いつかまたここで
「生きていれば、また会えるさ」
錆色とも柘榴色とも取れる瞳を細めて、その人はそう呟いた。
何か言葉を返そうとしたけれど、頭の中の整理は追いつかなかったし
何より、彼がそのまま後ろを振り向いて
「行って来な、お前の夢を叶える為に」
そう最後に付け加えてしまったから。
何も、言えなかった。
こちらを向かない彼に、深く一礼する。
何も言えなかったけれど、せめて感謝の気持ちだけは伝えたかったから。
たとえ、その柘榴にこの姿が映らなくても。
彼は、何もしなかった。
人を殺めた事に変わりの無い自分を、責めなかったし。
かと言って、血と煙の臭いが立ち込める戦場に歩を進める事を、止めもしなかった。
ただ軽く、この背中を押しただけ。
前にも後ろにも、手を掴んで誘引することなく。
だけど、それがたまらなく嬉しかった。
今まで会った人と、違う。
蔑むでも罵るでもない。
ただ、対等に見てくれた。
目の前に居るのは、一国の主で。
自分は本来、関わる筈の無い農民で。
それなのに。
後ろを振り返り、足を前に出す。
目指す場所は、ただひとつ。
暫く歩いて、彼の姿もその陣地も見えなくなった頃。
ふと足を止めて、自分の来た方向を見つめた。
「……いってくるな、あおいおさむらいさん」
さっき言えなかった言葉のひとつを、小さく紡いで。
-----------------------------------------------------------------------------------------
―――――別に、約束を交わした訳じゃない。
「夢を叶えたら、いつでも戻って来い」とも、
「ここで待ってる」とも。
あいつが願う『夢』が叶ったなら、あいつの帰る場所はただひとつで。
ほんの数日関わっただけの、それも本来は倒すつもりで会いに来た侍の元になど、
誰が戻るだろう。
そう。
別に約束した訳じゃない。
会津の地に聳える、磐梯山。
その裾野に広がるのが、この摺上原。
風の噂で、一人の農民が
魔王・織田信長を討ったと聞いた。
それがあの少女なのかは情報として挙がらなかったが、
何故か自分には分かっていた。
―――――叶えたんだな。
そう、心の中でだけ問いかけた。
それから数日が過ぎた今。
もう、とうにこの地で合戦をする必要など無いのにも関わらず、自分の足は此処へ向かっていた。
遠駆けと称しては、米沢からそれなりに離れたこの場所へ。
眼下に広がる景色を眺めて、あの日のことを思い出す。
『彼女』と初めて対峙した、その瞬間を。
あれほど荒んだ、昏い昏い瞳を持つほどに、追い詰められた。
ひとり孤独に戦う少女を、誰が責められただろう。
聞けば、行く先々の地で心無い武将に罵倒されたという。
そんな奴らを許せないと思ったのは、事実だ。
だが目線を変えれば、それは自分の立ち位置にも成り得た話。
だからこそ、自分自身を許す事も出来なかった。
本当なら、あのまま戦いを辞めさせるべきだったのかも知れない。
戦をするのは、本来自分達―――侍の本分であり、彼女達農民のする事ではない。
だが、あのまま止めてしまえば、彼女達が今までの戦で
摩り切らせて来た心が、脆く崩れるだけ。
戦う意義を見失い、自分たちが今までしてきた事の罪に、苛まされるだけだっただろう。
だからこそ、何もしなかった。
ただ、彼女の背中を押しただけ。
行く先の道を決めるのは彼女であり、自分が手を引くべきではないのだ。
自分には、止める権利も、戦へ引き込む道理も無いのだから。
約束をした訳じゃない。
だけど、もう一度。
彼女は此処へ、戻ってくる。
この地を離れたあの日、闇の消えた大きな鳶色の双玉は、確かにそう言っていたから。
…………村の皆は、もう北端まで辿り着いただろうか。
少しずつ、重くなっていく足を奮い立たせながら、そんなことを想う。
目の前には、澄み切って心が痛むほどの、青、青、青。
雲ひとつ無い晴天だ。
まるで、あの人のようだ。
魔王までの道中、辛いことや悲しいことがある度に、空を見た。
そして、想った。
あの時触れた優しさを。
あの時感じた慈しみを。
あの時くれた言葉を。
それは、魔王を討った今も同じ。
