一日三食、ぐっすり眠ってすごせていれば、いつも元気。

それができれば申し分ないのだが。













キミノミカタ













千太郎が帰ってきた。

このごろ連日の残業続きでずいぶんへばっているらしい。

今日は風呂に入りもせず、食事もとらんと、戻ってきたという挨拶もそこそこに寝室に引き上げてしまっている。

この作っておいた晩御飯はいったいどうなる運命なのだろうか。



毎晩、なんだかよくわからない時間に、とりあえず帰ってきて、風呂にはいった後、私が作っておいたおにぎりと味噌汁を飲んで、眠って、また、朝早くに仕事場に向かっている。

えらく忙しそうにもかかわらず、そうして晩御飯を律儀に食べて、そのたびに、

「いつもありがとうございます。」

と礼を述べる。述べつつも、形がちゃんと三角じゃない、やら、具がうめぼしがいいやら、いろいろちゃちゃをいれたりするが。

まあ、そんなこんなで、とりあえず、千太郎が帰ってくるまで、起きて待ってて、ちゃんとご飯を食べるのを見守ってというのが毎日の習慣になっている。ときどきは、作るだけおいておいて、勝手に食え、と思って、布団に入ってしまったりするが、そんなときは眠りが浅いのか起きてしまい、結局出迎えてしまうのだ。

まあ、一緒に暮らしていて、下手をすると一日顔をあわせないままということが平気で起こりうるから、朝と晩くらいはちゃんと生きているかどうか確認しているだけなのだが。

特に千太郎がいないと心配、とかそういうわけではないぞ。

家の中に知らないうちに死体が出来上がっていたら怖いではないか。





そんな訳で、今日戻ってきて、夕飯を食べないというで、いつものリズムを崩されてしまったのだ。

仮に飲みに行くので夕飯いらない場合は、必ず律儀に電話かメールを入れてくるのに、今日はそんな連絡はなかった。

私の作った今日のおにぎり、どうなるのか。

今日のはとびきりの自信作なのだ。

海老天が入ったてんむすで、お茶碗に入れて、上からだし汁をかけてほぐして食べるのだ。ベランダ菜園からむしってきた三つ葉も散らすのだ。うまいぞー。

一緒に暮らし始めたときにぜんぜん料理ができなくって、そりゃもうえらくもめたんだが、人間なせばなる。

私の腕が上がったのか、千太郎の忍耐力が上がったのか、互いの味覚が妥協点を見出したのかは定かではないが、この頃はそんなにもめなくなってきた。

最初、おにぎりも握ることができなくて、おにぎりも握れないのか、といわれたのが悔しくて、ご飯をたくさん炊いて、しゃかりきに握りまくった。炊き立てで握ったため、手はやけどするは、うまくまとまらないしで、そこいらじゅうにご飯粒が落ちたり、すごい状況だった。千太郎が戻ってこないうちにこっそり特訓しようと思ってやっていたんだが、なんでかそういう日に限って奴は早く帰ってきて、現場を取り押さえられてしまった・・・うう、一生の不覚。こっそり上達して驚かせようと思ったのに。

結局、その惨状を見て、

「お米には88の神様がいますから、大事にしないと。」

といって、私の顔やら手にくっついていた米粒をついばまれた。

恥ずかしいからやめろといっても、付けてるほうが悪いといわれた・・・

そのあと、おにぎりの握り方のコツを結局千太郎から教わって、(←できるなら、お前がやれと思わずにはいられないが、いうとまた馬鹿にされるのだ・・・)茶碗1膳半くらいを目途に、米と米の間の空気の層をつぶさないように握れるようになった。

その後できたおにぎりの山については、とても人に配って歩けるようなものではなかったので、千太郎と二人でしゃかりきに食べた。

何しろ神様がいるらしいから、そうそう無駄にすることはできない。

そんなこんなで、おにぎりレベルは上がったので、おかずやらなにやらの練習を始めたのだが、千太郎の帰りがえらく遅くなってきて、ちゃんと食べろといっても、胃にもたれてつらいし、残すと申し訳ないからと、結局遅くなるときはおにぎりと味噌汁だけでいいということになった。

私は楽できてありがたいが、そんなんで大丈夫なのか?

食は体の基本だから、ちゃんと3度3度とらないとまずいと思うんだが。

昼ごはんちゃんと外で食べてるのだろうか。今度聞いてみるとしよう。





いや、そんなことよりも、今日のてんむすの運命はどうなるんだ。

私の自信作だ。

ぜひとも感想が聞きたい。だってうまいんだぞー。←すでに試食済み。

ということで、千太郎の部屋に行ってみた。

もうすでに部屋の中は真っ暗だ。寝てしまったのだろうか。寝ているのをわざわざ起こして、おにぎり食え、というのも何とはなしに気が引ける。どうしたものか。枕元まで近寄ってみる。外からの明かりしかない状態なので、顔は見えない。

すると、急に腕をとられて、気がついたらベッドに倒れこむ形になっていた。

これはもしかして、「いつも不用意に接近して、うまうまといいようにされてしまう」という、いつもの悪循環パターンにまた、私ははまってしまったのか!?



そう思って若干パニックを起こしかけたが、いつものように気がつくと千太郎に抱きしめられている、という状態にはなっていなかった。ほっとするやら、なんというかで、起きてるなら最初から言え、といってみると、千太郎はただ、すみませんとだけいった。

その言葉がえらく疲れていたので、千太郎に乗り上げていた体を慌てて起こして、重みをかけないようにして、千太郎の顔を見つめた。

闇に眼が慣れてきたため、薄ぼんやり千太郎の顔が見える。右目を片手で覆っている。

そういえば、以前、千太郎が働きすぎると頭痛が出やすくなって、つらいといっていた。

右目の後ろに痛みを発する板が埋め込まれたようになって、鈍く振動し続けるといってた。

こうして右目を押さえているということは、またその頭痛が発生しているのかもしれない。



本人は職業病だと切り捨てていたけれど、頭や眼が痛かったら、無理を押して働いたとしても能率が上がらないだろうに。

とはいっても、こう連日の残業を見ていると、休めるような日程ではないに違いない。

たぶん、きっと明日も早くに会社に行くんだろうな。



そう思ったら、自然に手が動き、千太郎の両目を手のひらでそっと覆ってみた。

なんとなく、胸の内側で、イタイノイタイノトンデイケと唱えてみる。

まあ、唱えたところでよくなるとは思えないが、気の持ちようだ。



とりあえず、手を置いたまま、薬を飲んだのかどうか確かめてみる。

飲んだけどまだ効かない、という返事とともに、私の手の上に千太郎が手を重ねてきた。

その手が熱をもっていたので、熱があるのかと思い、氷枕取ってくるかどうか聞くと、もう少しこのままでといわれた。

その声がいつもより頼りなく聞こえたので、安心させるように、眠れるまでこうしてる、といってみる。

重ねて言うが、そんなに千太郎のこと心配しているわけではないぞ。

困っている人と弱っている人を見過ごすことができないだけだからな。

ただ、いつも何様で俺様な千太郎が、こうも弱っている姿を見せられると、なんか落ち着かなくなってしまうのだ。

だから、いつもの千太郎に早く戻るようにと、私は手のひらから、いっぱい治れー、治れーと念力を送ってみる。

まあ、自信作の今日のおにぎりは、明日の朝にでも食べてもらうかな。

きっと、明日になったら、頭痛も和らいで、少しは元気になるんじゃないだろうか。

そうしたら、夕飯食べてないのも手伝って、ものすごくおいしく感じるぞ。













おしまい。