『二等辺三角形』
 『多分、自分は畠山義彦のことを好きなのだろう』
 池原修作はベッドの上で、天井を見つめながら考えていた。
 新しい春、修作は中学二年生になった。義彦もまた然りだ。クラスは別々になったが、義彦は修作の心を掴んで離さなかった。修作はその気持ちをごまかすかのように、陸上部で走り続けた。流れる汗を拭わずに、口元で細かく呼吸をし、真っ直ぐ前だけを見つめ。練習着の半袖のシャツが、まるでプールに入った後のように濡れていく。修作はそのことを気にもせず、ただひたすら走り続けた。体育館の横を通るたびに、バスケットボール部の練習の音が聞こえる。バスケットシューズが体育館のフローリングの床と擦れあう音や、ドリブルをしたときのボールと床がぶつかり合う音が。修作は無意識のうちにその方向を向いている。壁一つ挟んだ向こう側に義彦がいる。ただそれだけで。
「あれ?池原君今日も食堂?」
 昼休み、修作はよく食堂に行く。そこで鈴村優治や青能一浩らに会う。優治は修作に問いかけた。だが、修作が答えるのを待たずに
「って、いつも食堂だもんね。つーか自分もだし」
 と言い、話を終わらせてしまう。
 その日、修作はいつもより元気がなかった。夏休みが終わり、普通科高校より一足早い受験シーズンになった頃だった。
「どうしたの?なんかいつもより元気なさそうだけど」
 優治が食堂で話しかけてくる。彼は自動販売機で買った梅ジュースを口に含んだ。
「ひょっとして、夏休みボケ?ダメだよ、もう十月だし」
 冗談混じりの声で優治は言う。修作は首を静かに横に振る。
「……それじゃあ、恋煩いとか?んなわけないよね」
「そうだなぁ……俺、恋してるな……」
 修作は真面目な声で答える。
「池原君も、もうそんな年頃なんだね〜。おじさん感動したよ。……で、誰に?」
 優治はふざけながら訊く。最初から答えてくれないものと断定していたからである。しかし、予想はすぐに潰されるもので
「相手は……ヨシ……畠山」
 と、修作はためらいもせずに、実にあっさりと答えた。優治は言葉をどうかけてよいのやら、困惑した。
「変だよな、男を好きになるなんて」
 修作は肩を少し落として言う。優治は目を瞑り、激しく首を横に振った。
「そんなことないよ。心理学で、愛情ってのは、対象が異性でなくても成立するって言われてたし、現にホモとかそれ系のって、結構以前と比べたら認められてるんだよ。たしかどっかの国では男同士が結婚しても大丈夫だったし……実際そういう人っているし。……全然変じゃないと思う、全然……」
 優治は慌てて弁解した。修作はその言葉を聞くと安堵の表情を浮かべた。
「鈴村、アリガトな」
「いやぁ、別に大したことはしてないけど……」
 優治は少しだけ頬を紅潮させた。
「池原君……成功するといいね」
「ありがと」
 修作は席を立つと、じゃあなと一言残して食堂から出て行った。
 優治は少し動揺していた。優治は家に帰ると、ベッドの上に身を放り投げた。
「まさか、池原君がね……まぁ、嫌いじゃないけど」
 優治は小学校時代、その手の方向の漫画が好きな人の影響で、そういうのは結構大丈夫だった。それどころか、それを目の当たりにしたら、楽しんでしまうようになってしまい、自分の脳内で勝手にカップリングを作り出してしまうまでに至っていた。
「とりあえず、フィーのほうが攻めかな?」
 フィーとは義彦のことで、優治が勝手につけた呼び方だった。優治は一言呟くと、クスリと笑った。しかし、どこかさびしさを感じた。
「にしても、憧れだったんだけどな〜、フィーと池原君のこと」
 深い溜め息とともに目を瞑る。
「憧れ……だったんだけどな、二人のこと……」
 自分とは違って、何にでも努力するし、頭いいし、運動が出来る。そして、優しい。
 無いものねだりだったのかもしれないと、優治は考えた。

