君の好きな花の名は。







街を彩る飾り付けが、日々輝きを増していき、猫も杓子もキリスト教徒でもないというのに、クリスマスだー、と喜び勇んでいる。

その姿勢については、無節操な、と眉をひそめても、赤と緑と色とりどりの電飾でライトアップされているこのムードは美しい。

クリスマスが過度に盛り上がるのは、きっと、一年の終わりに近いからだ。どんな一年でも、最後はドラマチックにロマンティックに飾り立てれば、何とはなしに幸せになれると、みんなが思っているからだ。

終わりよければ、すべてよし。

一年の計は元旦にあり、から、年末のここに至るまでの間に、計を達成できた人はどのくらいいるのだろうか。

今年もだめだったと、反省して来年に望みを託す人はまだましだ。一年の計を立てたことを覚えている人がどのくらいいることやら。

そういうことは横においておいて、うやむやにするのがクリスマスなのか。無理やり合わない帳尻をここで総決算するつもりか。

今年できなかった、家族サービスの総決算をするかのように、子供にねだられて歩く父親の姿やら、彼女に連行されて宝石店に吸い込まれる男やら、いろいろ見ることができる。気の毒になあ、と思いつつも、幸せそうに見えるのは、いつも以上にきれいに街がライトアップされているからだろうか。



クリスマスツリーの明かりを見るとはなしに見つめながら、千太郎を待つ。

家族に贈るプレゼントを選ぶのに付き合って欲しい、といわれたのだ。

この頃、こうして千太郎と出かけることが多い。

誘われて、断る理由が特にないから一緒にでかけているだけだが、大の大人、しかもいい年した男が2人。

普通、人はこれを不毛というのではなかろうか。

旅番組の入浴シーンが、美しい妙齢の女性とはいわなくても、女の人のほうが断然いいように、クリスマス時期の街中ならば、たとえねだられてもいいから、女性連れのほうがいいのでは、そう思うのだが。

そういえば、自分のヒストリーの中に、そういった思い出の引き出しが少ないことに気づく。

いや、きっと、忘れているだけで、過去に色めいたことがさっぱりなかったはずはなかろうと、いろんな引き出しを開けたり閉めたりしてみるが、これといったものがでてこない。

でてくるのは、なんだか知らないが男に言い寄られるという、不名誉な歴史の数々。

思い起こせば、桂兄弟との一件以来、私の運命に「女難」ならぬ、「男難」の卦がついて回っているのではなかろうか。

くそ・・・

今日の夕飯は絶対千太郎におごらせるぞ。



「すみません、お待たせしました。」

千太郎が走ってこちらに向かってくる。いろいろ考えていたんで、あまり時間のことを気にしていなかったが、約束の時間からずいぶん経っていたようだ。12月は、師走などというが(堤さんと式部君はおそらく、超絶ダッシュしてるんだろうな。)、先生でない千太郎もダッシュしないといけないくらい忙しいようだ。

なにやらしきりに息を乱しながらも謝罪の辞を述べているので、

「今日の夕飯、千太郎のおごりだからな。」

ということで封じる。



そうして、デパートに向かう。だいたい贈るものは決めているらしい。

父→酒、母→食器、千覚君→ゲームボーイアドバンス何とか、だそうな。

千覚君、受験生じゃなかったっけなあ。いいのか、ゲームで。そう思って聞いてみると、まあ、なんとかなるんじゃ、という適当さ加減だ。





父上に贈るワインを選んでくれ、というのでそれを選び、その足で上の階に向かう。

食器売り場の、ラリックのところで止まる。

何年に一度か、トンボの羽の女性のブローチを筆頭に展覧会がやってくる、あのラリックだ。

酒の神様も、このように美しいグラスに宿るのならば、次の居場所が私の胃袋でも本望では、などと考えるのだ。

オールドファッション、ワイングラス、シャンパングラスにリキュールグラス。ツバメやら、ふくろうやらが彫りこまれている。

ためつすがめつ、自分用に買おうと真剣に考慮し始める。



「ずいぶん、真剣に悩んでますね。」



と、千太郎が声を掛けてくる。母上用のプレゼントは購入できたらしい。(銘柄指定されていた。)

そうして、並んでグラスを見ている。



「贈り物?」

「いや、自分用。」

そういうと、

「じゃあ、クリスマスプレゼントに買ってあげますよ。」

といってくる。

なんだ、千太郎、お前、いいやつだなあ。

サンタクロースは、時とともに忽然と姿を消したが、時として急に現れる。

迷いに迷って、扇形に広がったちょっと変わった形のシャンパングラスを選ぶ。

店員に、2個をクリスマス用の包装で、と千太郎が言っているのを聞いて、

「おい、1個でいいぞ。」

と慌てていう。安いものじゃないんでな。

「こういうの、つがいじゃないと、乾杯するときに格好つかないですよ。」

店員も、そうそう、というように、首を縦に振っている。

そういわれると、引き下がらざるを得ない。



そうして、その日は、千太郎にたかって、夕飯を食べて別れたのだが、その別れ際に、



「じゃあ、クリスマスには、これ持って伺いますので、よろしく。」



といわれた。よろしくって、おい・・・

うやむやのままに、クリスマスの約束までされてしまった。

なんだ、私のうちに来るってことか。ということは、私が、何某かのクリスマスの用意、というのをしないといけないのか。

何が必要なんだ、ケーキ・シャンパン・料理にツリーか?

それに、プレゼントだ。

もらう以上は、何か用意しないといけない。

何を?

