多くのことは、忘却の彼方。

どれも後生大事に取っておいても、整理しなければ肝心なときに取り出せない。

積もり積もったものの中から、思わぬものが飛び出すのは仕方なし。

大事なものが余計なものの中から見つかるとは限らないが。

余計なものが大事なものに変わらないとも言い切れない。







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ここ最近、坂本氏は眠れなかった。

それは、乙女が胸をときめかせるような内容、例えば、

・坂本氏が桂氏を想って眠れない。

・桂氏が坂本氏を眠らせなかった。

などというものでは全くなかった。非常に残念なことではあるが。

彼が眠れない理由は、誕生日に起因するホラーと霊感みたいなものであった。

大概の場合は、気のせいの一言で横にうっちゃれるが、坂本氏はあの尊大な態度からは考えられないほど繊細な面を持っており、普段はその繊細さを隠すためにわざわざ尊大さを演じているような節もあったため、こうした事態にはめっぽう弱かったのだ。

眠れず、それに伴い食べる気も起きなくなってきて、話かけこられても返事をする気にならない模様。

桂氏も、なんかこの人、しんなりしてるな、などと最初は思っていたが、次第に目の下にクマを作り、食も細くなるに従い、さすがに静観しているわけにはいかなくなってきた。

が、理由を尋ねてみても、ああ、やら、うむ・・・などという生返事としか表現できないノレンに腕押し系だったため、ますます心配が深まっただけだった。





事の発端は、桂氏と休日に出かけた折の電車に乗っていたときのことである。

吊り広告にJRが主催するハイキングツアーの案内で、ある寺の階段に雛人形を7000体ずらっと並べてある写真がかかっていた。

おそらく100段はゆうにある階段の上に赤い布の上にずらっと人形が並べられている姿は圧巻である。その写真を眺めながら桂氏は、

「すごいですねえ。」

とつぶやく。桂氏は男兄弟しかおらず、女の子の祭りには無縁である。特にこの祭りに思いいれなどないように思われたが、

「昔読んだ漫画なんですけど、デパートの地下が雛人形の王国になっていて、その雛人形が生きている人間と同じ顔で、人間の方が死ねば人間にとって変われると、自分と同じ顔の人間を殺そうとするって話があって、子供心に雛人形が怖くて仕方なかったです。」

などといいだした。

坂本氏は、その写真を見ながら、なんか思い出しそうなんだよなあ、などと考えていたが、そのまましばらく桂氏と人形系の他愛のない話をしている最中に急に思い出したのだ。

自分のうちにあった雛人形のことを。





なぜ、一人っ子の坂本氏のうちに雛人形があるのか。

その理由は次の通りである。

坂本三四郎氏の生誕にあたって、坂本夫婦を構成する両家の加熱は凄まじかった。

双方にとって初孫。

坂本夫妻は、生まれてくるまでは性別を教えてもらわない方針でいたので、どちらが生まれてもいいようにと、男の子用と女の子用の両方が大量に両家より用意された。

結局、坂本氏が男の子として生を受けたので、そのときに用意された女の子用は、次に生まれてくる子供用にと回されることになったが、次の子は残念ながら恵まれず、女の子用の品々は日の目を見ることはなかった。

しかし、坂本氏の生まれた日がそうであったためか、雛人形だけは坂本氏の誕生日にいつも飾られていた。

坂本母曰く、

「お雛様が、シロちゃんの誕生日をみんなで祝ってくれてるのよ。おめでとーって。みんなに祝ってもらえて嬉しいねえ。」

というので、坂本氏も幼少の折はその緋毛氈が誕生日の前に取り出され、一つ一つ母の手で並べられていく様をみると、何かめでたく晴れがましい気持ちで一杯になったものだ。

大事にしないといけないから、触ってはだめよ、といわれていたので、触らないように段の端近で息を潜めてそっと見つめていると、話さない人形達から、おめでとうといってくる声が聞こえる気がするのだ。

