愛の総決算。
期が締まると同時に、新しい期が始まるのは、一年が毎日連続している以上当然のことである。暦ができている以上、その暦にしたがって、いろんなものを管理しようということは、有史以来、そして、人類が続いていく限り、おそらく脈々と続いていくことである。
そんな訳で、坂本氏も、高杉氏に渡された、「愛ラブ経理君」を今期からは自分で、つけないといけない事になったのだ。
初めての予算組み。
坂本氏にしてみれば、添付の解説書を読んでも、さっぱり意味不明である。だいたい、なぜ、自分が、愛の帳簿管理などを行なわないといけないのか。
式部氏・堤氏の、
「いまどきは、高校生でもつけてるもんですよ」
という台詞にだまされたようなものだ。高校生ができて、自分にできないとは言い出しづらい。みんなできることをできない、などということは坂本氏には耐えられないのだ。
そんな訳で、予算組み。
解説書に、だいたいこれくらい、という目安が書いてあるので、それにしたがって埋めていく。
結構な時間がかかって埋め終わってほっとしていると、いつの間に来たのか、桂氏が脇から覗いている。
「わっ・・・。なんだ、きてたのか。」
ここで律儀に、お邪魔してます、と桂氏は、挨拶を述べつつも、坂本氏の予算表を凝視している。
「ちょっと、坂本さん、なんですか、この数値は。」
予算表の、
「愛情表現管理」
という分野を指差している。
そこに並んでいる0の羅列。
「こんなに0ばっかりじゃ、なんもできないじゃないですか!!!」
坂本氏、見事に、チューも、そしてもちろんそれ以上もみんな数字0でつけてます。
「いっときますが、俺は、あんたが予算組みしてようがしてまいが、するときはしますよ」
などと、不埒なことを真剣な顔でいってくるので、坂本氏の顔色は、赤くなったり青になったり、汗をかいたりとせわしない。
ちょっと待て・・・私の意思は、どうなんだ。
だいたい、予算を仮に立てたとして、立てた以上は、目標を達成しないといけないに違いない。
目標を達成。
どんな目標だ。
ここに入れた数字通りのことを実行するということなのか。
そんな馬鹿な・・・だいたいそういうことって、数字を挙げてすることなのか、などということがぐるぐると坂本氏の頭の中を回る。
そうして、坂本氏がぴよっている間に、桂氏は、カーソルを操って、数値を上方修正していく。
だいたい、予算0になどしていたら、実績が必ず予算オーバーしてしまうではないか。
報告会で、
「ずいぶん情熱的に盛り上がったようで」
などという、いらぬ皮肉とおせっかいをかけられること請け合いである。予算よりオーバーしていなかったら、チェックからはずれるのだから、いらぬ恥は避けるようにしないといけない。だいたい、呼び出しくらってそんなこといわれた日には、絶対に坂本氏が、大暴れして、なだめるのに一苦労だ。
そうして、ぽちぽちと、桂氏は、自分の立てた予算に見合うように、坂本氏のものを修正していったが、我に返った坂本氏に阻まれた。
結局今回の予算組みでは、一日チュー2回で、他の数値はみんな0にされた。
これを坂本氏が、キス以上は絶対許さん、とみるか、ようやく本人もキスするのは公に認めたと見るか、によって、桂氏の幸せ度も違ってくると思うが。
結果が出るのは、また次の決算まで待たないといけない。
おしまい。(2003.11.12)
桂氏は、フラストレーションがたまっていた。
なぜなら、予算組みで、一日チュー2回と決められてしまったからである。
2回。
1日に2度もチューしていいと、坂本氏が決めたのである。
ありがたいというか、コングラチュレーションというか、なんというか、もう、諸手を挙げて大喜びで、桂氏はいたのだが、実際には、それを実行する、ということは困難を極めた。
だいたい、朝、あったときに、チューをしようとすると、
「恥ずかしいこと、朝っぱらからするな!!!」
だし、夜になると、
「俺は、そんな予算のことなんて知らない」
などと、がえんぜないことをいう。
ようは、予算通りに実行できていないのである。
だから、これからさき月末が近づくと、確実に予算割れすること請け合いである。すると、当然のことだが、監査で、仲がよくないのでは、などという勘ぐり、から、カップルを解消したほうがいいのでは、などという助言等、はた迷惑な騒ぎが起こること請け合いである。
そんな訳で、桂氏は、若干あせっていたのである。
だから、強硬に、坂本氏に、
「坂本さんが、予算決めたんですよ。」
と、ゆすぶりをかけてみる。坂本氏、無言。
ここで何か言うと、桂氏の思う壺だということは学習しているらしい。
が、桂氏のほうが上手で、
「武士に二言はないんじゃないですか?嘘つくと、男の風上において置けないんじゃないですか?」
などと、追い詰める。
武士に二言・・・
いまどきそんな言葉を受け入れる人などあろうはずがないが、坂本氏は違った。
彼はなぜか武士だったのだ。
「わかった」
と、男らしく答える。
いかにも、しようがなく、嫌々、と、緊張した面持ちでぎゅっと目を閉じる。
もう、桂氏が肩に手を置いただけで、びくっとしている。
なんか、そんな坂本氏を見ていると、桂氏は、なんだかなあ、と思うのだ。
俺、いじめっ子なのか?弱いものいじめしてるんだろうか?つうか、嫌がるのを無理やり、悪代官なのか?
