先程から寄せている眉間の皺を少し緩めながら、近くへと歩み寄ってきた。
「あぁ、いつきか…。 遊びに来たのか?」
「んだ! 小十郎さ、政宗はどうしただ?」
「……。 …それがな……」
小十郎が説明するのを少し躊躇うと、
「小十郎様ー! 駄目です、小十郎様の畑にも居ません!!」
「馬が残ってるんで、遠駆けしに行った訳でもねぇみたいです!」
「六爪も陣羽織もちゃんとあります! 真田ン所にも行ってません!!」
………と、次々と現在の状況が、小十郎に
すれ違いざまの兵士達によって報告された。
また、暫くその足音が遠ざかった後。
「…………大体、分かったか?」
とだけ、小十郎は訊いて来た。
「……うん。 ……政宗、今いねぇんだな?」
「軍議の時間になっても、政宗様が部屋から出てこなくてな……。
まさかと思って尋ねてみれば、これだ…」
そう言って、城主の部屋の襖を開ける。
そこには勿論、人の姿など有りはしなかった。
はあ、と大きな溜め息をついて、小十郎は更に眉間の皺を深めた。
大変なんだなぁ、小十郎さも。
などという同情は心の中だけにして。
「……おらも、政宗探して来るだよ?」
いつきは小十郎に申し出た。
「しかし……」
「ようは、政宗とかくれんぼだべ? おら、かくれんぼで見つけるの得意だよ!!」
ドンと胸を叩いて、いつきは威張ってみせた。
そんないつきを見て、小十郎は苦笑しながらもこう言った。
「そりゃあ頼もしい限りだがな……。
政宗様は、こと身を隠すのが得意でな。
ガキの頃はよく、成実と3人でかくれんぼしたが……政宗様だけはなかなか見つけられなかった。
その辺、覚悟して探しに行ってくれよ」
―――――そんな小十郎の忠告があったにも関わらず、
いつきの目は、色鮮やかな浅緑の着物を捉えた。
場所は城内―――ではなく、
その城の近くに座する小山の中腹。
それも。
普通なら見落としてしまうであろう、楠の大木の中である。
「……………」
息を殺して、その着物の見える先を目で追う。
浅緑の先には、硬そうな髪の檜皮色。
そして、眼帯の漆黒。
楠の細枝の隙間を縫って、確実にその姿を捉えてゆく。
そして、その色に向けて一声。
「政宗、みーっけ!!」
「うぉっっ!!?」
刹那、太枝に腰を下ろしていた政宗の姿勢がぐらりと崩れる。
「あ!」といつきが声を上げる間よりも速く。
幾重もの枝を犠牲にして、政宗の身体が大きな音を立てて地面に叩きつけられた。
衝撃と同時に、木で羽を休めていた鳥の群れが騒ぎ出す。
「まっ、政宗!!?」
慌てて近くに駆け寄ると、すぐに政宗は、がばりと上体を起こした。
「おー痛ぇ……。 良く助かったな俺………」
腕や頭に付いた、枝や葉っぱを払い落としながら
さっきまで自分が座っていたその場所を見遣る。
あまり高いところに居なかったのと、木の枝や葉が衝撃を和らげたのだろう。
枝による擦り傷はあるものの、大きな怪我は無いようである。
「政宗! 大丈夫だが!?」
すぐ横に、自分を驚かせた張本人が座り込んだ。
「I'm alright. 何てことねぇよ、かすり傷だ」
心配かけさせまいと、笑顔でいつきに話しかける。
「ごめんな、おらが急に声出したから……」
と、見る見る内に顔が崩れていく。
いつきは今にも泣きそうだ。
「………そーいやぁ、なーんか痛ぇ所があるなぁ……」
「え! どこ!? どこだ、政宗!!」
わざとらしく蹲る政宗を見ても、彼が心配な
今のいつきに疑う余裕は無い。
政宗の顔を心配そうに覗き込む、いつきの前で。
「ここ」
政宗は、自分の薄い唇を指差す。
きょとんと、いつきが目を瞠った。
「kissして治してくれるか?」
「なっ………」
悪戯っぽくニヤリと笑う政宗を見て、
自分がからかわれたのだと気付いたいつきは、
「何ふざけた事言ってるだ! この本気なし!!」
と、ありったけの力を込めて、自分の住む土地を治める領主を押し退けた。
「小十郎が?」
「んだ。 軍議すっから、早く戻ってきてくれって」
先程の一悶着の後。
政宗に誘われるがまま、いつきは彼と二人で
あの楠にもう一度登って、枝に腰を下ろしていた。
「構わねぇよ。 もう少し、此処に居ようぜ」
「だども……」
「そろそろ昼飯時だ。 戻ってメシ食って、それからでも遅くはないだろ?」
そう言うと、またさっきと――いつきが下から見上げた時と――同じように、
政宗は遥か遠くの風景を眺め始めた。
暫しの沈黙。
遠くから近くから、鳶の鳴く声や小鳥達の囀りが聞こえる。
少し冷たい風が、木の枝に咲く花の香りを届けてくる。
「政宗」
「ん?」
先に沈黙を破ったのは、いつき。
