『萌える英単語』や『萌える経済学』、『萌える株式投資』...
とにかく今や何でも”萌え””萌え””萌え”!!”萌え”の力は偉大です。
堅苦しい物も”萌え”を取り入れると途端に嗜好の対象になってしまいます。まさに”萌え”は、食べにくい物を食べやすくするスパイス(そんなドラえもんの秘密道具あったな)。
そんな無限の可能性を秘めた”萌え”を自分も利用させていただこうと思い、今回企画したのが「萌える民俗学」です。もえみんとお呼びください。
民俗学というと柳田国男や折口信夫が出てきてややこしい印象を受けやすいと思いますが、いわゆる伝承や習わしには十分萌えポイントが存在する(とちんが勝手に思っている)ので紹介していきたいと思います。
第一回目は「蛇」についてということですが、みなさん蛇の交尾を見たことはありますか。蛇は雌雄同体ではないのでもちろん交尾で生殖しています。
しかし一般にその姿は知られていません。まずは、そんな蛇の交尾から紹介したいと思います。
前もって言っておくと交尾の所要時間はギネスブックに載るくらいです。
萌える萌えないは別として、蛇の交尾を見たことない人はワクワクしながらご覧下さい。
↓※法政大学出版局「蛇-日本の蛇信仰」より資料抜粋
オスがメスを追いかける
頭から愛撫を始める
4時間かけて交尾の状態に入る
中尾彬のネジネジのようだ
徐々に頭から離れる
尾だけ結合している
以上、完了するまで26時間要します。こんなにからみあってて苦しくないのでしょうか。
ここまで没頭できるというのは天敵がいない証拠でもある。
というか観察してる方も凄い。【補足:性器について】
繁殖期になると、雄は手足のように胴から4本飛び出る。
雌も同じく飛び出ますが、かなりきわどい形状なので詳しい説明は控えます。
なんと、この交尾の姿を模して縄文土器やしめ縄がつくられたらしいです。
模すことにより何をあやかるつもりなのかよくわかりませんが。
一説によれば、生命力を崇めているそうです。しめ縄はともかく、日用品にまでそんなせんとも。
お正月に飾る鏡餅は蛇がとぐろを巻いた姿を模しているという説が有力です。
蛇は古代、カカと呼ばれていました。
カカの身でカガミということらしいです。
”鏡”はあて字というのも、餅が重なってるのがどう考えても鏡に結びつかないので納得です。あと誤解している人も多いと思いますが、蛇がとぐろを巻いているのはリラックスしているからではなく緊張しているためだそうです。
猫が丸くなって寝るのとは違い、敵がいつ襲ってきても反応出来るようしている一種の戦闘態勢です。
さらにどうでもいい知識ですが、とぐろの形で体調や性格が分かります。
本によると、とぐろが盛り上がっていれば元気な状態、べたっと床に広がっていると疲れ気味、とぐろの中に頭を隠すと神経質、上にのせている蛇は図太いといえるらしい。
体調はともかく、性格の方は蛇じゃないので確かめようがなく、どうにも断定しかねます。ご了承ください。
世界各国に蛇にまつわる民話や伝説は多く存在するものの、神に崇められるか単なる悪者かのどちらかになり実に極端です。神に崇められているので有名なのは、中国の創世神が蛇の兄妹神であること、悪者に扱われているのでは、西洋の創世記で人間に性を教えた蛇が絵画でよく人間に踏みにじられていることが多いということです。
日本ではどうかというと、物語に出てくる蛇の役割から判断すると蛇信仰の変遷はこうなります。
古代:神秘的で神的存在。畏怖。
↓
近代:触らぬ蛇にたたりなし。恐怖。
↓
現代:気持ち悪い。嫌悪。
昔は蛇を神様に仕立てた物語が多く、代表的なものだと蛇と結婚した女は神の子を産めるとか、まあ無理のある話。
しかし時が経つにつれ段々現実的※になります。
有名なのは五月に入る菖蒲湯の由来。
子供が元気に育つようにというのが現代の習わしですが、元の話は蛇の子を身ごもってしまった女が蛇の子を堕胎させるために入ったというもので結構エグイです。
※ここでいう”現実的”とはあくまでも蛇に対する考え方をいいます。
そして今回もえみんで取り扱うのは、蛇がもてはやされた古代、古事記に書かれた「蛇と結婚して幸福になれた女の話」。
これは実際に読んで萌えたので、ぜひ特集を組みたいと思っていました。
物語の舞台は三輪山、ヒロインの名は勢夜陀多良比売(セヤタタラヒメ)、美女で名高い神の御子です。原文がかなりキッツいんでソフトにして、絵を交えて紹介。
ある日セヤタタラヒメは川で用をたしていました。
それを見た山の神は蛇であるにもかかわらず彼女を好きになってしまいます。
そこで姿を矢に変えて...