なんか、そんな気持ちで一杯なのだ。
あの、恋人同士が、甘く、吸い寄せられるように口付け、などとは程遠いムードなのだ。
もし、このまましたとしたら、この人は、ノルマ達成した、くらいに思うのではなかろうか。
ノルマ・・・
ノルマなのか、こういったことは。
奇しくも、予算立てしたときの坂本氏の思考回路と同じ方向に桂氏もこの時はまったらしい。なかなか、仲のよいカップルである。
そうして、ちょっと、なんか自分が嫌になった桂氏は、無理強いしてもしょうがないかと、坂本氏をそっと解放する。
じっと、何らかの行動を待ち受けて、心臓をバクバクいわせていた坂本氏にしてみれば、肩透かしである。
「なんだ、しないのか?」
「いや、なんか、嫌がってるみたいなんで」
そう桂氏が答えると、坂本氏は、えらく複雑な心境になる。
ちょっとまて、私がされてもいいと、じっと待っていた、この時間はなんだったんだ!!!
するならする、しないならしない、どっちかにはっきりしろ、と坂本氏が思ったとしても無理はない。武士の覚悟である。清水の舞台から落ちても、切腹してもいいと思うくらいの勇気がいったというのに、この男は!!!(怒)
「きさま・・・いやがってたら、目つぶって待ってるか、ボケ!」
怒り120%である。
どきどきした分の責任を取ってもらわないといけない。
が、桂氏は、そうした坂本氏のいわば失言を聞き逃さない。
嫌がっていない、という言質が取れれば迅速である。
ぐっと、坂本氏の腰を引き寄せ、鼻と鼻が触れ合うくらい接近しつつ、
「坂本さん、嫌がってるわけじゃないんですね?」
と、確認する。すると、坂本氏はその急接近に動揺して、うわ、離せ、馬鹿、などと繰り返しているが、桂氏は拘束している腕は緩めず、さらに言い募る。
「武士に二言は?」
と小首を傾げて、聞くと、坂本氏は、観念したように、
「ない・・・」
といって目を伏せたので、そのまま口付ける。
そのあとは、今月していない予算分の回数を取り戻そうと、最初のうちは回数を数えていた桂氏だったが、最後には夢中になっていたので、結局何度したか、などは思案の外になってしまったのだった。
おしまい。(2003.11.15)
桂氏はフラストレーションがたまっていた。
いつものことということなかれ。
恋する人間が完全に満足する、ということなどなかなかにないのである。
が、今回のフラストレーションについては、桂氏自身が自業自得ということをわきまえているため、坂本氏に対して、もう無理やり羽交い絞めにして相手の嫌もいいもなく、了解取らずに望むことをしてしまおうなどと考えることは今回はなかった。
なぜなら、すでに坂本氏も諦めの境地か日常の挨拶くらいのところまで持っていった1日2回のチューすら彼はしていないのだ。
それはひとえに、
「坂本氏のほうから、チューしてもらえないだろうか。」
という、願望から端を発しており、浮かんだそばから、桂氏自ら、
「あの人がしてくれるわけない」
と打ち消してはいたが、その魅惑的な願望から結局彼は逃れることができなかったのである。
坂本氏からのチュー。
それは、桂氏にしてみれば、坂本氏が絶対に言ってくれないであろう言葉を補って余りある行為である。たった2文字の組み合わせの言葉すら、容易には言ってくれない(いや、聞いたことがない)人にそんなことができるのだろうか、という冷静且つ懐疑的な判断を下す桂氏よりも、でもだってたまには何らかの意思表示がないと俺だってほんとえらく不安になってしまうし、まあだいたい叶わない望みなんだから、叶えばラッキーくらいの考えでとりあえずやってみよー!という楽観的且つ革新的な桂氏の思考のほうが珍しく大勢を占めたのだ。
そんな訳で、2月が始まって以来、桂氏は坂本氏に何もしていないのだ。
桂氏も、坂本氏からチューをしてもらうという方策については、色々考えたが妙案浮かばず、結局、いつもしていることをしないことによって起こる相手の心理変化と行動の観察、といういたってプレーンというか乱暴な方針を採ったのである。
