チョコの王国B





めでたく婚礼の儀式も終わった晩のこと。
王様の寝室。とにかく馬鹿でかいベットが置いてあります。
その真ん中に王様は坂本氏と横たわっていました。

「お前だって味わってみればいいんだ・・・あんなに肝が冷えたことない・・・」
そういってはずれないといわれた指輪がはずれたときのこと、衛兵達が息の止まった王様の亡骸を運んできたことをまた思い出してしまったのか、王様に背を向けてシーツに顔を寄せてしまいます。王様は縮こまるように泣いている様子の坂本氏のこめかみや頬に唇を何度も何度も落とします。優しく髪の毛をなでながら何度も謝ります。
「すみません・・・もう二度としませんから」
ごめんなさいと囁きながら優しくキスします。
するとようやく坂本氏も王様のほうに向き直ります。
「約束な」
「ええ。ずっと一緒です。」
「・・・王様・・・」
「千太郎です。」
「千太郎・・・」
自然に口が重なり互いに抱きしめ合います。
互いの体を確かめるように撫でるとうっとりと甘い陶酔が二人を包みます。
すべすべとすべる坂本氏の夜着をはずして、その肌の感触を王様は堪能します。
身をすくめる坂本氏をなだめるように何度も何度もそこかしこに唇を落としていきます。

二人にとって初めての夜。素敵な夜になりそうなムードでしたが、そうは問屋がやはり卸してくれませんでした(つぶて問屋・・・)。


どんどんどんどんどん!!!
ものすごい勢いで寝室の扉がノックされます。
信じられない事態です。結婚式の夜。そんなんは誰がどう考えてもそういうもんで、もう国中の人々が事情がわかっているはずですから地面が割れたとかテポドンが飛んできたとかいう危急存亡の危機以外は当然シャットアウトされるはずでした。
正直、王様も坂本氏もその気であり、ムードも上々だったためにこのノックは無視して先に進みたかったのですが、そうはいっても無視できる大きさじゃない。
胸元がすっかりはだけた状態で坂本氏は決まり悪そうにいいます。
「おい・・・行ってきたほうがよくないか?」
「はい・・・・・・(泣怒)・・・すぐに戻りますから」
「ああ・・・待ってる」
名残惜しそうに坂本氏の頬にキスを一つしてから、仕方なしに王様が扉を開けて外に出ると、そこには千覚氏と側近がたいそう申し訳なさそうに困った顔で立っていました。
「・・・・・・・・で?」
吹き付ける王様の冷気にみんなブルブルしてしまいます。
さもありなん。事の中断はことのほか厳しい・・・

「お休みのところ本当に申し訳ありません!!!実は王様、大変なことが!!!」
すっかり青ざめて恐縮している側近はそれでもこの一大事をどうにか解決しなくてはと必死の面持ちで王様に進言します。その様子にすっかりご機嫌斜めだった王様も自分の職務を思い出し顔を引き締めます。
「一体全体何があったんだ?」
「はい。実は・・・」
言い出しにくそうに側近は話します。