いつでも、心の奥から自分を励ましてくれる。
約束をした訳じゃ、ない。
「待っていて欲しい」とも、
「夢を叶えたら、ここに戻ってくる」とも。
だけども。
「……………」
春待つ息吹が、摺上原に生える新芽を揺らす。
自分の髪も揺らされて、ふと思い、
泥と埃まみれになった頭と身体を、ぱたぱたを叩く。
居て、くれるだろうか。
何の口約束もしていないのに。
妙に速く打つ鼓動を抑えて、一歩一歩進んでいく。
もう少しで、あの場所に辿り着く。
目の前には、澄み切って心が痛むほどの、青、青、青。
その中に、一際冴える群青。
息を、呑んだ。
風の動きが、一筋だけ止まる。
自分の、すぐ後ろ、だ。
ひとつひとつの所作を確かめるかのように、ゆっくり、ゆっくりと振り返る。
あぁ。
あのときも、想った。
何と綺麗な、白銀の糸か。
「…………よぅ」
低く、短く声を掛けるが、彼女の返事は無い。
俯いたまま、俺の眼を見ることは無い。
彼女の真正面で、膝を折る。
それに驚いたのか、彼女は少し身動ぎした。
その、逃げる手を、掴んで。
「叶えたか」
一言、尋ねた。
刹那、地面に落ちる雫。
あとから、あとから。
俯く彼女の頬に、熱いものが伝う。
それが、地面に、掴んだ掌に落ちる。
掴んだ手を離し、無言のまま抱き寄せる。
自分の耳元に寄せられた、彼女の顔。
その小さな唇から。
声にならない慟哭が、聴こえる。
わかっていた。
理解っていた。
あの『夢』を叶えるために、必要なこと。
どうしても、獲らねばならぬ命があること。
自分が、罪を犯さねばならぬこと。
命を獲るなど、百姓としては至極当たり前の事だ。
稲を護る為、滋養をつける為、食す為。
そうやって、幾つもの命を獲って来た。
では、『人』はどうだ。
稲を護る為、自分を護る為、国を護る為。
いくら御託を並べても、『人』が『人』の命を獲る理由など。
農民であるままなら。
こんな想いはせずに済んだだろうか。
「……………落ち着いたか」
ようやっと、泣き疲れて乱れた息も整えた頃。
自分の身体を座って支えてくれている、青い竜の低く優しい声を聞いた。
「………ごめ」
「謝るな」
今度は低く、嗜めるように言われる。
「………待ってて、くれただか?」
「お前は、よく此処に戻ってくる気になったよな」
照れ隠しなのか何なのか、ぶっきらぼうに言われて
思わず笑ってしまった。
「笑ったな?」
悪戯心を覗かせて、頭をぐしゃぐしゃに撫で回される。
あまりにしつこくされるので、さっきの笑いも相まって
今度は声を出して笑ってしまう。
「あはははっ! やっ…やめるだよっ、くすぐったいべ!!」
「そうだ、お前はそうやって笑ってろ」
撫で回す手を少し止めて、竜は微笑んだ。
あの時に似た、優しい笑顔。
「もう、お前が武器を持つことはねぇ。
魔王も討った。一揆も鎮圧された」
竜の大きな手が、自分の小さな手に触れる。
手袋を介している筈なのに、温かさを感じる。
「お前がこれから、この手に持つのは
鍬と土と水、そうして実った稲に作物だ。そうだろ?」
「………………うん」
「そうやって美味い米を作って、野菜を作って、笑っていてくれ。
お前はもう、血生臭い世界に居なくて良いんだ」
「うん」
そこまで言われて頷いて、ふと考える。
そうして、ずっとずっと、心の何処かに思っていた事が浮かぶ。
「………――出来れば」
「だども」
竜がしばしの沈黙の後、紡いだ言葉に重ねるように。
自分も、心に思い浮かべた言葉を音に出す。
「おら、あおいおさむらいさんのそばにいたい」
その言葉を聞いて、急に竜の表情が固まる。
その表情を見て、自分も自分で口に出した言葉に、固まってしまった。
いくら思ったこととは言え、何と、考えも無い直線的な言い方だろう。
そうでなくても、彼と自分は身分が違い過ぎるのに。
自分で言っておいて、と慌てふためく自分に対して、
目の前の竜は困ったように、笑った。
「………参ったな」
困ったように笑った後、嬉しそうに微笑んだ。
「先に言われちまった」
目の前に広がる、青の中。
自分を写して欲しいと願った、錆色のような、柘榴色のような。
その一つだけの宝玉が、今、自分だけを写してくれている。
涙が、こぼれる。