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その美女の股間を突きました。
セヤタタラヒメはもちろん大変驚きましたが、すぐにその矢を持ち帰って枕の横に置いて寝たのです。
この時点でツッコミどころ満載ですが物語は意外な展開に。なんと置いてあった矢が麗しい美男になりました。
そのまま二人は結婚し子供を産んで幸せにくらしたということで、めでたしめでたし。
...蛇云々よりむしろ女の妄想なのではとか色々思わせてしまうこの話は各地に広がる蛇にまつわる民話の元祖と言われています。
形を変えて伝わってはいるものの、共通していることは「蛇が美男に変身する」ということです。
蛇が矢に変身したのも全て男性器に関係することで、というかこの時代はこういう話ばっかです。
江川達也氏が源氏物語の単行本の対談で「日本の古典の軸はエログロナンセンスとスカトロ」と言っていました。
エログロはともかくスカトロとか言うのは許せんと思ってましたがフタを開けたらそればっかだったので、あながち間違いではないのかと変な納得をしたこともありました。
今回のもまさしくスカトロですね。
ソフトに書くと言った手前”用を足す”という表現をしましたが原文は「大便為れる(くそま-れる)」とあります。
つまりそんな最中その部分に体ごと突っ込むのはスカトロ以外の何モノでも...って食事中の方(いないと思うんですが)、そういうの駄目な人、ごめんなさい。
「曲がり角でぶつかった人と恋に落ちる」的な、ぬるい展開ばかりの最近のラブストーリーにいいかげんうんざりしていたところに、「排便中に股間を挿した相手と恋に落ちる」というミラクルな恋愛を見せつけてくれたセヤタタラヒメたん。
もはや何も言えません。いや、これだけは言える。萌え〜!ちなみにアリスソフトの『大悪司』(エロゲー)に同じ名前のキャラがいます。
セヤダタラというロボキャラ(?)で制作者も古事記から名前をとったと言っておりました。もえみんではこれからも、独断と偏見で選んだ萌える日本の伝承や習わしなどをとりあげていきたいと思います。
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ある日、僕の机の上に飾られていたコケシが少女になった。
コケシ自体は首だけ残ったが、それはどうみてもコケシでなくなっていた。
何か言いたげな、見てるとイライラする表情の首が喋りだした時に物語は始まる...
「岩手の民話で萌えてみない?」
岩手の民話と言えば、「ざしきわらし」や「オシラサマ(馬と女が結婚する話)」が有名だが、どれにも僕は萌えた覚えはない。
というか展開が唐突すぎるので話を飲み込めずにいた。
すると今度は少女の方が小声で話し始める。「私たちは萌える民俗学を提供するために遠野の方から来ました」
まるで健康食品を売りつけにきたみたいな口調で言う。
大体「遠野の方」ってなんだ。
遠野は柳田国男の「遠野物語」で一躍有名になった民話の里だが、そこから来たのだとしたら一体なんのために...「とにかくランダムに選んだ男に隠れた民話を色々紹介して、萌えさせないといけないって決まってるわけよ」
こうして極端に喋らない少女と、ぞんざいな言葉使いのコケシの首との民話の旅は始まった。
人首(ひとかべ)道祖神の話。大麻羅大造という者が女房探して諸国を巡るが、ついに童貞のまま死んでしまう。
里人は哀れんで祠を建てて祀った。
ちなみに人首という地名は人首丸という名前の鬼に由来する。
人首丸は十五歳くらいの美少年だったという。
童貞で死んだからってここまで不憫な扱いをされるのは屈辱だろう。
その前に、童貞を祀ってどうするんだという話だ。
正直この話はどこで萌えていいのかわからない。「大麻羅大造という名前の男が童貞で死んだ上に美少年が由来になってる土地の神にされたところが萌えじゃないの」
高度すぎる。
籬野マン子(まがきのまんこ)の話。
旅人が馬を引いた二人に出会う。
よく見ると馬の後ろ足が傷ついているので薬を塗ってやった。
友人に声をかけられハッと思って馬の足を見直すと、松の木だった。
化かされた馬喰(ばくろう)は籬野を通る時は「マン子降参、マン子降参」といって足早に通り過ぎることにしたという。
「堂々と”マンコ”と口に出しても怒られない場所は、日本中どこを探してもここしかないわね」...