「・・・引き出物がない?」
なんでそんなことで呼び出すのかと普段は冷静な王様もさすがにまじ切れしそうです。
そんなことは勝手に準備してくれ、とばかりに部屋に戻ろうとすると千覚氏がすがりつきます。
「待ってください、兄さん!最後まで話聞いてください!」
「香典返しを用意しといただろう。あれのリボンでも替えて渡せばいいだろう」
「ダメです!しっかり黒と白銀で『メモリアル』と書かれています。似てますけどさすがにちょっと・・・」
「先だっての結婚式で使わなかった引き出物はどうした?愛のミニュチュア1/4スケールチョコがあっただろう」
「あれは王様が癇癪起こされたときに溶かすように指示されたじゃないですか。」
「金型があるだろう。あれに再度チョコ溶かして作ったらどうだ。国中のチョコ職人を呼び出せば明朝には間に合うだろう。」
「金型もしっかり廃棄してしまってます〜それにチョコ職人は祝いの振る舞い酒で完全に泥酔しきっています。国中が酒の匂いが充満してます〜」
さすがに王様が癇癪を起こして金型を壊したという事実をこの場で言い出せるものはおりませんでした。
金型はなし、職人は泥酔。八方塞とはこのことです。
王様は上を見上げてしまいます。
「・・・どうしようもないな」
「ほんとうに・・・」
困ったように王様・千覚氏・側近達は頭を抱えてしまいます。
前もって連絡の行く結婚式とは違い、今回は急な葬儀で各国から来ていただいてますから皆、明朝には帰る予定にされています。さすがに引き出物のないまま客人たちを帰すわけにはまいりません。そんなことをしましたら結婚自体にけちがつきそうです。もうすでに前回の式でドタキャンをして騒動を起こしているわけですから、この度はきっちり片をつけないわけにはまいりません。これ以上、国の威信を地に落とすわけにはいかないのです。が、最悪は後日改めて送付・・・という方便もないわけではありませんがそれはそれで面倒です。

「・・・どうしたものか」
早く坂本氏の元に戻りたい王様はそれで気が急いてしまい考えがまとりません。
言い出しづらそうに側近と千覚氏は顔を見合わせながら一番最初に考えていた方策を提案します。

「兄さん・・・この問題をすっかり完璧に解決する方法が一つあります。」

なんだそんな名案があるならさっさと言えとばかりに王様が千覚氏に先を促します。
いいたくないのか千覚氏はまわりの大人が代わりに言ってくれないものかとちらちらっと様子を伺いますが側近達はしっかり、がんばれ!千覚様!というような応援隊になってしまっています。

「怒らないで聞いてくださいね。あの、兄さん。坂本さんに作ってもらったらいいと思うんです。」

「却下!」

コンマ何秒かの速度で即行却下されます。
即断即決もここまで来ると気持ちがいいくらいです。

「兄さん。よく考えてもみてください。坂本さんは天下一菓子選手権で優勝されています。それにこの国の王妃となられました。そのような方が自ら作られたものを引き出物にだされて否やという人がありましょうか。」

「却下!」

また、ここでも王様はダメ出しをされます。
「じゃあ、王様、この事態を一体どう収拾されるおつもりです!」
「そうですよ、兄さん!もう夜明けまで時間がありませんよ!」
そう抗弁する千覚氏・側近達の声にも王様は耳を貸しません。

「私なら別に構わんが。」

パティシエの衣装に身を包んだ坂本氏が現れます。

「私が作って万事丸く収まるんなら、チャチャっと作るぞ。」
「そうですか!坂本さんが作ってくれるなら引き出物としては最高ですよ!」
千覚氏がその天の助けに飛びつきます。側近達も、お妃様の手作りとあればどなたからもクレームはつくまいとその天から啓示されたような解決策にもろ手を挙げて賛成します。
が、王様だけが眉間にたてじわを寄せています。

「だめです。」
「なんでだ。物珍しいからきっと喜ばれるぞ。」
「だめです。みなのもの、他の案を考えなさい。」
時間がないというのにダメの一点張りの王様にむーっと坂本氏は頬を膨らまします。
「ただこねるな!時間がないんだろう?私だって一人しかいないんだから量産は時間との戦いだぞ。ダメだって言うなら代替案はお前がちゃんと考えろ。」

ぐっと坂本氏の正論に詰まりながらも王様は胸の内で、そんなん坂本さんに作ってもらうことになったら初めての夜は・・・(涙)、などと苦渋の選択を迫られています。それに一番王様にGOサインを出させない、気になる事があるのです。

「・・・あのチョコは俺だけのためのレシピになったんじゃないんですか?」
ぶすくれつつも窺うように尋ねる王様にようやくダメだという王様のこだわりがわかった坂本氏はにっこり笑いかけます。

「もちろんだとも。あれはもうお前のためにしか作らないぞ」
「・・・坂本さん・・・」
「おうさ・・・千太郎・・・」
見つめ合う二人は新婚さん。
時も場所も忘れて、ややもすると二人の世界にすぐに入ってしまいます。

