二人で山登り。





もう秋、といってもおかしくない時分だが、まだ紅葉には早く、山に吹く風は心地よく冷えている。

きっと音を上げるに違いない、と思っていたが、結構しらっとした顔であの人は山を登っている。いつも通り、なんか疲れて騒ぎ出すかと思ったが、元気はつらつだ。

山の頂上の見晴台についたところで、昼食をとることにする。

荷物が重い、重い、といっていたので、何を持ってきたのかと思ったら、ワインを背負っていたらしい。山で飲む酒もうまい。まあ、足元が狂わない程度にしないといけないが。



トンボがたくさん飛んでいる。

すっと、指を立てて前に出すと、決まった場所に止まるかのように、トンボが俺の指先に止まった。一度止まると、なかなか動かない。動かないように、こちらも動かないのだが。

それに感心したように、あの人も指を差し出すが、何が違うのか、まったくトンボも止まる気配がない。

意地になったのか、飛んでいるトンボに向かって、指を向けまくるが、余計に追いやってしまっている。挙句の果てには、俺の指に止まっているトンボに磁石がついているのでは、やら、指先になんか塗っているのでは、などと言い出した。

仕方がないので、俺の指に止まっているのを移植しようとあの人の指に、そっと指を差し出す。昔見た映画のE.T を思い出す。

でも、何が気に喰わないのか、やはりあの人の指には止まらずに、すいっと、飛び去り、最後にお別れのキスでもするかのように、俺のおでこにひとつぶつかって、向こうへ行ってしまった。

すると、ますます機嫌が悪くなったのか、天気はものすごくいいのに、この人のところだけ、えらく雲行きが悪いムードになってしまった。

なんかまずい、と思って、何か気を紛らわせることをいわないとと、口を開く前に、あの人のほうから、

「とんぼでもなんでも、そういうことを私以外からうけるな!」

と、おでこにキスしてきた。

えーと、トンボは不可抗力なんですが・・・

とつぶやきつつも、じゃあ、あなたも俺から以外は受け付けないでくださいね、と念押しして、お返しにやはりおでこにキスをひとつ落とした。



おしまい。(2003.10.2)







新婚さんセンサカ。



設計事務所というのは、サラリーマンの集うところではあれども、職種が技術職のため、特に背広を必要としない。

通常は、ラフな格好でみんな出勤、それぞれ作業に励む。会社ごとには作業服(薄い青やら、水色の工事現場やら工場で見かけるようなのだ)を着用するところもある。

だが、時には、スーツを着用しないといけない場面もある。

よその会社に訪問する際の用件によっては、スーツでなければ浮いてしまうようなことが多々あるのだ。主にはやはり、外交用か。

そんな訳で、今朝はスーツを着ていかないといけないので、クローゼットの中から、あまり枚数のないスーツを取り出し、(夏・冬・合い物の3着しか持ってない。)シャツ、ネクタイの組み合わせを適当に決める。絶対数が少ないので悩みようがないのだが。

「それじゃあ、行ってきます。」

と出かける挨拶だけして、玄関に向かおうとすると、

「ちょっと待て!」

と呼び止められる。

何かと思って立ち止まると、

「その組み合わせじゃだめだ」

といって、坂本さんは自分の部屋に入って、ネクタイを何本か持ってきた。

そして、やにわに人の首元に次々とあてていき、一本を選び出すと、元からしていたネクタイを取り外し、結び始めた。

「だいたいなあ、そのネクタイ、秋の色目じゃないだろう。」

といいつつも、手はせわしなく動いている。

この不器用な人も、こういうときの手先は器用なのだ。

そして最後にきゅっと締めて、

「よし。申し分なくなったぞ。」

と、いって、頭からつま先までざっとチェックを入れて、満足したようにこっくりと頭を縦に振っている。

時間も迫ってきたので、

「ありがとうございます。」

と、簡単に礼を述べつつ、ほほにひとつキスを落としてから、会社に向かった。

あの人が、赤くなりながらも、ベランダから見送ってくれているのを知っているのだ。

本人は知られていないと思っているようだけど。



おしまい。(2003.10.16)













雨上がりのセンサカバージョン。



雨上がり、濡れる路面に街の明かりが映っている。

つないでいた手は、地面に横たわる大きな水たまりに靴をぬらさないように、入らないよう避けて、それぞれが右の外周・左の外周に沿って、歩いているうちに、手と手の長さが足りなくなって、離れてしまった。

その手が、未練を残して、再度つかみとろうとする動きを互いに見せたけれど、届かず。

それでも、互いにそんな未練を見せたことは、おくびにもださないし、相手が手を伸ばしていたことに気づきもしないのだ。

二人の間を阻む水たまりは、縦の長さは1.5m。

それが終わりを告げても、先ほどのように、なんのてらいもなく、再度手を握り合うには、何かが邪魔をして、ただひたすら、駅への道を急ぐ。

駅に近づくと、駅から出てくる人と駅に入る人とで、えらく混みあっていたので、

「はぐれないでくださいよ」

「そ、そうだな。」

と、ようやく理由を見つけて、また手をつなぐことができたのだ。



おしまい。(2003.10.22)