「籬野マン子は雫石狐三匹という有名な老狐の中の一匹です。あと二匹の名前は高前田タロテと長根ナン子といいます」
ハイカラな名前、ですませていいのだろうか。
籬野マン子という名前も、天正遣欧使節の千々石ミゲルとか伊東マンショみたいなノリなのかもしれない。「ちなみに本では籬野マン子だけ太字になってるんだけど、確信犯でしょうね」
巻堀の金精明神の話。金精明神は懐妊と夫婦和合の神で、ご神体は唐金作りの男根。
遊び回るのを防ぐために鉄の鎖でつないである。
年頃の娘が不意に転んでおかしな姿勢をとり歓喜にひたると、家の者は「金精さまのお成り」と平伏し合掌する。
暴れないように鎖で繋がれた男根。どんな神様だ。
「娘が歓喜にひたるのを見て皆が平伏し合掌する場面を絵にするとこんな感じ」
↓
後ろに見えない神がいる
やってることはレイプなんだけどありがたがられる。
信心の前にはモラルもないのか。
金精長根の話。「これは端的に言えば、デカマラ男とデカマン女の物語なんだけど」
また巨根の話か。
「岩手は美人が多いというけれど、デカマラの名産地でもあるようね」
デカマラの名産地...
「と、とにかく話を紹介するから、今度こそ萌えてもらうよ」
仙台の城代に大麻羅の平左衛門という男がいた。
この男のマラは長くて太くて大きくて、いつも両脇から背中に押し回して肩に担ぎ、頭の部分に赤い頭巾をかぶせていた。
男の夢だな。しかし隠れている部分が先端だけってのは、ちょっと。「洋物のポルノ雑誌に、股下サイズのマラを一人の女は両手で支え、もう一人の女は乳に挟んで満面の笑顔でHAHAHA!!みたいな写真があって、これはハリウッドお得意の特撮技術なんだと思いこませていたけど、こういう話をみるとあり得ないことでもないんだなあと思ったりするわ」
もしアレが特撮技術だったら随分無駄なところに使っているものだ。
というかこいつはどんな本読んでんだよ。
似合いの女を探していると、ちょうど南部の城下に大閉々の小町という美人が、陰戸が大きくて同じく似合いの男を探していた。
男は小町に便りを出し、早速二人は江刺と和賀の国境の峠の上で会って、お互いの身の不仕合わせを語り合った。
平左衛門は小町の陰戸に驚き「これじゃとってもかなわねぇ」と逃げ出してしまう。
それを見た小町は「なぜ私に恥かかせる!」と馬で追いかけた。ついに二人は手合わせをするのだが、あんまり激しくて四方八方にニヤルニヤルと鳴り響いたので、ふもとの里人らは「峠の上で誰かが荷遣る荷遣ると呼んでるじぇ」とかけのぼってきた。
「ちなみに、この話が収録された本に載ってた挿絵はこれ」↓
うわぁ...
「まんが日本昔話なタッチだけど、この話は放送されることはないでしょうね」
そりゃあそうだろう。
タモリ倶楽部あたりなら紹介してもらえそうな気はするが。
行為は終了し、セトンと大きな音が。
里人は「壊れ物の瀬戸物荷では困るがな」といって引き返していった。
その時峠の上から白水が流れ流れてふもとの村里に下り、そこら一面の土を白く染めてしまった。
それでその村里を白土というようになった。山なのに磯の香がしてきそうだ。これが本当のシラス台地。
というか溜り過ぎだろう平左衛門。その後村里の人々は大きな石に男と女の両根を刻み込み峠の上に置いて祀った。
これからこの辺りが金精長根と呼ばれるようになった。この地域の人は、なんでも祀る癖があるようだ。
子供に話せないような由来をもつ土地は探せばまだありそう。
「これでお話は終わり。どう、萌えた?」「なんだか頭痛い感じの顔してますね」
民話の奥深さに感心はするが、萌えるかどうかは別問題だ。
しかし僕はコケシと少女が同時に会話をしないことに気付いた。コケシの台詞は少女の腹話術なのでは、と思うとわずかに萌える。
その瞬間、二人の姿は消えて机の上にはいつものようにコケシが置かれていた。
完
...最初対話形式でやってみたんですけど「結局おまえ一人じゃん」と頭をかすめたりするのに耐えられず挫折。
なので思い切ってライトノベル風にしてみた。というか自分は一体何がしたかったんだ。
多分なんか変わったことしたかったんだろうけど、慣れないことはするもんじゃないな。
えらい時間がかかってしまいました。とりあえず、お決まりな感じで終わらせる↓
あなたの家のコケシが喋りだしたら、民俗学の世界に案内してくれるかもしれません。
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| 2007年4月15日(日)萌える民俗学「山の神」 |
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コケシ自体は首だけ残ったが、それはどうみてもコケシでなくなっていた。 何か言いたげな、見てるとイライラする表情の首が喋りだした時に物語は始まる...