 約一週間、優治はことあるごとに修作から相談を受けた。
 そして、修作は義彦に告白をしたのだが、「好きな奴がいるから」と言われ、断られた。
 脈が無かったわけではない。実際、彼も男子に恋をしていたらしい。相手の名前は言っていなかったが。
「大丈夫?池原君」
いつものように食堂で、ラーメンを目の前に置きながら優治はうどんに七味を入れてる修作に問いかけた。
「あぁ、大丈夫。大丈夫だって」
 と言い、ぎこちない笑顔を作るが、優治には通じなかった。
「大丈夫じゃなさそうだから訊いてるんだけど。……オイラには、本当のこと言ってくれていいんだよ?……七味、入れすぎだし」
 その指摘を受け、修作はすぐに七味を片付けた。
「わりぃ、鈴村。迷惑かけちゃって……」
 ……犬っぽいなぁ……
 優治は修作のへこたれ具合を見て、ふとそんなことを思った。
「よしよし、そんな落ち込まないって。生きてればいいことあるから」
 肩をポンポンとたたいて、優治は慰めの言葉をかける。

 その日の放課後、優治は生徒会の用事で体育館横にある倉庫に備品を取りに来ていた。
「これで全部っと」
 手にしたものを確認して倉庫から出ると、足でドアを閉めた。が、そのときバランスを崩し、後ろに倒れた。
 べちっ。
 しりもちをついて、反動で手に持ってたものを少し落とす。
「大丈夫か?」
 優治の顔が、影で覆われた。そのまま優治は、空を見上げるようにその陰の人物を見た。
「あ、フィー……。ハズいとこ見られちゃったね・・・」
 笑いながら優治は言った。
「俺、さ。池原から告られたんだ」
 落としたものを拾いながら、義彦は話しかけてきた。
「あ、知ってる。それ。だってオイラ相談にのったし」
 せっかく話したのに、想定外の答えを即効で返されたため、義彦は少し動きを止めた。
「そ、そうなのか?」
「そうなんです」
 聞き返しに、しかしすぐに言葉を返される。
「……じゃあ、俺が他に好きな奴がいるって言ったのも」
「ゴメン、知ってる」
「じゃあ、相手が誰かってことは?」
「それは知らない。誰なの?池原君よりフィーが選ぶのって」
 優治は軽く聞いてみた。修作より魅力的な人間が誰なのか、気になったから。
「……聞きたいのか?」
「言いたくなかったら話をふらないでよ」
 優治は冷たい言葉を返す。
『鈴村』
 言葉と、声が重なった。
 優治はその声を出した二者を同時に見た。
「あ、池原君」
「……池原……」

 問題:この三人の中で、一番かわいそうなのは誰でしょう?

 三人の頭の中にこの質問が共有されたようにひらめかれた。
「えっと、池原君」
「いや、鈴村だろ」
「ヨシじゃないのか?」
 優治は修作を、義彦は優治を、修作は義彦を選んだ。
「……うーん……、人生って、奥が深い☆」
軽くスッキリさわやかに、優治がまとめてみたが、義彦と修作は気まずい空気をかもし出してた。

 このタイミングで、義彦は優治に告白をしたかったらしい。
 修作は、いつも相談にのってもらってる優治のほうが、自分のことをみてくれると思って、恋人になるために友達から始めようと、正式に申し入れよう思ってたらしい。
 優治はただ単に生徒会の雑用をしてただけ。
 そして、修作は告白してふられた男の本当の好きな人を聞いてしまった。
 義彦は、ふった相手に、本当の告白を聞かれてしまった。
 優治はただ、雑用でその場にいただけ。

 解答(おそらく正答):優治が一番かわいそう。

 三人は冷静に分析した結果、そうなった。
 しかし、それで優治に対する争奪戦がなくなったわけではなかった。
『鈴村はどっちを選ぶ!』
「え、えぇっと……選べないよ……二人とも、大好きだし、憧れの友達だもん……」
 ツープラトン攻撃に、優治はやんわりと、本当の気持ちを言った。
「オイラとしては、二人がくっついてくれた方が嬉しかったから……」
 瞳を少し潤ませながら、優治は言った。
 二人は優治のその目を見て、罪悪感に苛まれた。
 そして、二人は顔を見合わせ、耳打ちで何かを話し合った後、頷いた。
「じゃあさ、俺達三人で付き合おうぜ」
「3Pだ」
 二人は悪びれも無く言った。
 優治は倦怠感と脱力感で、地面に頭をぶつけた。
 そして、薄れゆく意識の中で、こう思った。

 『3P言うな』

 結局、三人は付き合うことになり、優治の意思を無視した奇妙な関係は続いてる。

 終わってみたり♪

 あとがき
 相互リンク記念にこんな小説を送りつけてごめんなさい。
 なんとかシリアスな恋愛話を書こうかと思ったんですが、どうもなかなか・・・
 「桜風はシリアスものが書けない」らしいです。
 最後までそのテンションが続けられないので。
 こんなバカ小説しか書けないオイラですが、これからもよろしくお願いします。
 でわでわ。