「セミ風センサカ」



セミの一生が、7年地中で眠って、1週間地上で鳴いて過ごすとは、小学校の理科の時間で習ったことだ。一生が、1週間で終わってしまうとは、なんてかわいそうなのだと、あの時思ったものだ。下手をすると、自分の埋まっている地面が宅地開発やら何やらで、コンクリートやら、アスファルトで埋められて、結局地上に出ることなく、終わってしまうという先生の話を聞いて、えらく同情したことを覚えている。



今年の夏は、なんだか梅雨明けしないまま、ずるずると寒い日が続いて、夏という夏が来ないまま、秋になってしまうのかと思わせた。いまだに長袖でないと何とはなしに肌寒く、冷害という言葉が頭の中に浮かぶ。

そんな狂ってしまった季節も、若干通常通りに戻ったのか、長い雨が終わりを告げて、からっと夏らしい晴れた空ではないけれど、生暖かい薄曇の空に、セミの声が聞こえてきた。

そういわれれば、雨が降っているときはさすがにセミの声が聞こえなかった。昆虫の体が油で覆われていて、水をはじくようにできているとはいっても、あの雨では、さすがにしのげないのだろう。だから、こんな今にも雨が降りそうな曇り空でも、短い機会を逃すまいと、声を張り上げて鳴くのだろう。

思い起こしてみると、夏にこんなに雨が続いたという記憶があまりない。

だから、こんなに雨が続くというのもセミたちにとっては、予想外の災難だったに違いない。

7年待った後の一週間。

えらく短い一生だ。

こちらにしてみると、あまりの音量に耳障りな気がしないでもないが、彼らにしてみれば必死だ。

一生が1週間に凝縮している。

次の世代に命をつなぐための一週間だ。

それからすると、人の一生はやたらに長いのかもしれない。

いまや、人の寿命は80だ。

だから、思うのだ。

気がついたら、11年経っていたけれど、セミに比べたら、残りがまだまだあると。

彼らが一生懸命鳴きながら一生を終えようとするのを聞いていると、俺もそのくらい一心不乱にあの人に向かっていったら、叶わない願いなどないのでは、とそんな気がしてくる。

今まで、セミの声を聞いてもそんなことを考えたこともなかったのに。

長い間眠っていた気持ちが、ようやく日の目を見たかのように、素直にあの人のことを思う自分がいる。

この思いを言葉に、

きっとあの人を前にしたら、思っていることの半分も言葉にはのせられないかもしれないけれど、人生が長いといっても、夏が過ぎるのはあっという間だ。

今日はそんなことを思いながら、夕暮れの涼しくなった中をあの人の家に向かうのだ。

何を言ったら効果的かな、そんなことを思いながら。



おしまい。  (2003.8.23)



















料理でセンサカ。



「で、いつになったら幸せにしてくれるんだ。」

と、唐突に坂本さんに言われた。

一緒に暮らし始めて1ヶ月くらい経ったある日のことだ。

確かに、坂本さんがいうことも俺たちが一緒に暮らし始めるにあたって、俺が一番最初に確約したことである。

しかし、こう面と向かってはっきり言われると、どの状態が幸せなのか、どのようにしたら幸せになるかということについては、目下模索中であり、現実の手段・方策については、なんら解決策や打開策を持っていないのである。

かといって、何の策も講じていないと、正直に告白するのも男の沽券にかかわるし、ましてや、いきなり寝技に持ち込むような姑息な手段を用いることもさすがにできない。まあ、うやむやにするひとつの手ではあるけれど。

そこで、つるっと一言言ってみる。

「俺は今ものすごく幸せですが、坂本さんは幸せじゃないですか?」

と。

いや、ほんとに、この人を幸せにする方策については何にも浮かばないというのに、自分の心に耳を傾けてみると、幸せー、という声しか聞こえてこない。一緒に暮らし始めて知ったことだ。そんな訳だから、坂本さんも俺と一緒に暮らすことで、幸せになってくれれば御の字な訳だが、そうは問屋が卸してくれなかったらしい。

「ちっとも幸せじゃない!」

とはっきりいわれた。

・・・かなり凹んだ。

ということは、きっちりはっきり、この人の幸せをプロデュースしなければならない。

ええと、ええと、と、頭をフル回転させながら、とりあえず伝統的な手法を用いてみる。

「どっか食べに行きましょう。どこがいいです?」

とりあえず食べ物で釣ってみる。が、浅はかな手段だったらしい。

「きさま・・・食い物で釣ればどうにかなると思ってるだろう!!!」

と一喝された。いつもなら比較的容易に釣られてくれるのだが、虫の居所が悪かったようだ。へー、まいったな。とりあえず素直に謝る。

しかし、方向は間違っていなかったらしい。

「外に行きたいのは山々なんだが、冷蔵庫に賞味期限ぎりぎりの食べ物が一杯なのだー」

といいだした。冷蔵庫を覗いてみると、確かにメニューが組みづらいぎりぎりな食べ物たちが微妙に残っている。和洋中も決められない・・・だからいつも買いすぎるなと、と文句をいいつつも、

