true intention
早秋の夜風が、米沢城の一角を静かに通り抜ける。
生憎と月は顔を出していないが、縁側に置かれた行燈がぼんやりと辺りを照らし
秋の夜長を幻想的に彩る。
そんな穏やかな空気を肴に、縁側では二人の男が杯を酌み交わしていた。
一人は、檜皮色の髪。
鉄黒の眼帯と、それに隠されていない柘榴の左目が鈍い輝きを放つ。
もう一人は、白金色の髪。
いつもならば、暗紅色の眼帯で覆われている左目が姿を現し
右に紫、左に青緑を湛えた両目が、手元の杯の中で揺らめく酒を見つめていた。
どちらも既に湯浴みは済ませ、着流しで酒盛りを楽しんでいた。
数刻前までは、「竜の右目」と呼ばれた男もこの場に居たのだが
同じくこの場で、男達との会話を楽しんでいた童女が眠気を訴えた為、彼女を寝所へと連れ戻っていた。
「明日も来客があるのです。 程々になされますよう」
こんな時でも小言は忘れずに、「竜の右目」こと片倉小十郎は、この場を後にしていった。
「そういやぁ、三代目とは最近会ってるか?」
檜皮の髪をかき上げながら、米沢城城主にして奥州筆頭大名の
伊達政宗が、目の前の男に問いかける。
その問いに、四国の雄・長曾我部元親が、紫と青緑の眼を丸くして答えた。
「あ? あー………、そういや、ここ二月はとんと会ってねぇなぁ」
「へぇ…そうか。 そりゃ好都合だな」
最後の方はぼそりと呟く程度だったが、元親はそれを聞き逃さなかった。
「何だよ、好都合って」
「何、こっちの話だ。 ………ところで、西海の鬼」
残った酒をぐいと飲み干して、杯を床に置きながら政宗が切り出した。
「アンタ、よく三代目のこと名前で呼べるよな。 …単なる命知らずか?」
「……ひでぇ言われ様だなぁ」
政宗が「三代目」と呼ぶのは、最強の傭兵集団・雑賀衆の三代目頭領、雑賀孫市のことだ。
政宗とも元親とも、武器調達や貿易の要として旧知の仲ではあるが、
政宗はまだ、知り合って数年程度しか経っていない。
幼馴染だという元親の方が付き合いが長いと思っていたら、彼らも十年来の再会だったという。
だのに、元親は孫市のことを、彼女が『捨てた名だ』と言う名前―――「サヤカ」と呼ぶ。
元親が呼べば勿論彼女は怒るのだが、それでも元親はそう呼ぶのをやめようとしない。
むしろ、嬉々として呼ぶのだ。
まるで彼女が怒るのを喜ぶように。
そんな光景を見ていれば、本当に単なる命知らずか、馬鹿なのかと思わずには居られない。
「呼ぶなって言われてんなら、普通呼ばねぇだろ…。 アンタ、三代目に惚れてんだろ?
愛想尽かされるとか考えねぇのかよ」
「馬鹿言え。 愛想尽かされんなら、とっくにそうなってらぁ」
手をひらひらと動かしながら、元親は苦笑する。
「……まぁ、俺の中で「雑賀孫市」っていうのは先代の……、…サヤカの父親のことだしな。
改めてサヤカを「孫市」なんて呼ぶ気にゃあ、なれねぇよ。
…………アイツが、思い出しちまうだろ?」
酒と、元来の陽気さでふわふわと微笑んでいた元親の顔が、少し翳った。
元親なりに彼女のことを気遣っていたのか、と思うと、
「……不器用な真似、しやがるなぁ」
と、何だかくすぐったい気持ちになってしまう。
空になった杯に、再び酒を注ごうと徳利に手を伸ばせば
元親の手が徳利を奪い、政宗の杯に酌をした。
「……それに、アイツも何だか呼ばれたがってるみてぇだしよ。
誰か一人……、…俺ぐらいは呼んでもいいんじゃねぇかって思ってよぉ」
「三代目が? どうだか……。 俺が呼んだら真っ先に銃口向けてきそうだけどな」
「はっは! 俺に対するのとそう変わらねぇ態度だぜ、そりゃあ!」
お返しとばかりに、元親の杯にも酒を注ぎ足した後、
政宗は喉を潤した。
「あーあ…。 アンタにはすっかり惚気られちまったな…。 訊いた俺が馬鹿だった」
「おいおい…。 別に惚気てなんかいねぇだろうがよ…」
「気付いてねぇのかよ……。 ………何かムカつくから、いつきの寝顔でも見て
癒されてくっかなぁ……」
「惚気てんのはどっちだよ!?」
「お互い様だろ」
くつくつと笑いを堪えながら、政宗は再び杯を空にした。
「ったく……。 こちとらそうそう逢えねぇってのに…。
いいよなぁ、アンタはいつでも逢えてよぉ」
元親も、ぐいと酒を煽りながら愚痴をこぼした。
「そう言うなよ。 明日はmiracleが待ってるぜ?」
「は?」
政宗の言葉に真意を掴めず、ぽかんとしている元親を置いて、
空になった徳利と杯を手に、政宗は縁側を後にした。
結局取り残された元親も、何やら腑に落ちない顔をしながら
行燈の火を消し、自分に用意された客間に戻っていった。
元親が、政宗の言葉の意味を知るのは、次の日のことであった。
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