テレビには坂本氏だ、という判別ができるくらいの時間は流れていたが場所がどこかというのは特定できなかった。生放送なのか録画なのかも不明。テレビの話題は過ぎ去るように流れ、録画でもしていない限りは巻き戻るということはない。画面がお笑い芸人やらなにやらのけたたましい笑いを映し出している。しばし、みんなで記憶力テストのように、あのビルは見たことがあるやらなにやら言っていたが決定打はなかった。ビルなんてどこも似たり寄ったりである。判らなくても仕方がない。ただ、場所の特定をしなければ話が始まらない。俄かに「坂本氏捕獲委員会」が発足。すばやい仕事人はテレビ局に電話。
「今、あの番組にうつっていたのは双子の生き別れの兄弟です(涙)。ずっと探していたんです。どうかあの撮影がされた場所を教えてください!!!」(担当:緒方氏)
などというどこかで聞いたような話を捏造した。胡散臭い度満点であるが緒方氏の熱弁にほろりときたか、それとも問い合わせにはまじめに答えるようにしつけられているのか、問合せ先の応対してくれた人はちゃんと場所を教えてくれた。

サンタクロース姿をした坂本氏は路面を掘削する機械で地面を掘っていた。人が入れるくらいの深さで、どうやら年末の水道管の工事をしているようだ。
酔客やカップルがその周辺を指差しながら眺めているのを桂氏はじっとりと眺めていた。
何で、あの人はこんなところで土木工事にいそしんでいるんだ・・・
俺との約束を放擲しないといけないくらい、この水道管工事は危急存亡の事項なのだろうか。
脇目も振らずに小人さんのように働く、屈強の男たちの中で背は高いが細身の坂本氏はえらく可憐に見える。
今すぐ声をかけて、こちらを振り向かせて約束を反故にした理由を問いただしたかったけれど、坂本氏は働く男の顔をしていた。実際、大雑把に見えるが体力と集中力を使う仕事であることは桂氏も重々承知していたので、邪魔にならない端のほうで電信柱によっかかりながらその作業を見守っていた。 


携帯に電話がかかってきていたのは知っていた。
鳴る度にブルブル震える。
ブルブル震えるたびにこちらもブルブル震えていたのだから、そのブルブルに耐え切れずに電源を落としてしまった心の弱さを今まさに責められようとしていることは甘んじて受けねばならないだろう。
掘削機をあやつりながら、目の端に知っている姿が気のせいではなく、実体を伴なって立っているのに気がついてはいたが仕事仕事と念仏を唱えながら完全に無視を決め込んだ。

・・・ありゃ、謝っても許してくれそうもない、な。

来る惨事はあと30分もしたら現実のものとなる。もう一生地面掘り続けていようか・・・と現実逃避を計る坂本氏を誰も責められないだろう。が、時は無常に進むは進み、いつもなら待ちわびる終業時間にあっという間になってしまった。


「・・・お疲れ様です」
「あ、ああ・・・」
いきなり怒声か詰問で始まるかと思っていただけに、いつも通りといってもいいくらいの穏やかさに驚いてしまい、返事がたどたどしくなる。
穏やかな方が怖いぞ、セニョール・・・
そんな軽口で話を切り出したいが切り出せない、なんともこの冬の寒さにマッチした寒々しい空気が流れている。向かい合って立ち止まると拳をあげての喧嘩になるのがおちなので、無言で相手を促しながら駅に向かって歩き出す。
「・・・サンタクロース姿、似合ってましたね」
「ああ、なんとかっていう国を挙げてのキャンペーン期間で明るい公共事業を目指すんだそうだ。それで何でか知らんがサンタクロースの格好なんだ」
「ずいぶん、税金無駄に使ってますね」
「本当に・・・」
しまった・・・もうちょっと会話が続くような返事をしときゃあ良かったと思った時には会話が途切れ、予想通りの重い沈黙が始まる。
今日、ドタキャンすることになった理由とその謝罪を今こそしなければなるまい。
横目でちらりと相手の顔色を伺う。
なんともいえない無表情だ。
一回爆発させた方があとあと楽かもしれん。
そんな判断が出来るくらいには相手に慣れてきている。
問題はどうやって爆発させるかだ。
適当に火をつけて爆発させるのは簡単だが、その事態を収拾することを考えると爆発の規模や爆発させる場所、鎮火する方法なども事前に講じておいたほうがいいだろう。
今日は、自分が一方的に悪いことはわかっている。全ての責は負わねばなるまい・・・
そんな愁傷な気持ちが坂本氏を覆ってはいたが、かといって、その爆発による被災でこちらまで立ち直れなくなっても事だ。爆発はできればこちらが納得できる程度にとどめてもらいたい・・・殺傷するほどの傷はつけず、禍根は残さない。そういう算段が互いの間に無言で成り立つくらいには慣れているわけで、だから相手がこの無言、怒りを吐き出す方向を考え込み、こちらも吐き出させる方法を考え込んでいるというこの無間地獄のような状態。この状態になっていつも坂本氏は無言のうちに考えるのだ。