「政宗は、いっつも此処で遠くを見てるだか?」
「――…そうだな…。 まぁ……時々だけどな」
政宗は、自分の目線の先、そしてその周囲を指差す。
「この場所なら、ここら辺一体が見渡せるんだ。
こうやって、暇があれば自分の治める土地を眺めてる」
俺が抱えてる風景は、命は、こんなにも多いんだ。
この全てを、俺はこの身に代えても、守らなければならないんだ。
それを、再認識する為に。
「子供の頃も?」
「ガキん時は、ただ高い所が好きで………って、
何で俺のガキの頃の事を、お前が知ってんだ?」
不意をつかれた質問に、政宗は思わず声を張り上げた。
「小十郎さが言ってただ! 政宗は子供の時、かくれんぼで隠れるのが得意だったって」
「かくれんぼ…?」
ああ、と、思い出したような仕草をとる。
「そういやそうだったな。
別に、特別得意だった訳でもねぇが、いつまで経っても成実も小十郎も来やがらねぇから
俺から出て行った事が多々あったぜ」
そこまで言った後、政宗は
その頃の感情を思い出す。
かくれんぼは、正直好きじゃなかった。
誰にも見つからなければ、確かにそれは『勝ち』だけど。
誰にも見つからなければ、それは同時に『負け』でもあった気がしたから。
お前なんか、誰も見つけやしないんだ。
お前なんか、誰も気に留めないんだ。
お前なんか、誰も必要としないんだ。
そんな風に、思われてるみたいで。
それでも。
それでも、あの遊びをし続けたのは。
きっと、誰かに。
「………お前は、見つけてくれたんだな」
掠れるような声で、呟いた。
「え?」
「…………何でもねぇよ」
政宗の呟きを聞き取れなかったいつきの言葉を、受け流す。
それが納得いかないのか、いつきは怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「帰るか」
「へ? ……あ!」
ぽんと彼女の頭を軽く撫でて、勢い良く枝から飛び降りる。
先程の無様な落ち方ではなく、政宗は軽やかに地面に足を付いた。
「お前も降りて来いよ」
「ちょ、ちょっと待つだよ……!」
政宗が飛び降りる分には問題ない高さだったが、
いつきのような幼女には、いくらか高過ぎたようだ。
自分が座っていた枝を見遣れば、いつきが覚束なさそうに
必死に足場を探している。
登る時はあんなに軽々とついてきて、助けも要らなかったほどなのに。
「いつき」
改めて名を呼んで、両手を彼女に向けて広げる。
「え…?」
「どうした、早く来いよ」
「早くって……な、何……」
「何って……飛び降りるんだよ」
「えぇ!?」
驚いて動きの止まったいつきを、政宗は
「ぶらさがって、手ぇ放すだけだ。
ちゃんと受け止めてやる、安心しろ」
と、広げた手で『早く来い』という動きをして促す。
「大丈夫だ」
安心させるように、ゆっくりと。
だけどはっきりと確信めいた口調で、いつきに声を掛ける。
意を決したいつきは、言われた通りに枝にぶら下がった。
そして―――――。
「―――な? 大丈夫だったろ?」
腕の中に飛び込んできたいつきを、難無く受け止めた政宗は、
先程のように頭を撫でてやる。
いつきは何も言わず、ただしっかりと政宗にしがみ付いてた。
その様子を見て苦笑しつつも、政宗はいつきを抱えて
城に向けて歩み始めた。
すると。
「政宗」
耳元で、小さく囁かれる。
「今度からは、おらが絶対見つけてけるからな」
それだけ言うと、いつきは柔らかい笑顔を政宗に向けた。
「―――…そいつぁ楽しみだな。 せいぜい頑張ってくれよ?」
その笑顔に反応するかのように、政宗もまた不敵な笑みを向ける。
それを見て、今度はいつきが
溢れんばかりの笑顔を、政宗に向けた。
いつか、誰かに見つけて欲しくて。
そうして続けた、一人きりのかくれんぼ。
今度からは、君と。
END.
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筆頭の
「かくれんぼか… ガキの頃を思い出すぜ」
という台詞から、勝手に筆頭の子供時代を捏造。
しかもさり気に成実の名前も出て来てるし(名前だけだけど)
筆頭はかくれんぼ得意だったと思うんです、性格というか性質上(笑)
ほいでいつきちゃんは、見つけるのが得意じゃないかと。
木に隠れた筆頭を一発で見つけたのも、いつきちゃんじゃないと出来ない(ぇ)
寧ろ、いつきちゃんだけに見つけて欲しい(爆)
そうそう。
いつきちゃんがたまに秋田弁喋ってますが気にしないで下さい(するわ)
津軽弁知らないので、秋田弁でカバーするしか能がないんです
青森の方ゴメンナサイ(陳謝)