050303











「わかった。今年のプレゼントはいらないからな。祝ってくれなくて結構。さっさと帰れ。」

そういって坂本氏が桂氏を追い出したのは数日前の話だ。
何の話をしていたのか、本人達の意図しない方向に話が転がり、売り言葉に買い言葉。相場の値はどんどんつり上がり、天文学的数値にはさすがにいかなかったが、終値は桂氏締め出しの刑までつり上がった。
すっかりぶりぶり怒りきっていた坂本氏は、桂氏が何を言おうとも聞く耳をもつ気はさっぱりなかった。また、桂氏も同様に頭にきていたので、例の坂本氏が桂氏を悪い方のイメージで想像するときのシニカルな笑いを浮かべながら、
「そうですか。じゃあ、今年の誕生日プレゼントは『祝わない』というのをプレゼントしますよ。お邪魔しました。」
といって帰ってしまった。

それから数日。
今日は坂本氏の誕生日だ。
坂本氏はぼんやりしていた。
数日立てば頭も冷える。
だいたい喧嘩の発端は思い出すこともできないような些細なことだった。
最初は穏やかに話をしていたのだ。
自分の誕生日を祝う話だ。
が、相手の言った一言で喧嘩スイッチが入ってしまった。
これがまた笑ってしまうことに、怒り過ぎてなんていわれたのか覚えてないのだ・・・
ははは・・・
はー・・・
アホか・・・私は・・・

誕生日なのにぜんぜんめでたくない。
今日は坂本三四郎様が生まれた日だぞ。
世界中の人が祝ってしかるべきだ。
それなのに今現在、母から届いたおいしい食材詰め合わせと父からのワイン、そして友人・高杉から送られた写真が届いたくらいだ。

・・・写真。
ご丁寧にあの友人は彼の誕生日に仕込んだプレゼントのお返しをくれたらしい。
封筒に「坂本へ」と学生時代に借りたノートによく書かれていた字でしたためられている。中には今まさに喧嘩している人物の写真が入っており、余計気持ちを逆撫でさせられる。

こんなんもらってもゴミになるだけだ。いらん・・・

そうはいいつつももらったものだからゴミ箱にいきなり突っ込む気にもなれずに中身を眺める。中に入っている写真は困ったような顔をして佇んでいたりカメラ目線で笑ってはいるけれどいまいちぎこちない様子だ。撮る方も撮られる方もぎこちない。出来合いの写真だ。

なんだ、このへたっぴな写真は。
高杉め、手を抜いたな。
この前やった緒方君写真集と同じくらいとは言わないが、もうちょっとどうにかならなかったのだろうか?
気持ちがこもってない。ほんとうに全然だめじゃないか。
こんなんじゃ実物のよさがぜんぜん伝わらないではないか。
気持ちよくにっこり笑っているあの顔や、遠くをぼんやりみつめているところや、仕方ないなというように優しく眉を寄せている顔。
そんな写真をどうせなら撮っておいてくれればいいのに。


くそっ・・・


おもむろに坂本氏はダーツの的にもらった写真を貼り付けて、矢を投げつける。
ぐさっ。
桂氏の顔写真に丁度うまく刺さる。
最近始めたダーツの腕前はそれほどうまくないというのにこのときばかりはきちんと刺さってしまう。
あわてて矢を抜いて、穴が開いてしまった眉間の辺りを撫でてみたりするが、当然穴はふさがらない。まじまじとその写真を眺めているうちに次第にまたムカムカしてくる。

だいたい、ここ数日桂氏は全く姿もみせず、連絡もとろうとしてこない。
別に待ってたわけじゃないが、何らかのアクションが桂氏のほうからあるだろうと坂本氏はふんでいた。
いつもの喧嘩のパターンはたいていはすぐに互いに忘れたふりをするか、明らかに自分が悪いときは謝ってしまうかなどしてあまりあとに引きずらない。なにしろ回数が多いのだ。まじめに冷戦を継続していたら、とっくの昔に国交断絶だ。
今回は理由は忘れたが、自分の逆切れから始まっており、桂氏が非を認めて謝ってくるという(坂本氏にとって)穏便なパターンはありえない。かといって、自分から今のタイミングで謝ったら、なんかプレゼントが欲しくて謝ったように思われないか?それってなんか、ものすご〜くかっこ悪い・・・
などと思ってしまう坂本氏はやはり謝ることができずに誕生日を迎えてしまったのだ。
その間にも、そろそろ顔を見せるんじゃないかとか、どこかで待ち伏せしてたり、メールをよこしたりするんじゃないだろうか、などと思っていたりしたのだが。
ぜんぜんなんにもなし。
肩透かしを食らったような気分だ。

本当にあの男は祝わないのをプレゼントにするつもりなのだろうか・・・

また、ムカムカしだす。

だいたいお前だけはそれじゃあだめだろう!!??
いやだ、だめだ、知らない、勝手にしろと私が言ったとしても。
喰らいついてきてくれないと。
何度も何度も繰り返し追いかけて言ってくれないと、その言葉にうなずくことができないのだから。
そんなに物分りよくきれいに引かれてしまったら、うん、というタイミングを逸してしまうではないか。
肯定の返事が欲しいのならば、何度もたゆまずに言い続けてくれないと。

なんと身勝手な・・・
愛想をつかされても仕方がない。


はー・・・
またため息。
テーブルの上には父と母からの贈り物のワインと酒の肴(ハム・チーズ・珍味セット)。
どれも大好物だ。
これでも持って高杉氏のうちに行こうかと考えるが、すぐに却下する。
そんな気分にならない。


椅子に座り込んで、ふとカレンダーに目を転じる。
3月3日。
自分の誕生日のほかには雛祭り、耳の日、金魚の日・・・
そこでハッとする。
・・・雛人形が。


坂本氏は電話をかける。
すぐにつながった。
何から話せばいいやら・・・
しばらく無言。
こんなに電話かけるのって大変だったろうか・・・
簡単なことがえらい難行苦行に変貌を遂げた。
頭はフル回転しているのだが、言葉は見つからない。
言うセリフを決めてからかけるんだったと後悔しても遅く、沈黙だけが続く。
いっそ一回切りなおして・・・などと思うが、そんなことをしたらますます印象が悪くなるだけだ。また喧嘩になる。
受話器を握りしめたまま、あーでもないこーでもないと一人あわあわしていると、
「・・・坂本さん?」
そう相手が尋ねてくる。
その声には、喧嘩を継続している冷たさは残っておらず、坂本氏がたまさかに思い起こすときの優しい響きだ。すごくほっとする。

「・・・お前、前に約束しただろ?」
「何をですか?」
「毎年、雛人形飾るって。・・・量が多くて一人じゃ飾りきれん。」
「・・・今から飾るんじゃ、確実に3/3終わっちゃいますよ。」
「引き取り先が決まっているから婚期の心配はしなくてもいい。すぐにこいよ。3分以内だ。」
そういって相手の返事も聞かずに電話を切った。


おしまい。