ひとつやふたつ、気前よく。

めでたいときにはひとつやふたつ、不思議なこともつきものです。

 

 

 

Birthday 

 

 

 

 

 

起きたら、高杉さんがいなかった。

昨晩、ちょうど12時になってから、高杉さんが部屋にやってきて、

「生まれてきてくれて、ありがとう。」

といってくれた。

そのまま、甘くくちづけられて、うっとりと夜を共にした。

そういうときは、たいてい翌朝は、高杉さんの微笑とともに迎えるんだが、今朝は、高杉さんがいない。

起きて一番最初に見るのが、高杉さんだということがいつもものすごく嬉しいから、なんだかとても残念だ。

もしかしたら、もうすでに朝食の準備やらなにやら、開始しているかもしれない。

そう思い、起き上がって、うちの中を高杉さんの姿を求めて、さまよったが、どこにもいない。

玄関の扉にはチェーンがかかっていて、外に出て行った気配もない。どこにいったのかなあ。

二人で住むには十分な広さだけれども、人が隠れるにはそんなに広くないうちのどこに、あんなに大きい人がどこに隠れてしまったのか。

高杉さんの部屋から始まり、トイレやお風呂、ベランダに至るまで、高杉さんの姿を求めて、探してみたけれど、やはりどこにもいなくて、できの悪い夢の中に取り残されたような心持になる。

な、なんで、誕生日の朝にこんなに悲しい気分になっているのか。

とにかく居場所を突き止めないと、と思い、携帯に電話をかけてみるが不通。

朝の早さを考えなかったら、坂本さんちやらなにやらに電話をかけてしまうところだ。

部屋に戻って、ベッドに座り込んで、頭を抱える。

今日は祝日なのに会社に行くといっていたかどうか、昨日の会話を思い出したりする。

でも、どう考えても、あのまめな人が、俺の誕生日の当日に仕事をいれるとは思えない。

なんでだ。どこにいってしまったんだ。

もうほとんど半べそというか、全泣き状態になっていると、なんだか声が聞こえる。

えらく小さい声で、ほんとに聞き逃しそうなくらいだ。

でも、じっと耳を澄ましてみると、

「おがたくーん」

と呼ぶ声が聞こえる。

高杉さんの声だ!

どこにいるかときょろきょろしてみるが、見当たらない。

「たかすぎさーん」

と、部屋に響き渡るくらい大きな声で呼んでみると、自分の足元がくすぐったくなって、みてみたら、高杉さんがいた。

 

ちっこくなって・・・

 

 

高杉さんは、どう見ても手のひらサイズになっていた。ちょこんと今は俺の手のひらに乗っている。

体のサイズに合わせて、声も小さくなっているのか、かなり耳を近づけないと声が聞こえない。

高杉さんは全力で大きな声でしゃべっているようだが、こちらにしてみると、途切れ途切れにしか聞こえなかった話を要約してみると、

起きたらこうなっていた、ということらしい。

仮に心当たりがあったとしても、こんな風に小さくなる術が日常生活にあるとは思えない。

なんのいたずらか、それとも俺はまだ悪い夢を見ているのだろうか。

もし、高杉さんが元に戻らなかったらと思うと、居ても立ってもいられないような不安に襲われて、猛烈パニックに陥った。

どうしよう、どうしよう。えらいこっちゃ。こんなちっこさじゃ、仕事にもいけないだろうし。どうしたらいいんだ。

もう完全パニックに陥っていると、高杉さんが、俺の体をよじ登って、右の肩口まで来ると、

「大丈夫だよ。」

といって、ほほにキスして、にっこり笑ってくれた。

なんとなく高杉さんに言われると本当に何とかなりそうな気がして、幾分気持ちが落ち着いた。

よくよくみるとちっこくなった高杉さんは、ほんとに、ほんとーに、かわいい。

きっと今なら目に入れても痛くないに違いない。

手乗り文鳥ならぬ、手乗り高杉さん。

ポケットに入れて、会社に連れて行ったりできそうなサイズだ。どこでも一緒だ。

机のところに高杉さんがちょこんと座って、見守っていてくれているところを想像してみる。

た、たまらん・・・

24時間ずっと高杉さんと一緒なんて夢のようだ。

 

と、高杉さんで和んでいる場合じゃない。

今日は、俺と耕平の誕生日をみんなで祝ってくれるということで、うちで誕生日パーティーが開かれるのだ。

そりゃ、もう、高杉さんは張り切って、冷蔵庫に色々な食材の準備を前もってしていた。

みんなで少しずつ料理を持ってくる、ということだったが、高杉さんはいろんなプランニングをしていたようだ。

なあ、その準備、もしかして、俺ひとりでやらないといけないのか?