「兄さん!坂本さん!問題が解決してからにしてください〜(涙)」
千覚氏が慌てて止めに入ります。
すぐに我に返った坂本氏がべりっとばかりに王様を引き剥がします。

「そうだった、そうだった。(赤面)・・・大丈夫だぞ。優勝したチョコ以外にも新作チョコが作れるからな。それを引き出物にしよう。」

坂本氏が、いいよな?とにっこり笑えば王様には否も応もありません。
千覚氏も側近達もほっとします。
結局、坂本氏は夜を徹してチョコを作り続け、王様は引き出物に添える感謝状を手書きで書き続け、比較的起きていて酒の神様に飲まれていなかった人たちは梱包作業に従事します。
何とか無事に全部の引き出物を作り終え、客人たちを送り出した王様と坂本氏がえらくくたびれていたのを見て、皆さん、新婚さんは・・・とほほえましく思って帰られました。


「はー・・・くたびれたな」
「くたびれましたね・・・」
ぐったりと伸びきった二人はぼんやりと暮れる夕暮れを眺めます。

もう何もしないでぐっすり眠りたい・・・

悲しいことに二人の共通意見でした。
指一本動かしたくないくらいに疲労しています。
王様は目をつむって床に横になっていると
「なあ、引き出物に出したチョコ、お前食べてなかっただろ?」
ハイ、アーン、とばかりに口にチョコをほおりこんできます。

「あれ・・・甘くない」
王様のチョコ人生の中でもめずらしい甘くないチョコです。ビターとも違います。
強いて言うならしょっぱいが近いのに甘いような。不思議なおいしさのチョコです。
不思議そうな顔をしている王様に坂本氏は満足そうな顔をします。

「そのチョコの名前はな、『王妃の涙』に決まったそうだ」

王様が亡くなられたとき、坂本氏は何とかせめて王様の努力を無に帰すことのないように天下一菓子大会で優勝すべく精進を重ねました。修練の日々、王様を思い出しては涙に暮れていたときに完成したのがこの塩風味のチョコだったのです。
由来を特に誰に語ったわけではありませんが、チョコを口にした千覚氏や側近の人たちが「このチョコは涙でできてる!」と口々に言うのでその名がついたのです。

その命名に、確かに涙風味のチョコですね、とチョコの味を冷静に王様は分析します。
涙風味が引き出物じゃ、よくなかったかな???と心配げな面持ちの坂本氏にとてもおいしくて物珍しいから喜ばれますよとにっこり安心させるように笑いかけます。

「なにしろ、カップル誕生率100%の天才本命チョコパティシェの作ですから、霊験あらたか。もらった人は自分の国に戻ったら大変な騒ぎですよ。」
「あれ、いつカップル誕生率100%になったんだ???」

きょとーんとした顔の坂本氏に、王様は笑顔を深くします。
坂本氏の本命チョコがカップル誕生に寄与しなかったのは、王様がもらったチョコだけでしたから、ここで出来上がってしまえば自ずから誕生率は100%になるのです。
まださっぱりわからないように小首を傾げている坂本氏を見ると王様は幸せで幸せでじっとしていられないような心持ちになります。そんな王様の様子に怪訝そうな面持ちになってきた坂本氏もつられて笑顔になります。幸せの陽だまりを新婚さんらしくそこかしこに広げ、自然に優しくキスを何度も重ねます。
ふと王様が急に何か思いついたように目がキラ〜ンとなんともいえない光を放ちます。

「『王妃の涙』のチョコは引き出物に出しましたが、本物の涙は俺だけのものですよね」

そういって抱き寄せてくる王様に、もう泣かせないとか言ってなかったか!と坂本氏暴れます。
そういう意味ではもう泣かせるつもりは王様にはありませんでしたが、違う意味では泣かせる気はありありの王様でありました。
そのときの涙はきっと坂本氏の作ったチョコよりも甘いに違いない。
そう王様は確信されておりましたとさ。


おしまい。