・・・なんで私はこんなめんどくさい男に付き合ってるんだ・・・

この根元ともいえる設問に坂本氏自身、答えられたためしがないのだ。
いや、本当は一言で表せる言葉が世界に存在しており、多くの人の上を覆っていることは知っているのだ。誰かが誰かを見つけ、互いに必要だと欲する。世界に一人いる自分だけの人を見つける。なんと幸せなことだろうか。すばらしいことだ。ぜひ、自分も世界のどこかにいる自分だけの人を見つけてみたいものだ。
では、この隣にいる唐変木のような人物が私の、世界に一人なんだろうか・・・
うっかりそんな疑問を載せて相手を眺めようものなら、常ならば何を勘違いするのかそのまま抱きすくめられたり、うっかりぼんやりして何も言わなかったりするとキスされていたりする。油断も隙もあったもんじゃない・・・

だいたい・・・

坂本氏が桂氏について考える時に責任転嫁のように浮かぶことがある。

だいたい、こいつからも何も聞いてない・・・

急に始まった話は今予定調和のハッピーエンドに向かう途中なのか、どこに落ち着くのか知らないが、互いの合意は無言のままになされ、坂本氏的にはジェットコースターの速度よりも早く急転直下で進んでいる。何も言わずに進むのが大人の関係だと最初の方は都合よく考えていたが、よくよく考えてみると、相手は以前自分が言った「責任を取れ!」というのをそのまま真に受けているのかもしれない。いや、今となっては真に受けてもらわねば困るが、それにしても相手はこちらの思考とは別の思考方法を用いているようで関係は行き着くところまで行き着いたといわないわけにはいかないというのに、なんとも中途半端に宙ぶらりんだ。もうしばらくすると
「坂本さん、幸せになりましたか? なりましたか。 じゃあ、俺はお役目御免ですね。」
さようなら〜と手を振って去っていくのではなかろうか。
いやいや、よもやそんなことはあるまい・・・

「・・・坂本さん、坂本さんってば」
長考にいつの間にか入っていたらしく、強く呼ばれてようやく気づく。
いつの間にか電車に乗っており、降りる駅に着いたらしい。
「あ、ああ、すまんすまん。」
何かいうことがあるのかと思ってちらりと横を見ると呼びかけておきながら何も言う気がないのか押し黙ってそのまま改札の方に向かっている。いつもはうるさいくらいがちゃがちゃ言うくせに、なぜかこういうときになると黙り込む。どうせよくないこと考えているんだ、この男は。
そろそろ真剣に方向修正を促さないと戻るところに戻れなくなる。戻るとこってどこだ?その戻るところをはっきりさせたいようなさせたくないような気持ちでぐるぐる回っている坂本氏なだけに、どこでもいい、ここじゃないどこかだ!と無理やり自分に言い聞かせる。後ろを追いかけ、階段を降りながら話しかける。非常にとっつきにくい背中になっており、話しかけづらく、つい突拍子のないセリフが出てしまう。

「今日は私は正義の味方だったんだ。」
「・・・サンタクロースが?」
「サンタクロースがだ」
いかにも不満という波動が伝わってくる。確かにこれでは説明が足りないだろう。
実は・・・とドタキャンの理由を言いかけたところで相手に遮られる。
「正義の味方ですか・・・坂本さんは俺のことより・・・いや、なんでもないです。関係ないですもんね・・・」
すっかりやさぐれたように桂氏がつぶやく。
なるほど、確かに桂氏がやさぐれても仕方のない事態であるが、それは坂本氏にとって聞き捨てならなかった。