そうしたわけで、幼少の頃の坂本氏の誕生日は雛人形と密接につながっていた。

雛人形が出ると自分の誕生日なのだ。

すると家族でごちそうを囲んでお祝いするのだから、その思い出というのは楽しいものだった。



が、幼稚園に入ると彼は雛祭りが女の子のための行事という事実を知ってしまったのだ。

女の子達が、うちにはどんな雛人形があるか、という話をしているときに坂本氏も自分のうちの人形の話をしてしまったのだ。

すると、女の子達からは、

「坂本君は男の子なのに、雛人形持ってるなんて変。」

といわれるし、男の子からは、

「坂本、男女だー」

などという誹謗を受けるに至り、坂本氏はその日、べそべそ泣きながらうちに帰り、

「なんでうちには女の子がいないのに雛人形飾るの?みんながおかしいっていってたもん。もう、雛人形なんていらない。」

といって、坂本氏の誕生日のためにきれいに飾られていた雛人形の下に敷かれていた緋毛氈を力の限り引っ張った。

それが堺正章ばりの宴会芸の腕前ならば緋毛氈を取ってしまっても雛人形はそのままの位置にあったに違いないが、坂本氏の腕前では1.5mはある緋毛氈は身体の方にかぶさってくるし、人形に至っては見るも無残な惨状だ。

坂本母はなんとかなだめようと様々なことを坂本氏に言ったのだが、一度癇癪を起こした子供が意見を曲げることなどなく、仕方なしにその場で人形を片し始めた。

せっかくの誕生日だったのに用意してもらったごちそうもおいしくなく、坂本父からは、

「三四郎。今日、お前がしたことは理由はどうあれ、立派なことではない。わかるな? 」

と厳重注意を受けた。

坂本父の教育方針は、武士道であり、常々坂本氏には人の尊敬を勝ち得るような立派な人間になるようにと、口数少ないながらも指導を欠かさなかったのだ。そんな父の言うことを坂本氏はいつも子供ながらの生真面目さで受け入れていたし、確かに時間がたってみると、先ほど部屋に差し込む夕暮れの中で雛人形を大事そうにたとう紙に包んでいるさみしげな母の後姿に、自分のしたことに対しての反省がひしひしと押し寄せてきていたのだ。

そんな訳でその年の誕生日は、坂本氏にとって散々なものだった。



翌年の誕生日、坂本氏の誕生日になっても雛人形が飾られることはなかった。

誕生日になると飾られていた人形がないことをさみしく思いながらも、坂本氏は父の教えの一つ、

「男に二言はない。」

が頭をよぎり、自分から雛人形などいらないといったのだからと、そのことについて母に尋ねることができなかった。

坂本父にしてみれば、何かを言う前に熟慮しろ、という教えのつもりだったが、坂本氏は男が一度いった言葉を撤回してはいけないという風に受け止めていた。どちらにせよ同様の意味であるが、坂本父の教えの慎重さの方を身につけていればその後の坂本氏の人生も若干異なったものになっていたはずである。

それ以降は誕生日になっても雛人形は一度も飾られることはなかったが、坂本氏の忘却能力が発揮されたのか、しだいに誕生日に雛人形が飾られないというのにも違和感を覚えなくなっていき、ついにはその存在すらもすっかり忘れてしまったのだ。





そうした訳で、ずっと坂本氏は自分の雛人形について忘却の彼方へ押しやっていたのだが、うっかりその糸を手繰り寄せてしまったが故に眠りの神様から遠ざかることになってしまったのである。





