BUDDY


















「…ぐっ………はァ………」


視線の先に広がる、赤黒い地面を見つめて。
西海の鬼・長曾我部元親は、重い溜め息と共に呻き声を上げた。
耳に響くのは遠く聞こえる怒号と、刃の交じり合う音。
音の先を見つめようとしても、顔はおろか体の一関節にすら力が入らない。





鬼と竜が、暴れ回っている――――。
そんな噂が当事者である二人の耳に届いたのは、いつの頃だったか。

毛色の似ている伊達軍と手を組むのは、元親にとって
窮屈の無い、実に居心地の良いものであった。

総大将は、独眼竜・伊達政宗。
自身はあくまでも副将であり、客将。
別に、立場に不満があった訳じゃない。
どうせ下に就くなら、こいつが良い。
奴と共に天下を戴くのも悪くはないと思っていた。



だが、それはあまりに突然であった。
次の敵陣へ乗り込む為、根城にしていた拠点に
急襲が掛けられたのだ。

暗闇に紛れて、相手は拠点の入り口を狙ってくる。
それだけならば、今まで幾多の戦場を駆け抜けた鬼と竜にとって
取るに足らない防衛戦であった。


伊達軍の兵士が、人質に取られるまでは。


「いけ、独眼竜! ここは俺が引き受けた!!」

四方に捕らえられた兵士の救出に向かう為、どちらか一人が
守るべき門から離れなければならない―――。
どちらともなく瞬時に悟り、元親は政宗にそう叫んだ。
政宗は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに踵を返して
仲間の救出へ向かった。


自信はあった。
いくら大勢で攻めて来られようとも、それを返り討ちにしてやれるだけの自信は。
事実、政宗が門を離れてからの元親の猛進撃には、目を見張るものがあった。

その姿をしばし傍観していたのであろう。
敵陣から、一人の男が立ち上がったのは
伊達軍の仲間が人質に取られてから暫く経ってからの事だった。





「要を崩せば開かれる……城も門も同じことだ」

ふと囁かれた一言。
弾くように、元親の意識が現実へと引き戻された。
地面を紅く染めるのは、流れた自身の血。
声のした先へゆっくり、ゆっくり視線を移していくと
一人の男の姿が目に映った。


松永軍総大将、松永久秀――――。
急襲の首謀者であり、伊達軍兵士を捕虜に捕った張本人。
そして、元親に膝を付かせた男でもある。


「いやはや、卿は強いな……恐れ入った。
 見たまえ、こちらの軍は既に壊滅状態だよ」

驚いてみせるかのように、松永は溜め息混じりに言葉を綴る。
それを聞いた元親は、鋭い眼差しで松永を睨みつけた。


「て…めぇっ………、仲間を……弔う気持ちはねぇのかっ………」
「仲間? 弔う? …生憎だが、有象無象の輩を仲間などと思う気は無いよ」
「………ッッ!」


ふつふつと、苛立ちにも憎しみにも似た感情が湧き上がる。
もし身体が満足に動くのなら、今すぐにでも
この男の顔を拳で、思い切り殴り飛ばしてやりたい。

だが、それが出来ない今の自分に悔しさも感じていた。

「……ぐっ………ぅ………」
立ち上がろうとしても、膝に力が入らない。
流した血は少量だが、その分内側に傷を受けている。
己の得物を支えにして、倒れ込まないようにしているのがやっとだった。


「しかし、卿の言う仲間とやらは実に薄情だな。
 現に、今この場に独眼竜の姿は無いではないか」

「……あいつは仲間を助けに行った。俺が行けと言ったんだっ…!」

「ほう! それはまた、美しい友情だね」

すらりと長い剣を、松永は刺していた地面から抜き取る。


「………は、はは………」
「……? 何が可笑しい」
急に笑い出した元親に、松永は怪訝な表情で問いかけた。



「友情…? そんなモンだけで俺が動くと思ってんのか、アンタ……」


はっきりとした口調で呟きながら、元親は顔を上げた。



「それが分からねぇんなら、アンタは………
 俺達には、勝てねぇ。何があってもな」



不敵な笑みで松永を見据える。
状況は明らかに元親の方が不利に見えるのに、その表情には
確固たる勝利への確信があるように思えた。



「………もう休みたまえ。 私も独眼竜を待つのには飽きた」

再び視線を地面に落とした元親は、荒い自分の息遣いの中に、
松永が自分の方へ歩みを進めてくる足音が混じっているのを、ただ聞いているしかなかった。
見えずとも、松永の剣の切先が自分の近くに持ってこられたのが気配で分かる。


