約束
 
 
 
 
 
沈丁花の小さな花達が優しい香りで春の訪れを告げ季節が徐々に移り変わっていく。
しかし、桂千太郎はそんな日々の微かな変化に気付かないほどに忙しかった。
 
「また残業なのか!?」
「はい。だから夕飯はいらないです。」
いつも通り恋人である坂本が作ってくれた朝食を美味しそうに食べながら千太郎は頷いた。
坂本は手を止めて何か言いたそうな顔をしている。
さすがに一週間続けて残業というのは心配なのだろうか。
でも、忙しいのだからそれくらい働かなければ今度は休日が無くなってしまう。
「大丈夫ですよ。長くても後二、三日ですから」
千太郎は心配させまいと笑顔で言ったが、坂本は逆に深刻そうな表情で何やら考え込んでしまった。
「坂本さん?」
「あ?あぁ・・・何でもないのだ。あまり無理するなよ」
千太郎が呼びかけると、坂本はすぐに顔を上げ、何処かぎこちない笑みを浮かべた。
「はぁ。気をつけます・・・」
そのぎこちなさが気になったが、追及しても坂本は理由を言わないだろうと思ったのと
家を出る時間が迫っていたので、千太郎はそれ以上何も聞けなかった・・・。
 
「なぁ、千太郎・・・今日も残業か?」
三日後・・・いつも通りの朝食の時間、坂本が珍しく遠慮がちに訊いてきた。
「ん〜・・・行ってみないと分からないですね」
「そうか・・・」
坂本が落胆した表情で小さくため息をつくのを見て、千太郎は思わず慌ててしまった。
「さ、坂本さん?」
「いや・・折角だから二人きりでゆっくり過ごしたかったんだが・・仕事なら仕方ないよな」
何が折角なんだろうと・・・考えて千太郎はハッとした。
慌ててカレンダーに目をやる。今日は三月三日・・ひな祭りの日―そして、坂本の誕生日だ。
しまった・・・あまりにも忙しくてすっかり忘れてた・・・。
千太郎の顔が一気に青くなっていく。
何より大事な日を忘れるなんて・・・。
千太郎は自分の間抜けさを呪った。プレゼントを用意する前に忙しくなってしまったので
何も用意していない・・・もう買いに行く暇もあるわけがなかった。
「坂本さん!」
「え。な、何だ?」
千太郎は俯いていた坂本の両手をいきなり握った。
こうなったらプレゼントは後回しにしてもせめて『ゆっくり過ごしたい』という
坂本の願いくらいは叶えなければならないと思ったのだ。
「絶対に早く帰ってきますから!」
「そ、そうか?じゃぁご馳走作って待ってるからな・・遅くなるなよ?」
「はいっ」
じっと見つめてくる坂本を、千太郎は真剣な瞳で見つめ返しながら小指を立てた手を差し出した。
「千太郎?」
「約束します」
「お前なぁ・・子供じゃないんだからな、全く・・・」
そう苦笑いしながら、坂本は小指を差し出して千太郎の小指にそっと絡めた。
「歌は・・恥ずかしいから省略な。約束破ったら何にしようか・・・」
可愛いなぁ・・・。
照れながらも真剣に考えてる坂本を見つめながら、千太郎はいつの間にか微笑んでいた。
もう二度と大事な貴方の誕生日を忘れたりしませんから。
千太郎は心の中で約束を一つ追加した。
坂本さんの為にも全力で仕事を終わらせないとな。
それからケーキと花束を買って全速力で帰って・・・世界で一番大切な人が生まれた日を祝おう。
そして・・・坂本さんの一番欲しいものを訊いて、次の休日に一緒に買いに行こう。
坂本はまだ約束破りの罪を考えているが、千太郎がその罰を受ける事にはならないだろう。
大切な人との約束は大きな力をくれるのだから・・・。
 
 
 
―END―
 
 
 
 
 
 
 
 
比奈雪さんのところの7000hitならぬ、前後賞6999hitを踏みましていただきました。
また、ごねてみました。そんなにもかかわらず、リクエストを聞いてもらえて本当に嬉しい限りです。
リクエストは「指きりセンサカ話」でお願いしました。
いや、もう本当にかわいいですな、坂本さん。
何度も挑戦はしてはみたのですが、このようにかわいい乙女な坂本さんにはなかなかになりません。
ああ、いつになったら俺のところの坂本さんがこんなに愛らしくなるのだろうか、などと思いつつ。
本当にどうもでした。いつも虎視眈々とキリ番狙っております。またよろしゅう!