みんなが来るのは18時。

それまでに部屋の片付けと、料理・・・

が、頑張らないと・・・

 

高杉さんが普段まめな人のため、部屋自体の掃除は掃除機をかけたりする程度ですぐに終わった。

問題は料理だ。

俺も近頃は腕前を上げたとは申せども、さすがに高杉さんにはなかなか及ばない。

高杉さんは、肩のところに座り、俺の襟をぎゅっと握り締めながら、一生懸命料理の指示を出してくれている。

その指示通りに、必死に料理を作っていると、

「わーっ!おがたくーん!!!」

という叫び声が聞こえる。バランスが崩れたのか、高杉さんがぎりぎり俺のエプロンのところにへばりついている。

危うく熱湯のなべの中に落ちるところだった。

危ない、危ない。危うく、茹で高杉さんになるところだった。

ふと思いついて、部屋にいってあるものをとってくる。

昨日高杉さんからもらったプレゼントを結んでいた赤いリボンだ。

1mくらいあるので、ちょうどいい。それで高杉さんにたすき掛けして結び、俺はリボンの輪の部分を首にかけて、高杉さんに胸のポケットに移動してもらう。

背中で大きくチョウチョ結びになるように結んでみたら、ほんとにもう、ものすごくかわいい。

時間がないというのに、こらえきれず、ぎゅっと抱きしめてほお擦りしてしまう。

あとで写真撮りまくらないと!

 

まあ、そんなこんなで、みんなが集合する前に、何とか準備を終えることができた。

祝いが始まる前に、へとへとだ。

高杉さんも、俺に聞こえるように全力で大きな声をだして疲れたのか、くたびれて、手足をブランと伸ばして休んでいる。

場所を肩から胸に移動したし、炊事の音は結構な音量だから、ずいぶん大声を出し続けたに違いない。

さっきそういえば、一生懸命話して、はふはふ、ふーふーしていた。

「おがたくーん」

と俺を呼ぶ声が、若干かすれ気味になっている。

のどにいいものでも、と思い、蜂蜜を小指の先につけて、高杉さんの口元に持っていく。

指先をぺろりとなめられてくすぐったかった。

 

しかし、俺、何も考えていなかったけど、この状況をみんなにどう説明したらいいのやら。

高杉さんに聞いてみたら、正直に言うしかないのでは、ともっともなことを言われた。

高杉さんは急な仕事で出かけた、という選択肢もないわけではないけれど、やはり誕生日の祝いの席に高杉さんが居ないというのは、哀しすぎる。大きかろうが、ちっこかろうが、やっぱりみんなと一緒に、いや、とりわけ一番に祝って欲しいと思うのだ。

かなり騒ぎになりそうな予感がするが、まあそれも仕方がないと、腹をくくる。

 

そう思っているうちに、玄関のベルが鳴った。

18時。

みんな時間ぴったりにきてくれたらしい。

 

式部に、

「なんだ緒方。首にリボンなんて巻いて、ずいぶんはや気だなあ。」

といわれ、説明しかねて、もごもごしていると、ポケットから、ひょこっと高杉さんが顔を出して、

「いらっしゃい」

とみんなを出迎えた。一瞬にして阿鼻叫喚・怒涛の渦。

玄関先でなんだからと、説明を保留にしつつ、式部・堤さん、坂本さん・桂君と順番に出迎える。

みんな驚きつつも、祝いの言葉をくれた。

最後に耕平だけが玄関に残っていた。

「猛君は?」

と不思議に思って聞いてみると、

「うちもなんだ。」

と、耕平が答えると同時に、ぴょこんと、耕平の胸のポケットから、猛君が顔を覗かせた。

 

