楊 修

 魏の参謀、楊修。またの名を謎解き王(笑)
この人の話はなかなか面白い。その辺りの謎解き王列伝を書きましょう。

 楊修はあまりにも頭が切れすぎ、また人の心を読むのが上手すぎる。
ちなみに楊修は曹操の息子の一人、曹植の家庭教師のような役目もしていた。
楊修は官渡の戦いで戦った袁紹の兄弟、袁術の甥にあたるため、曹操に殺されそうになったこともあった。

 曹操が丞相だったとき、丞相府の門が建設され組みあがったのを曹操が見に来た。曹操は門に「活」の一字を書いて帰って行った・・・。
周りはなんのことだか分からない。が、それを知った楊修はすぐに門の取り壊しを命じた。
どういう事か・・・。「”門”に”活”の字を書けば”ひろい”という字になる。つまり丞相は『門が大きすぎる』と言っているのだ。」と、曹操が書いた暗号を解いた。

 その他にも、楊修の謎解き列伝はある。
宴席で曹操がヨーグルトを食べていた。この頃からヨーグルトってあったのね・・・。ま、エジプトでピラミッドができた当時からヨーグルトってあったからあってもおかしくないか。
曹操はそのヨーグルトを一口食べて、フタに「合」と書いてみんなにまわした。
またみんな分からない・・・。だから誰も怖くて手をつけられずお椀が次々と回って楊修のところに来た。
フタを見た楊修は「”一人一口”食べろという意味だ。」と言って、一口食べて他に回した。
”合”の中の部分、”闊”と同じ感じで見ると、”一””口”・・・。つまり一人一口ということ。

 もう一つ有名な話を・・・。この鶏肋けいろくはかなり有名で知られている。
219年、曹操は自ら漢中平定に軍を進める。が、難攻不落の要塞漢中、そうそう簡単には落ちない。
夏になり曹操が一言、「鶏肋」と命令を出した。またまた周りはなんのことだか分からない。そこで出ました、楊修(笑)
「撤収!」と皆に命令を出す。当然曹操は驚く。「なぜ撤収と分かったのか?あいつは・・・。」と。
「鶏肋、つまりニワトリのガラは捨てるにはダシが作れるのでもったいないが、食べようには肉がない。だから捨てる。 つまり、漢中も大した土地ではないが捨てるには蜀侵攻の拠点にもなり、かつ要塞なので惜しい、と言うことだ。」と周りに言った。だから漢中も諦めて捨てるのだ。

 心中をすべて見透かされているのでだんだん曹操は楊修が鬱陶しくなって来た。そこで曹操は罠をはる。

 曹操が曹丕と曹植に「城の門を出てみろ」と命令する。
門番には「門の外に出すな」と指令を出しておいた。さて2人がどうするか・・・。

 曹丕は門番に止められやむを得ず引き返した。
曹植には楊修が門に行く前に一言。「命を執行するのだから門番が通さんというなら斬り捨ててでも通れ。」と。
曹植は楊修の言葉通り門番に止められ、門番を斬り捨てた。
その結果、楊修は教諮罪に問われ処刑された。これは曹操が仕組んだ謀殺だな・・・。

 曹操が楊修を処刑したのは将来、後継ぎにしようとしている曹丕の障害になると見たからと言われている。
曹丕と曹植で睨み合いが起こったとき、楊修が曹植へ入れ知恵することを恐れたのだろう。
他に、もし楊修が敵国に寝返ったら厄介な存在になると見たから殺したという説もある。

 どちらにしてもあまりにも頭が切れすぎたために処刑された可哀想な人なのは確か。
と、今回はものすごく笑いなく真面目に書いてみた。
これは三国志に興味がない人、全然知らない人でも面白く読めたんじゃないかな・・・。


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