突然現れてこの子らは一体何を言い出すのだろう。 地面を強くキックせずに平地を走るようなリズムで駆け上がる足運びと、スムーズな体重移動やひざと足首の柔軟さには目を見張るものがあり、山上りの5区で3年連続区間賞を受賞したことからも山の神と呼ぶにふさわしく、箱根駅伝の歴史にその名を刻んだと言っても過言ではないだろう。 というかちょっと古くないか?その話題... 「でも山の神って民話の世界では大抵女性なのよね。その辺のこと知りたくない?」 別に知りたくない。 「ではお教えしましょう。申し遅れましたが私達は民話を現代に伝えるために遠野の方からやってきました」 話聞いてるのか?まあ今さら止めるのも面倒なので展開に身を任せることにした。 こうして極端に小さい声の少女と、妙に居丈高なコケシの首との民話の旅は始まった。
松の枝で作った手の平サイズの男女の御神体、雄木(オンキ)と雌木(メンキ)、合わせて「オタイ」を仲人が神前で歩ませて近寄せ、「オンタイ、メンタイ、ワッハッハ、ワイワイセイロク、オマツワイワイ」(意味は不明)と呪文を唱えながら陰陽交合のワザオギをし、終了したら仲人がオタイにお神酒を注ぎかける。
↓
ある意味エロを究極的に追求した人形だな。しかも構造上、メンタイが上なのか。 「アキハバラで売られてる精巧なフィギュアとかスーパードルフィーもいいけど、巡り巡ってこういう記号的な人形もなかなかそそると思わない?」 コケシだとはわかっていても、いくとこまでいった人の台詞に聞こえるのは何故だろう。 「山の神さまはとにかく和合をお喜びになるので、これと同じような儀式をする地域は多いようです」
入るたびに刻んでたとしたら、さぞ山はマラの絵だらけだろう。
なくしたものが見つかるかわりに何か大切なものをなくしそうだな。
どんだけ男根好きなんだ山の神。
ん?これはどういう由来が。 「山の神はオコゼを見ると自分より醜悪なものが他にもいると喜んでお礼をするのよ」 今さらっと悪口的なものを流さなかったか。 「でも海に遠い山村ではオコゼを手に入れることが難しいから、紙に書いた絵や模型を祭りに使うことがあって、実物を見たことがないからなのか違和感のある仕上がりなんです」
↓ オコゼの絵
ある猟師が山で火を焚いていると寒そうにブルブルと震えたきれいな女の人が近づき、火にあたらせてほしいと頼んだ。ところが火にあたっているうちにその女の人の乳房がみるみるふくれて大きくなり、ついにはその猟師に覆いかぶさるまでになった。驚いた男は、その女に火を投げつけたが、それからというものさっぱり猟がなくなってしまった。
それにしてもこれまでのイメージを合わせると山の神は 男根好き、好色、醜悪、情緒不安定、若い綺麗な女が憎たらしい ーで、神様と言うよりタチの悪いお局様みたいなイメージなんだが。 「村人に敬愛されていると証明できるエピソードももちろんあって、それが萌えるんですよ」 山の神様の顔の造作の狂いは先天的なものではない。 「顔の造作の狂い」、凄い遠回しな表現だけどキツくて逆に傷つくな。 「つまり不細工な女ほど献身的かもしれないから無下に扱わないようにね」 直球に言うなよ。一応むこうは神様だろうが。 「そして私達は充分火の用心をして、山の神に迷惑をかけないようにしなければなりません」 スーファミ「ドラえもん〜のび太と妖精の国」の火のステージみたいな教訓だな。 「そうそう、一般に奥さんのことを山の神さんなんて呼ぶことあるけど、この話は”火遊びはやめましょう”ということも言っているわけよ」 上手いこと言ってないし。 「鉄板だったのに結果ヤケドしちゃった......」 なんでこいつが傷ついてるんだ。
山の神が女性ということはわかったけど萌えるとまでは...... 「メンタイ?」 「......目がぱっちりしてる子が好みなんですね」 目がぱっちりって言うのかあれは。まあ、目が大きい(女の)子は好きだけど。 「そんなにメンタイメンタイ言うならメンタイの家の子になれ!この海綿体肥大!」 そ、そんなにメンタイメンタイ言ってないし。というか海綿体肥大って。 などと考えていたら、いつのまにか目の前から二人の姿が消え、机の上にはコケシが元通り置かれていた。 僕は夢をみていたんだろうか。いや、そうでもないようだ。 よく見るとコケシの横には先ほどのメンタイが置かれていた。
完
今回の主人公は若干ひねくれた感じの性格にしてみました。歳は多分中二です。 以上で山の神コラムは終わります。
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