おにいさーん、と猛君が泣きながらポケットから飛び出し、俺のシャツにしがみついてくる。

こりゃまた、高杉さんとは違った意味で、ほんとにむちゃくちゃかわいい。←かわいいばっかりしかいっていないが、それ以外に表現しようがありません。

よしよし、と慰めつつ、涙の訳を聞いてみると、耕平に、

「食べちゃいたいくらい、かわいい」

といわれて、ほんとうに口の中に入れられたらしい。

そりゃ、身の危険も感じよう。

でも、こういっちゃなんだけど、確かに耕平の気持ちもわかる。

ほんとに、あんまりかわいいんで、俺も高杉さんを食べてしまいたいくらいだ。(もちろん実行には移しません。)

さすがに耕平も悪かったと思っているのか、猛君に平謝りでご機嫌をとっている。道中ずいぶんもめたらしい。

 

 

みんなで、ちっこくなってしまった高杉さんと猛君を囲んでみてみる。

サイズ的には変わらないくらいの大きさだ。

みんなの目は、興味津々、キラキラしている。そんな目にさらされるのが落ち着かないのか、猛君はもぞもぞしている。

猛君も起きたらこんな大きさになっていたそうな。原因はやはりまったく心当たりがないらしい。

しかし、二人並ぶとますますかわいさが際立つというか、ほんとうに犯罪的なかわいさだ。

そうはいっても当事者達は、不安やらかわいいやらでなんかもう悲喜こもごもなのだが、第三者達はいたって、勝手なことを言っている。

「堤さんが、こんなにちっこくなったら、ただでさえかわいいのに、どんなにかわいいでしょうかねえ。」

「いやいや、式部君こそ、こんなにかっこいいのに、小さくなってかわいくなったら、ほんとうにどうしていいのやら、困ってしまいますねえ」

といっていちゃつきはじめるやら、

「あんた、うかつにちょろちょろ動いて、ねずみやら猫に追いかけられるんじゃないですか。喰われないように注意してくださいよ。」

「なにぃ。この坂本三四郎様が、そんなへま踏むか!!!」
といって、いつもながらに喧嘩を始めるやらで、かしましい。

挙句の果てには、誰かが、高杉さんと猛君を二人一緒に並べて、雛人形みたいだ、といいだしたので、耕平がマジ切れ、

「猛の隣りに並んで座っていいのは俺様だけだ!!!」

といって猛君をその場から奪い返していた。

それを言ったら、高杉さんの横に並んで座れるのは俺だけだい。

 

驚きつつも、とりあえずということで誕生パーティーを始める。

シャンパンを開けたのだが、普通のグラスでは、高杉さん・猛君には大きすぎるので、お猪口に入れた。それでも、二人には十分な大きさのようで、乾杯して、ちょっと飲んだら、もう真っ赤になっている。

食べ物も、食べやすいように小さく切り分けて前においてあげたが、よくよく考えたら、この食事の量は、猛君の若き食欲を見越して作っていたので、もしかして残ってしまうかもしれない。こんなにぽっちりしか食べないなんて予想しなかったもんな。

猛君はそれでも、そのちっこい体のどこに入るのか、と疑問に思うくらい食べていたけど。←若干ブラックホールめいている。

あとは、みんなが持ってきてくれたいろんなものをつまみつつ、酒盛り。坂本さんが高そうなワインを持ってきてくれて、講釈をたれている。あとは、猛君が、ジュゴンのマスターに教わって作ったという、手作りケーキ(実際のところは、起きたら小さくなってしまった猛君の代わりに耕平が作った模様。)にろうそくを立てまくり、耕平と一緒に吹き消した。

こうして、みんなに祝ってもらえることがとてもありがたい。

式部が、研修会で新たな宴会芸を仕入れたといって、披露してくれたりして、ものすごい盛り上がりになった。

 

 