「カレーかトン汁でいいですか?」

ときいてみる。すると、坂本さんはにんまり笑って、

「カレーがいいな」といった。

うまくこの人の策にはまってしまったらしい。 

まあ、いいか。機嫌が直ったようだ。

けれど、この具材だと、カレーの中に豆腐と油揚げが入る計算になるが・・・

大掛かりに幸せにする方法についてはとりあえず保留にしておいて、とりあえず今日は、こまかく小さな幸せを提供しようと心に決める。

冷蔵庫に残っていたワインでシャーベットを作る準備をしつつ、この人も、俺と同じ幸せを少しでも味わってくれるといいなと思うのだ。



おしまい。 (2003.8.28)

























「雷でセンサカ。」



降水確率について何か言っていたかと聞かれたら、何も思い出せない。

普通に働いている身には、ニュースは、朝と晩くらいしか耳に入ってこないものなのだ。

だから、たまに夕べに外で会う約束をしていて、こんなすごい雷雨に出くわして、なんで傘を持っていないといわれても困惑するだけで、責められるいわれはない、と大きな声で言いたいのだ。

そういうわけで、今俺は、坂本さんと二人、道端の雨が避けられそうな軒先に二人きり空を見上げながら佇んでいる。

いまどきテレビや映画でもこんな無茶な土砂降りは降らせないだろうと思うくらい、滝のように雨が降っている。この軒先に入るまでに、もうすでに濡れに濡れてしまっているのだ。

それに、雨だけでなく、雷がすごいのだ。

最初は雨は降っておらず、ただ不穏気にごろごろごろごろと鳴り響いていたが、雷が落ちる音がしたと思ったら、激しく雨。

どちらも身の危険を感じていけない。

雷が近くに落ちる音を聞くたびに身をすくめていたら、坂本さんが

「なんだ千太郎、雷が怖いのか?」

と聞いてきた。

怖いか、怖くないか、そう聞かれると、雷自体は怖くないのだが、あの音が傍に落ちるだけで身をすくめてしまう。が、それを人は反射というのではなかろうか。

そんなことをいうと、

「そうか。私は結構好きなんだがな。今年は花火を見損なったから、代わりになっていいがなあ。」

などとのんきなことを言う。雷がその身に落ちたら、そんなのんきに鑑賞してもいられまい。が、坂本さんは魅入られたように次の雷が来るのを待っている。

つられて、空を見上げる。ちょうど落ちた雷は薄くピンク。

確かに、美しい。

この人が好きそうな気がする。ぜんぜん怖がっていない。

シュチュエーション的には、怖がって縋り付いてくるのを抱きしめる、というのが好みだが、現実、俺のほうが怖がってすがりつくことになりかねない。(音が怖いのと、昔アンビリーバーボーで見た、落雷した人の映像が頭から離れない・・・)

ふと、思いつく。

「次の落ちる雷の色、何色だと思いますか?」

そう問いかけると、「青」と返ってきた。

俺は、「黄色」といって、次の雷が来るのを待つ。

今回の雷は、俺が予想した通り、「黄色」だった。

ので、

「俺の勝ちですね。」

といって、坂本さんの唇をひとつ奪ってみる。

坂本さんは瞬時に赤くなって、周りを見回してから、(いくらみても誰も周りにはいません。)

「いつそんな賭けの話になったんだ!」

と抗議してきた。

まあ、それは、坂本さんが当てたら、俺も言うこと聞きます、といなしておいて、次の雷の色を予想させる。

こうしておけば、俺の気もまぎれるし、どちらかというと、雷が落ちるのが楽しくなる。雷様様だと思いつつ、もうちょっとこの雷雨が続いてもいいかなと思い始める。

次は、紫で頼むぜ、と空に祈りながら。



おしまい。(2003.9.2)

































夏風邪センサカ。



一日うちにいる分には冷房は必要がない。

周りのうちの室外機から発せられる高温が外気温と混ざり合い、ますますサウナのような重い湿気を風が運んでくる。

それでも窓を開けている分には暑いには暑いが我慢できないほどではなく、風邪を患う身には冷房の風よりも心地よい。

夕暮れ時になれば、少しは草木も息をつくのか、昼よりは、という限定がつくほど微かな涼しさがもたらされる。



一日、うちにいる分には冷房なしでも問題ないらしい。



そんな感慨を抱いてみるが、これはやはり休日の何もしないで過ごしていいという贅沢による感慨であり、一日稼動し続けないといけない身にはこの湿度と温度は高すぎるのだろう。訳のわからない現実がすぐに頭や身体の熱を上げさせるのだから、外気温ぐらいは涼やかにと願ってもしかたあるまい。

暑さに誘われるようにうとうととうたた寝を繰り返していると、額がひんやりする。

しばらくそのまま置かれた手は、こちらの体温が移って暖かくなった頃には去ろうとするので、そっとそのまま手を添えて去ってしまわないようにと無言の要請をする。



「・・・だるいのか?」

少し心配そうに聞いてくる声に首を横に振る。

ただ、その冷たい優しさを離したくなかっただけで。



「夏休みまでにはきっちり治すんだぞ。色々行くところがあるんだから」

そういって、優しい手はそのまま。

早く治さないと、そう思いながら、また暑さに誘われて目を閉じた。

重い風が身体を撫でていく。その重さを優しく感じる。

この暑さも時折慕わしく感じるのだ。



おしまい。(2005.8.6)