「残念だよ、西海の鬼。 卿ならもっと私を楽しませてくれると………」
剣が、ゆっくりと空を指す。


「思ったのだがねッ!!!!」


風を切る音と共に、剣が振り下ろされた。











元親は一瞬、残された自分の右目を疑った。

己に振り下ろされる筈だった剣は、
真一文字に構えられた刀によって受け止められている。

門の近くに置かれた篝火だけがもたらす、淡い光に照らされたのは――――――



「随分と楽しそうだな。 俺も混ぜてくれよ…」



紫電をその身に纏う、蒼く気高き竜の姿だった。



「ほう……、生きていたのかね」
「なっ………、ま、政宗………!?」

ほぼ同時に、松永と元親は声を上げる。
それを聞いた政宗は、力一杯に松永の剣を弾き返した。
油断していた松永は思わず、後ろによろけた。


「おい、元親。 まさか Give up なんて言うんじゃねぇだろうな?」
「…お、前………。 ………仲間は、どうした…?」

膝を付く元親に合わせるかのように、政宗もその眼前に屈んだ。

「助け出してきたさ。 お前が門を守ってくれたおかげだ」
「……そう、か」


政宗が戻ってきたこと。
仲間が、無事に助け出されたこと。
そして、政宗が自分に掛ける言葉の、ひとつひとつ。

それが、少しずつ自分の力になっていくことを
元親は実感していた。



「筆頭ー! 長曾我部は無事でしたかー?!」
「おいお前ら、門を守れ! あと一息だ!!」
「頑張って下せぇ! 鬼と竜が組めば、天下無敵ッス!!」

各々の言葉で、戻ってきた兵士達が二人に声を掛ける。
それに呼応して、元親と共に門を守っていた兵士達の士気は上がっていた。


「……フン。所詮この程度の器だったか」


体勢を立て直し、松永が苛立ちを募らせて吐き捨てる。
先程までの余裕が消え失せた、真の「悪」の姿だ。


「……しかし、何だね卿らのその行動は。
 他人が他人を助け合うなど………。 私には到底理解出来ん」

そう言って、松永は二人を睨みつける。

「理解しなくても別に構わねぇさ。 あんたには一生解らないだろうからな」

政宗は不敵に微笑んだ。
その余裕に見える態度が、ますます松永の感情を昂らせる。



「それに………」

政宗の後ろから、低く呟く声がした。


「アンタに理解してもらいたいとは、思わねぇ……!」


ゆらりと、元親が足に力を入れて立ち上がった。
先程の不敵さを失わず、まさに鬼そのものの覇気を醸し出していた。


「Hey, 随分と遅い起き上がりじゃねぇか、鬼サンよ」
「…るせぇ。 さっさとカタつけんぞ、独眼竜」


元親が碇槍を片手で構えるのと同時に、

「それもそうだな…。長い戦は好きじゃねぇ」

と、政宗も六爪を構えた。




「来たまえ…。 鬼と竜、どちらも業火で焼き尽くしてくれよう」
「行くぜ元親、Psyche up !!」
「言われるまでもねぇッ!」


篝火だけがゆらめく深淵の闇に、爆音と凄まじいほどの炎が舞い上がった。










「………おい、生きてるか西海の鬼」
「…当たり前だろ、誰に聞いてやがる」



周囲に漂うのは、血の生臭さと土草の焦げた臭い。
篝火も消え、守り抜いた門に寄り掛かるように座る二人の周囲を照らすのは、
闇色の空に散りばめられた数多の星々であった。



「………おい」
「あ?」

暫しの沈黙の後、元親が政宗に語りかけた。


「さっきはすまねぇな。助かったぜ」

元親の言葉に、政宗は目を丸くした。

「……Ha! あんたの口からそんな台詞が出るとはな」
「るせぇ! テメェ折角人が礼言ってんだ、素直に聞いとけ!!」


普段通りに交わされる軽口とは裏腹に、二人の身体はボロボロだった。
あちこちに擦り傷や切り傷、火傷の痕が目立つ。
もっとも、当の両者にとって傷の痛みなどは、もはや感じないものになってはいたが。


「礼なら身体で返してくれ。 まだ天下は獲っちゃいねぇんだぜ?」

よっ、と勢いをつけて、政宗は立ち上がった。
そして、横に居る元親に向き直して、手を差し出した。


「これからも宜しく頼むぜ、Buddy?」
「…………!」


政宗が発した異国語は、あまり詳しくはない元親も知っている言葉だった。



「……………へッ」

その手を勢いよく掴んで、元親も立ち上がる。



「上等だ。 この目でお前の天下、見せてもらおうじゃねぇか、Buddy.」
「…! ……任せな、損はさせねぇぜ」


繋がったそれぞれの手に、力が篭る。



「……そろそろ酒盛りの準備も出来た頃だろ、城に戻るか?」
「お、いいねぇ。 朝まで飲むか」
「馬鹿言え。お前に付き合ってたら体が持たねぇよ」




門扉を開けて、城へと歩き出す二人。
その顔は清々しく、軽口を叩き合って笑い合う姿は
まるで、昔からの友人のようであった。










END.




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B'zの「BUDDY」を聴いている時に、思い浮かんだネタ。
舞台は松永軍迎撃戦で。


筆頭とアニキの格好よさを出せなかった……。
うーん、表現って難しい。
あと、松永も口調が難しい。くそぅ。