「関係ないだと〜」
坂本氏のスイッチがブチっと入った。
言うに事欠いて、一体何を言い出すのやら。

「何だ、じゃあ遊びだったとでも言うのか!」
怒りでショートした坂本氏はどこかで聞いたようなセリフをつい口走ってしまう。
「・・・へ?」
桂氏は一瞬虚を突かれてぽかんとしてしまうが、意味を理解すると早口に言い返した。
「そんなわけないじゃないですか!これ以上ないくらい真剣です。」

・・・真剣だと?真剣になりすぎて身動き取れなくなってるじゃないか。
手だけは速いくせに、肝心なところはノロノロしやがって・・・
付き合ってられっか!
坂本氏のイライラは頂点に達した。
元は坂本氏のドタキャンから始まったというのに、謝罪するどころか逆切れだ。
というか、自分ではあまり考えないようにしていたが、この宙ぶらりん状態にかなりのストレスを感じていたようだ。 

「言え!今すぐ言え!今しか聞かないからな!」
呆然としている相手に言葉を投げつける。
今、このときにはっきり言わなかったら、永遠に聞いてやらん。すべての関係はご破算だ。
とは申せども、相手がいうか言わないかの審判を待っていられず、耐え切れずに言いながら逃げるように走ってしまう。本当に言う気ならば、捕まえてみろ。その整った何でも知っている顔が、私が信じられるくらいにはっきりと本当のことを表すならば信じてやってもいい。というか、もう信じてしまっているのだから信じさせて欲しいという常にはない祈るような弱気な気持ちから逃げるように自動改札に切符を入れ込み、これ以上にない速度で走って逃げる。
「待って、ちょっと、待ってください!・・・坂本さん!」
後ろで全身で呼んでいる声がするが、聞こえないふりをしてそのまま走る。
知らない。
はっきり言うまで信じない。
そんでもって、私はそれを聞くまでは返答しない。
だから、追いかけてきて、はっきりさせろ。
そんなことを考えつつ、全力で逃げる。
相手のほうが俊足だ。すぐに捕まるのは目に見えてる。
それなのに逃げるのは、捕まえて欲しいからだ。
全力で追いかけろ。
それで全力で捕まえろ。
そうしたら、納得する。