今日の千太郎との会話を思い起こしてみるが、やつが何か欲しがっているという話題にはならなかった。

過去の会話履歴の中でも、特に何かいっていたとは思い出せない。

明日メールで、確認してみるか。

そう思って、とりあえずはすぐに解決する方のクリスマスに準備しないといけないものリストの作成の方にいそしみ始めたのだった。











千太郎に打ったメールの返事は、

「特にないです。」

だった。何でもいいと同じくらい、対応に困る返事だ。没個性だ。誠意が足りない。一体どうしろと。

メールには、他に、

「クリスマスの準備してもらえるのなら、特にプレゼントはいりません。」

と書かれていた。

こうなると、もう本人の口から欲しいものが出てくることはないだろう。こちらで、欲しいものを推理しないといけない。

特にいい考えが浮かばずに、日だけが経っていくので、困ったときのなんとやらで、高杉のうちに電話をかけてみる。

高杉が出かけていて、緒方君が出たので、そのまましばし話し込んで、最後に聞いてみたら、



「クリスマスプレゼントですかあ。なんだかんだいって、坂本さんと桂君もうまくいってるみたいですねえ。よかった、よかった。桂君にプレゼントだったら、坂本さんからキスの一つでもしてあげたら、いいんじゃないですか?きっとそれが一番喜びますよ。」



・・・待て、緒方君。なんか激しく誤解しているぞ。坂本さんと桂君もうまくいってる、だと?

いつから、そんな設定になっているんだ。その、初期設定からして勘違いされている。うまくいっているもくそもない。

奴とは、先輩と後輩、それだけだ。

そう、緒方君に言っているというのに、人の話全然聞いていない。



「いや、照れなくっていいですって。高杉さんには、今日の電話のことは話しませんから。俺と坂本さんとの秘密です。それじゃ、また。」



といって、ごきげんに電話切られた。

せめて、緒方君が高杉に何渡すつもりなのか、参考に聞いておけばよかったと思っても、後の祭り。

えらく脱力。



だいたい、千太郎の欲しがりそうなもの、というのが浮かばない。

奴の好きなもの、というのがぱっと思い浮かばないのだ。

スポーツ全般が得意で、趣味は美術館めぐり、か。←あんちょこみてます。

靴やら、ウェアか、あんまり喜びそうにないな。しかもサイズがわからない。自分と同じくらいのものを買えばよさそうだが。

どうせなんかやるからには、驚かせるか、喜ばせるかどっちかをやはりしたい。



そういえば千太郎は、花が好きだ。

奴の好きなものといえば、それくらいしかすぐには思いつかない。

花、というか、いい匂いがするものがどうやら好きなようだ。

一緒に出かけたりすると、咲いている花に、急に顔を寄せて匂いをかいでいたりする。

気がつくと、コーヒーの匂いにつられるように喫茶店に入ったりしている。

いい匂いがするものに、うっとり眼をつむっている様は、自分の知る彼の一面からは微妙にはずれており、なんだか意外。

いつも、訳知り顔で年下だというのに、妙に居丈高で、むかつくことしきりだが、こういうときだけは、妙に無心というか子供じみている。

いい匂いを求めて、花から花へ鼻をさまよわせる姿は、蜜に惹かれて飛び交う蝶のように華麗ではなく、なんとなく忠実な犬のような姿だ。

それが電信柱ではなく、花なだけ、まだ風流とでも言おうか。



なんか、いい匂いのする花でもやるかな。



バラ・百合・ジャスミン、他にいい匂いのする花は。どうせ、姿かたちは奴は見ていない。

前に、一緒に出かけたときに、カサブランカの香りが街の中でフッと漂ってきたときに、奴は、瞬時に半眼。鼻だけで、その香りの発信源を探り当てた。

が、それは妙齢の女性のつけている香水の香りだったのだ。

カサブランカのようなドラマチックな香りを纏うだけあって、後姿の美しい女性だった。

しばし、その匂いを追って、鼻だけでふらふらとその女性のあとを追っていく。

私は、奴が、いつものように、鼻面をその女性の首だか髪だか知らないが、突っ込むのではないかと、慌ててしまい、ぐっと腕をつかむ。

もし、この街中で、そんなことをしようものなら、即座にお縄だ。

腕をとられて、ようやく我に返ったのか、夢から覚めたように、こちらをぼんやり見てくるので、



「眼覚ませ、バカモン!!!」



と、後頭部を一つ力いっぱいぶったたいてやった。





なんか、むかついてきたな・・・

いや、むかつく必要なんてないんだが。

犯罪も未然に防いだし、千太郎には正義の鉄拳も喰らわせたから、無事解決だ。

解決だというのに、なぜ気分がすっきりしないのか。

殴られたあと、奴は、ひとしきり苦情を述べつつ、

「いまどきの香水は、本当に花の匂いそっくりなんですねえ。」

などと、のんきなことをいっていた。

奴は、花の匂いなら、本物の花だろうが、花の匂いをさせているおねえさんだろうが、関係ないらしい。

完全に匂い重視。

千太郎よ、人生の先輩として言うが、そのいい匂い至上主義は、早晩お前の身に災いをもたらすぞ。

そのいい匂いをさせているのが、いい年したおやじでも、お前は鼻面埋めるのではと、なんとなく心配だ・・・

いっそ、クリスマスプレゼントは、いい匂いのする花の香水にでもしようか。

耐性をつけるのだ。

いい匂いに対する。

香水か。

男物のフレグランスラインにフローラル系などあっただろうか。

つうか、自分につけている匂いにうっとりして、自分の身体の匂い嗅ぐんじゃなかろうか。

まあ、いいか。自己完結してくれたほうが、世のため人のためだ。

決定。

いいのが見つからなかったら、花屋へGoだ。

とりあえず方向性が決まれば、あとは行動あるのみ。

善は急げ、だ。





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