あの人形はいまどうなってしまったのか。

おそらく、母はなんだかんだいっても縁起を担ぐ典型的日本人タイプなため、よもや燃えるごみなどで出したりしてはいないだろうが。

あの時、自分が引っ張って落とした人形の首がもげていたような気がするし、装束や装身具は乱れ、小物は破損したに違いない。

永年空気に触れていないからカビが生えているかもしれない。

その物理的形而変化は当然予想されることだが、それよりも坂本氏を胸を占めていたのは、怨念系の人形に変化しているのではなかろうか、と言うことだった。

こんなときに限って過去に呼んだ様々な怖い話やら、先日桂氏と話した人形の怖い話が浮かんでくる。

髪の毛は伸びるし、目から血の涙を流すし、夜中にしゃべりだしたり、突然暗がりから襲ってきて噛みついたりする映像が鮮明に蘇ってくる。髪の毛が足の指先に絡みつき、足の指を食いちぎられたり、目玉がぐるぐるありえない方角にものすごい速度で廻ったりするのだ。

考えただけでも空恐ろしい・・・

あの雛人形は坂本氏の誕生日の象徴であり、坂本氏のためだけに存在していたといっても過言ではない。

一年に一度の出番を奪われたのだ。

恨まれてもおかしくない。

そう考えると怖くて眠れず、たまに眠れるとガリバー王国のガリバーになって人形達が襲ってくる夢を見たりと、眠ったような寝た気がしないような日々が続いた。

そのため寝る前になると坂本氏は、

「雛人形様、おやすみなさい。私の罪をお許しください。そして、しっかりきっちり成仏してください。」

と、唱えたが余り効果のほどは上がらなかった。





こんな状態がしばらく続き、



「坂本さん、あんた、またつまんないこと悩んでいるんじゃないですか?ちゃっちゃと吐いて下さい。ちゃっちゃと。ほら。はやく。」

痺れを切らした桂氏は、坂本氏に直球を繰り出した。

今日は坂本氏の誕生日。

せっかくプレゼントを用意し祝うために店を予約などしていたが、食欲がないと首を振る姿にキャンセルの電話を入れることに。

いつまでたっても青菜に塩で、しんなりため息では、俺に言えないようなことを悩んでいるんだろうか、言えないことってなんだ、言えないことって・・・などと猛烈に不安。

しかも今回は高杉氏や緒方氏にも相談していないようで、それとなく入れた探りにもあの二人は無反応だった。

たいてい自分の手に余ると人に丸投げするタイプの人なのに、こんな風に元気がないと、体の調子が悪いのか、それともまだ何も起こっていないうちに別れの予感が漂い始めているのか、などといろんなパターンがむやみやたらに黒い雲を背負って桂氏の周りに集まり始める。