相手が切符を自動改札に入れることもせずに飛び越えて、ピコンピコンとはた迷惑な音をさせ、後ろの人に迷惑をかけているのを無視してこちらにかけてくるのを眼の端に入れながら全力で走る。駅員もそのはた迷惑な騒動に一声上げたようだが、走る速度に追いつかないらしい。息が上がる。また、むやみやたらにおかしくなってきた。まじめに走っているが結末はわかっているのだ。ならば、思い描く結末の通り、少しは相手に協力しなければならない。
信号がちょうど赤信号になる。
仕方がない、交通法規には従わねばなるまい。
その場で止まると、程なくして追いつかれる。
「坂本さん・・・」
「・・・・・・・」
息を切らせて走ってきた人の顔は、やはり常の平静を保てていない。
こちらも正直、やけのやんぱちだ。
肩で息しつつ、しらっとした顔を装いながら、
「で、?」
そう聞くと、この期に及んで黙りこくる。
その煮え切らない態度に頭にきて、ちょうど信号が青になったのを見届けてまた走り出す。
知るか。
一生そこで黙ってろ。
うちについて鍵をかけたら、もうお前とはおさらばだ。
自宅のマンションが見え、オートロックを解除しようとキーに手を伸ばしたところで反対側の手を強く後ろに引かれる。わ・・・と思った時にはもう抱きすくめられている。反射的に相手を押しのけるような動きをしてみたが封じ込められ壁に押し付けられ口付けられている。両頬を手で包んで頬にある蝶番を無理やりこじ開けるように口を開かされる乱暴な口付けだ。相手の眼鏡は何度も角度を変えて行なわれる口付けに対応しきれないのか、所在なさげに顔と顔の間にとどまりたくないのに身動きが取れずにいざるをえないのです、お邪魔してごめんなさいと多分口があったら言っていただろう。
痛いがメインの口付けに、放しやがれと思っていたのは最初のうちだけで、そんな口付けの中に相手の不安や焦り、そしてそれ以外のものを発見し、もう何も聞かなくても全てわかったような気持ちになってしまう。そういえばこうして触れ合う時にはいつもそんな心地になっている。
自分がこうしてわかるように、相手もこの口付けから何かわかるのだろうか。
わかるのならば、言葉にならないものを吸い上げてくれるといい。
そんなことを考えていられたのは途中までで、長いこと酩酊と心地よさにそのまま身を任せていたので、いつ、その口付けが終わったのかもわからないくらいだった。ぼんやりと壁と相手の腕に身を預けながら見上げると、桂氏は非常に困ったような赤い顔をしている。
「坂本さん・・」
熱を孕んだ抑えた声で呼ばれ、はっと我に返る。
慌てて、べりっと桂氏を引き剥がし、辺りを見回す。幸いあたりに人影は見られない。
ハーっと安堵の溜息を大きくつくと壁に手をやり姿勢を正す。よろっときそうだったが、酒を飲んでいなかったのが幸いだったらしい。これで飲んでいたならば足腰が立たないなどという困った(しかも相手が喜ぶ)事態になっただろう。
もう一度、大きく深呼吸して仕切りなおしとばかりに明るい声を出す。
このまま引きずられては、なにもかもうやむやだ。
「今日の仕事は代理でな。お役所の広報用にイケメン道路工事人の派遣依頼が来てなあ。もちろん、最初は私に話が来たんだが約束があると断ったんだ。そのあとを受けて仕事仲間が請け負ったんだが、ノロウィルスで倒れて寝込んでるって当日泣きつかれて・・・」

テレビ撮影があるので絶対にイケメンじゃなきゃ、このイベントの効果がないと圧力がかかったらしく、拝み倒され。強く断ったが本来困った人を放っておけない性質なので結局は引き受けたという。


「・・・悪いがこれからもこういうことは何度もあるぞ」
なにしろ私は正義の味方だからな!
フハハハハと悪者のように高笑いする坂本氏に観念したように桂氏は頷く。

全く坂本さんらしい・・・

これからもずっと坂本さんと一緒にいる限りはそうであるに違いない。
そんな諦念も今は冬の夜空に雲が浮かんで星が瞬いて見えるような晴れ渡った心持だ。
夜の空にも晴れがあるのだ。
いつも浮かぶ、仕方がないという言葉にもなんともいえない甘さを感じる。
先ほどの口付けは確かに何かを運んできてくれた。

「そうだ・・・正義といえば、お前のせいで一個、世間の役に立つ機会を永遠に失ったんだ」
急に勢い込んで坂本氏が怒りだした。
「お、俺のせいで?」
「そうだ。ついでにいうとお前もダメだぞ」
「俺も?」
なんだろうと口に手をやり、絵に描いたような考え込むポーズの桂氏をそのままに坂本氏はオートロックを開錠する。
「献血は男同士でしていると今のご時世、断られるんだ・・・」
唸るように坂本氏がつぶやく。
そういえば学生時代から坂本氏が献血に定期的に通っているのを目撃している。
私は超クリーンなのに・・・とつぶやくので、慌てて、俺だって超クリーンですよ!だって、徹頭徹尾坂本さんだけですから!というと、なんともいえない顔で桂氏を見つめたあと、坂本氏は少し肩をすくめて、
「じゃあ、これから献血以外で社会に貢献できそうな代替案を二人で考えるか」
手を差し出してきたので、その少し冷えてしまった手を握り締めながら、
「そうですね、もうお互い献血できませんし」
そういって、施錠の解かれた入り口を通り過ぎ、坂本氏の家に帰っていった。

クリスマスパーティーもそっちのけで心配して見守っていたダーリンメンバーたちは、口々に「もー、あの二人は面倒みきれん」と言ってはいたが、一様にほっとした顔をしてうまくいってよかったと笑みを深くした。
何しろ今日はクリスマス。どうせならハッピーな話のほうがいいに決まっていますから。

おしまい。