が、まあ、大方の予想通り、当然坂本氏が桂氏にチューしてくることなどなく、もう2月も終わろうとしている今日になるまで何のアクションもなかった。
どこかに出かけても、じゃあな!とさわやかに別れるし、特に桂氏が何もしてこないことに対して何か疑問に思っている気配がない。
俺の我慢は一体なんだったのだ・・・
と、桂氏が思っても無理はないが、桂氏が一人ルールで無駄に賭けを行なっただけなのだから、坂本氏には何の咎もない。
そして、桂氏はすぐに方針を変更した。
1日・2回×29日。
58回分を今日、しようと。
坂本氏にとってみれば、はた迷惑な話である。
おしまい。(2004.2.29)
坂本氏は、憤っていた。プラス、困惑。
いろんな感情がない交ぜである。
何にむかついているといえば、桂氏である。
先日、桂氏が家にやってきて、
「坂本さん、今月分徴収させてもらいます。」
といって、問答無用に口付け。
しかも一度や二度ではなく、その日一日は、やめろ!!!放せ!!!といっても聞かず、もうやめてくれ、といってもやめることなくされ続けたのだから、坂本氏が怒り心頭になっても仕方がない。
なんだ、今月分徴収って。
借金の取立てか、税金のようにいいくさって。
許せん・・・
だいたい、2月のうちに何もしてこなかったのは桂氏である。
坂本氏も、いつもはあれほど繰り返されていたことを全くしてこない桂氏に対して何も思わなかったわけではない。
不審。
いつも通りに出かけて、いつも通り抱きしめてくるのだが、予定調和のように収まる口付けはなく、とってつけたようにあわてて解放されたりなどすると、非常に居心地が悪い。自分が、相手の行動を待っていた、という事実は、こうして突きつけられると非常にいたたまれないものである。
せっかく日常に埋没しているものをわざわざ掘り起こして、よくよく吟味しろといわれているようなもので、そんなことをしようものなら、自分の中から不思議を発見してしまいそうで、坂本氏はその桂氏の不審な行動には目を向けずに、通常通り振舞っていたのである。
そんなわけで、無理やり強奪されたもろもろのことを考えると、ほんとうにものすごくむかっ腹が立ち、何とか一矢報いたいと思うのだが、何重構造かになっている心のどこかで、嫌われたわけじゃなかったんだ、などと安堵していたりなどして、その心の声を自分で聞いたりなどすると非常に微妙。
相手に対しての自分のスタンスの確立は、当面は保留にしておきたいのである。
それが相手に付け込ませる隙になっているのはわかってはいるのだが。
まあ、そんなことを考えていると桂氏がやってきた。
「すみません、お待たせしました。待ちましたか?」
と聞いてきつつ、頬に手をあてて顔を寄せようとなどしてくるので、すかさず手で相手の口をぺしっとふさいでしまう。
「なにするんですか。」
「こっちの台詞だ。それは。」
「俺は、今日の分をしようとしただけです。」
桂氏が権利を主張してくるが、それにはうろんげな視線を返しつつ、
「お前な・・・この前うち来て、したこと忘れたんじゃないだろうな・・・」
「もちろん忘れてません。ただ、あれは2月分をまとめていただいただけです。」
「・・・・・・58回っていったよな。あのとき、お前100回はしてたぞ。」
確かに、桂氏はどうせ坂本氏にはわかりはしないだろうというのと、興がのってしまったため、正確にカウントはしていなかったが、確実に58回以上はした自覚があった。
「・・・・・・。」
「3月分も前倒しでしてるんだから、当分なしだぞ。」
そうきっぱり坂本氏が宣言すると、桂氏は上を向いてしまう。完敗である。
そんな桂氏を見て、ようやく溜飲が下がったのだが、
「あんた、してるときにそんなに数、数えてるんですか?」
などと聞いてこられてうろたえる。
数を数えないと意識が遠くに行ってしまうそうだから、などとは当然答えられずに沈黙。
顔を覗き込んでくるのには、顔を背けてしまう。
「まあ、前借ということで。」
といって寄せられた唇を避けることができなかったのは、憤りよりも困惑が多く胸を占めてしまったからに違いない。
結局、勝ちきれないのである。
おしまい。(2004.3.5)