らしくない気の遣いっぷりで、俺の心にそれほどダメージがない別れの言葉を捜していたりするのだろうか・・・





ピンポーン



玄関のベルが鳴る。

坂本氏がインターホンで応じると宅急便が届いたとのことだ。

届いた大きな箱は坂本氏の実家からのもので一人で持てない大きさだが、重さだけならばそんなに重いものでもない。嵩が張っているだけだ。

「割れ物って書いてありますね。」

「う〜ん。なんだろ。こんな大きなもの送ってくるなんて。特に何にも聞いてないが」

「まあ、開けてみたらどうです?」

「それもそうだな。」



ダンボールを開梱すると細かく一つずつ箱に収められている。

ひとつひとつ包みをほどいていく。白い紙にきちんと包まれている。

ごそごそとそれを剥いていく坂本氏は、中身が出てきたとたんに叫び声を上げた。

「はわわわわわわ・・・・・人形が・・・」

すでに持っていた包みをうっちゃっている。

本人はすでに壁際まで寄って避難体勢だ。

その坂本氏の過剰な反応に驚きながらも、そのうっちゃられた人形を桂氏は怪訝そうに拾い上げようとする。

「だ、だめだ!うかつにさわるな、千太郎。呪われるぞ!」

「は??」

「その人形は、呪われた人形になってる可能性がある。送ってくれって頼んでもいないのに届いたのがいい証拠だ。」

・・・・・・・・いつも以上に訳がわからない。

「だからな、かくかくしかじかで・・・」

と、坂本氏が今まで悩んでいたことを全て説明、ようやく坂本氏のしんなりしている理由がわかり、桂氏は本当にほっとした。

・・・・・・・よかった、別れ話とかじゃなくって(涙)・・・

「なんだ・・・そんなことか。」

「そんなことって何だ!そんなことって。もし本当に呪いの人形になってたらどうするんだ!」

「まあ、大丈夫だと思いますよ。まず、呪いの人形になっているかどうか確認しないといけないですね。もし呪われていたら、とりあえず人形供養にでも出したらどうです?」

「誰が調べるんだ・・・私がやるのか?」

「乗りかかった船です。俺がやりますよ。」



一体ずつ丁寧に梱包してあり、全てを並び終えるまでには1時間はゆうにかかった。

人形には損傷はなく、怖れていたカビやら、呪い的な変化もなく、至って普通の綺麗な状態の人形である。

血の涙も髪の毛も伸びていない。



「全然普通じゃないですか、人形。」

「ああ、そうだな。(よかった!!!これで枕を高くして眠れる。)」



そう坂本氏が喜んでいたのも束の間だった。

きれいに8段飾りに飾り付け、ボンボリの灯をつけたときにそれは起こった。



ジジジジジ・・・・・

ギギギギギ・・・・



変な物音がする。

最初は小さかった音が、次第に気のせいではないくらいの音量になっている。

二人が音の震源地がどこだろうとキョロキョロしているが、見つからない。



「な、なんなんだ・・・・」

「何の音だろ。人形の方からしてるみたいですが。」

「な・・・・・・・あの人形、動いてないか?」

そんな馬鹿なと桂氏が坂本氏の指差すほうを見ると確かにお雛様の持っている扇が左右に揺れている?

お内裏さま、三人官女、五人囃子、随身、仕丁、それぞれがちょっとずつ違った動きで立ち上がろうとしているように見える。



「はわわわわわわわ・・・・・」

やはり呪いの人形になってしまったのだろうかと、驚愕と恐怖に目を大きく見開いて坂本氏はぶるぶる震え始める。

「じゃ・・・千太郎、後は任せた。御祓いしてちゃんと成仏してくれるように言い含めといてくれ。よろしくなっ!」

「うわっ、ちょっと待ってくださいよ。お払いって、そんな技術、俺にはないですよ〜」

「大丈夫だって言ったの千太郎だろ!?責任とって何とかしろ。じゃ、私はとりあえず高杉のうちにでも避難してるから!」

そのまま走って外に逃げようとするが、部屋に散らばった人形が収まっていた箱に足を取られて転んでしまう。

「い゛でっ・・・」

「大丈夫ですか?」

大丈夫だと応えようと顔を上げると雛人形がもろに目に入ってくる。

完全に立ち上がって、左右に体をゆすっている。全部が全部。

そしてなにやら音が聞こえてくる。

なんといっているかは聞き取れない。

が、ほとんど坂本氏の耳には

恨めしや〜 恨めしや〜

と聞こえてくる。

恐怖のあまり、坂本氏はそばにいる桂氏にしがみつく。

真剣に怯える坂本氏をさすがにこの事態には一緒に驚いている桂氏はギュッと抱きしめてかばいながら、

「大丈夫です。俺がついてます!」

「千太郎〜!!!」

恐怖による吊り橋効果的愛のボルテージ上昇がこの二人にも起こったのか、ひときわしっかりと互いの体を抱きしめる。

何が起こっても相手がいるのならば怖くない、大丈夫だと。

「坂本さん・・・」

「・・・千太郎」

すっかり人形のことなど忘れ去り、互いの目を見つめ合ううちに自然に唇が重なりそうになったときに音がはっきり聞こえてきた。

















ハッピバースデー トゥー ユー ハッピバースデー トゥー ユー ハッピバースデー トゥー ユー ハッピバースデー ディア シーロチャーン ハッピバースデー トゥー ユー









・・・・・・・・・・・。(静寂/稼動音終了)