先程の慟哭と違う。
もっともっと、熱い涙。
なんと、しあわせなことだろう。
大きな大きな、鳶色の双玉。
そこに浮かぶ雫に、そっと触れてやると。
ふわりと、花のように笑う。
目の前に居る自分の為だけに、笑ってくれる。
なんと、しあわせなことだろう。
「ほら」
「え…」
陽も落ち始めた摺上原。
乗ってきた馬に跨ると、続けて竜は
自分を見上げる少女に手を差し延べる。
「村まで送ってやるよ」
「で、でも……」
ついさっき、傍に居たいと言った手前
村に戻りたいとは言わなかったのに。
そう思って二の足を踏んでいると、痺れを切らした竜が
無理矢理身体を引っ張った。
「ひゃあ?!」
「安心しろよ、ちゃんと送り届けて、そしたら―――」
ちょこんと少女を膝に乗せて、不敵な笑みを浮かべながら。
「竜の嫁取り、ってな? 奪ってやるよ」
「うばっ……!」
その言葉に、一気に少女の顔が紅潮する。
「なっななななな!! 何言ってるだおさむらいさんッ!!」
「おいおい、もう忘れちまったのか」
「へ?」
「俺の名前」
忘れるわけが、無い。
忘れたりしない。
でも、何故だか。
声に出すのも、畏れ多い気がして。
「お侍さんなんて、他人行儀な呼び方やめろ。
言っただろ? 俺にも、お前にも名前があるって」
呼んで、いいのだろうか。
「………だ……、……ま、政宗……様……」
「違う」
ぴしゃりと窘められて、やっぱり
いきなり名前で呼ぶなど失礼だっただろうか、と思っていたのに。
「様はいらねぇ。政宗、だ」
思いもかけない事を言われて、一瞬、心が高鳴った。
呼んでも、いいのけ?
「…………政、宗…?」
「なんだ、いつき」
自分の呼びかけに対して。
久しぶりにこの声で呼ばれた、自分の名前。
それだけで、嬉しい。
「言っただろ?」
風を切って走る、軍馬の上。
政宗は前を見据えたまま、自分の胸元に小さな身体を収める
いつきに語りかける。
「生きていれば、また会えるって」
「うん」
「それだけでいいのさ。生きてるだけで、何だって出来る」
その言葉が、重く感じる。
「死んじまえばそれまでだ。罪を罪と感じることも、罰を罰と感じることも無い。
俺は、死んで楽になるよりは、生きて罪も罰も感じていく。
そうして、罪や罰と一緒に、生きる喜びを感じていく」
前に向けられていた視線が、自分に移る。
「人を殺めて地獄に落ちるなら、俺もお前も同じだ。
行き着く先が同じなら、何も怖いことはねぇ。
生きて生きて生きて、罪も罰も喜びも存分に味わって、そうやって地獄に落ちるのさ」
また、不敵な笑み。
「お前と一緒にな」
何も、怖いことはない。
「…竜と一緒に地獄に行くのか。おらは運がいいんだべか、悪いんだべかな?」
「Ha! 言うじゃねえか」
少々辛辣な物言いと裏腹に、いつきの顔には笑みが浮かんでいた。
何も怖いことはない。
罪を背負って生きることも。
罰を受けて生きることも。
やがて行き着く先が、地獄でも。
あなたが、いっしょなら。
END.
-------------------------------------------------------------------------
2のいつきちゃんストーリー第4章、及び最終章後のお話でした。
流れに流れて、いつの間にやら
竜の嫁取り話になりましたが(笑)
いつき=愛姫ネタになりましたが
よくよく考えると、今までサイトで扱ったネタの中で
ここまで愛姫色が強いネタって……初めてだよね?;;
いつも結婚話までこぎつけないから(笑)
本当は、人の命を奪ってごめんなさいって泣いてるいつきちゃんを
筆頭がよしよしって慰める的な話を書こうとしたんですけど、最初。
でも、筆頭は多分赦さないだろうなって思って。
赦さない代わりに、俺もその罪を背負うぜって思うような気がして。
そこから、「生きて生きて生きて、罪も罰も喜びも〜」って件が生まれました。
タイトルはB'zの楽曲から。ウルトラベストの、しかもCD3枚組のにしか
入っていないアルバム曲なので、知らない人の方が多いかと^p^
冬コミで得た戦利品で、萌えを頂いて
途中まで書いてて止めてた小説を一気に書き上げました!!^p^
お楽しみ頂ければ幸いですvvv