桂氏にしがみついていた坂本氏はあまりのショックに呆然としている。

ホラーではなく、この雛人形はマジで誕生日を祝うための人形だったのである。

いち早く立ち直ったのは桂氏である。あまりの坂本氏の取り乱しぶりにつられて一緒に怪奇とホラーとスリラー気分を味わいかかってしまったが、ようはからくり人形に歌う機能を追加しているだけである。

脱力系の笑いが喉もとにせりあがる。

・・・・・・しょうもない。

あまりの脱力感に二人背中を合わせて床に座り込んでしまう。



「なんかずいぶんめでたい機能がついた雛人形ですね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・昔はこんな機能ついてなかった。と、思う。」

最後の方が小さい声になったのも、さすがに坂本氏自身色々恥ずかしかった模様。

もう一度、桂氏が雛人形を裏返して起動ボタンらしきものを見つけて押してみると、再度祝いの歌を歌い始めた。



「あ・・・これ、父さんと母さんの声だ。」



確かに男女の声で歌われている。録り方がよくないのか、時代が経ち過ぎてしまったのか音はかなり劣化しており、かなりホラームードになりかかっている。何度か再生するうちに、歌の最後にごにょごにょ言っているのが聞こえる。桂氏と二人、人形に耳を寄せても聞き取れない。何度か繰り返した結果、お誕生日おめでとうといっている女の人の声と、おそらく、物を大事にするようにといっている男の人の声だけが聞き取れた。

坂本氏はそれを聞くと即行家に電話をかけた。でたのは坂本母である。



「ああ、無事に届いたの。この前掃除したら出てきたから送ったのよ。すごかったでしょ〜!シロちゃんが人形ひっくり返してから、お父さんがシロちゃん驚かそうと思って細工してくれたのよ。シロちゃんが飾って欲しいって言い出したら出そうとお父さんと話していたんだけど。なかなかシロちゃん頑固だし、お父さんも頑固だから。そうこうしてるうちにすっかりそんな仕込みしてたこと忘れちゃってたわ。うふふふふ。」





謎は全て解けた。

「なんにしろまあ、人形呪われてなくってよかったですね。」

「ああ。ほんとうにな・・・」

坂本氏の胸中の割合が、呪いじゃなくてよかったというのと、余計な仕込みされてなかったらあんなに驚かなくても済んだのにというのが半々くらいである。

しかも、桂氏の前で散々取り乱してしまったという恥ずかしさが今頃になって坂本氏を襲ってきた。

自分から抱きついてしまった・・・

しかも抱きしめられて、ものすごく安心してしまった・・・

この腕の中にいれば大丈夫だなんて・・・(赤面)

くそ・・・千太郎に弱み一つ握られた。恨むぞ、父さん・・・

「いいご両親ですね。坂本さん、愛されてますね。」

「一人っ子だからな。」

「まあなんにしろ、呪われた人形になってなくってよかったじゃないですか。」

うんうん、というように首を何度も坂本氏は振っている。

ほんとに良かった・・・(泣)

ようやくゆっくり眠れる・・・

「まあ、めでたい人形だってわかりましたし、これから毎年坂本さんの誕生日に飾りますかね。」

「そうだな・・・あんまり放置して呪いの人形になられても困るしな。」

並ぶ雛人形をみながら、

「そういえば、3月3日過ぎても雛人形飾っていると婚期が遅くなるってよく言うよな。」

「ああ、そんなこといいますねえ。」

「じゃあ、もうしまわないと。もうすぐ3日が終わってしまう。やばい!」

そう坂本氏が慌て始めるので、桂氏は泰然としながら、

「坂本さんはそんな心配しないでいいですよ。」

「なにっ、他人事だと思って適当なことぬかすな。」

と気色ばんで坂本氏が応答すると、

「いや、いつでも俺が引き受けますから大丈夫。坂本さんが結婚できないなんてことないですよ。」

と、桂氏は至極当然のようにさらっと述べた。

「俺は今すぐでもいいですけどね。」

そういって桂氏は、さっきしそこなったキスを坂本氏に一つした。









おしまい。