気がつくと、坂本さんが、いつのまにか高杉さんにつけていたリボンの端を持って、ぶんぶん高杉さんを振り回している。

「大回転だぞー。楽しいか、高杉」

とか、なんとかいいながらのんきなことを言いながら振り回している。

えらいこっちゃと俺が救出しに行くよりも早くに、坂本さんの頭を桂君がチョップしていた。

桂君は、右手では坂本さんの首をホールドしつつも、左手で、高杉さんを救出して、すぐに渡してくれた。

「すみません、緒方さん。坂本さんはあとでちゃんと俺がしめときますんで。」

という桂君を見てたら、なんとなーく、ちょっと坂本さんが気の毒になったけど、高杉さんをこんな目に合わせたのだから、まあ若干は仕方がないと、

「まあ、ほどほどに頼むよ」

といってみる。そうして、放せ、ちたろー、などと叫ぶ坂本さんの声が聞こえたが、そのまま連行されていってしまった。

それに便乗してか、式部・堤さんも元に戻ったら連絡くださいね、といいつつ帰っていった。

耕平も、猛君が食べ疲れて寝てしまったのを、そっと大事そうに抱き上げて、

「この小ささなら、抱き上げてつれて帰るのも楽チンだなあ。」

と、えらくいとおしそうに見つめていた。

 

 

そうして、みんな帰っていった。

色々みんな気を遣って、大体は片して行ってくれたが、あれだけの人数がいたあとでは、なんとなく、部屋ががらんと雑然と広く感じる。

楽しかったことのあとは、なんとなく、晴れ晴れとした寂しさが残る。

ちょっとくたびれて、リビングの床にそのままごろんと横になる。

すると、心配そうに高杉さんが覗き込んできて、そっとまぶたに小さな手で触れてくる。

きっと、いつもだったら、こんなときは何も言わずに抱きしめてくれるだろうに。

もし、このまま高杉さんがこのままだったら、そうして抱きしめてもらうこともできないのかなあ。

そう考えると、哀しくなって、ポロリと涙が落ちた。

 

今すぐ抱きしめて欲しい。

 

そう思い始めると、涙は止まらず、高杉さんが小さな体で一生懸命、慰めようと涙を拭いている上に雨のように降り注ぐ。

高杉さんを濡らしちゃいけないと、目をごしごしこすり、涙を拭う。

そして、高杉さんがこちらを心配そうに、見上げているので、安心させるように笑ってみせる。

そうだ。まあ、このちっこさなら、養うのもたいした労力じゃないし、高杉さんがいなくなった訳じゃない。

きっとそのうち戻る、と前向きに考える。

それにちっこくなったのは高杉さんだけじゃないしな。

俺一人だったら、どうしていいかわからないけど、耕平と相談しながら、いいようにやっていったらいい。

きっと、式部や堤さん、坂本さんに桂君も協力してくれる。

俺一人じゃなくて本当によかった。

ちょっと元気になって、高杉さんに、心配かけちゃって悪いなあ、と思って、そっとくちづけしてみた。

 

すると何の不思議か、高杉さんは元の大きさに戻った。

 

 

そのあと、高杉さんはしっかり抱きしめてくれた。暖かい。いつもの高杉さんだ。

やはり、ちっこい高杉さんもむちゃくちゃかわいかったけど、いつも通りの高杉さんが一番だ。

まあ、もし、ちっこくなる薬と元に戻る薬がセットで販売されたら、高杉さんに一服盛るかもしれないけれど。

 

 

耕平のところに、高杉さんが元に戻ったと電話したら、猛君もどうもおんなじくらいの時間に元に戻ったらしい。

そのくらいの時間しか持たない不思議だったのか、それとも耕平も俺みたいに、哀しくなって泣いたのか。

聞いては見たけど教えてくれなかった。俺も、泣いたなんて、あいつには一言もいう気はないけど。

    

 

後日談:すっかり写真撮るの忘れていたけれど、桂君がデジカメで撮った写真を送ってくれた。でも、いつも通りの大きさの高杉さんと、猛君だった。みんなで、散々怪奇現象だ、とか話し合ったが、結論が出ず。みんなでおんなじ夢を見ていたのか。

でも、高杉さんに結んだ赤いリボンはちゃんと写真に写ってるんだよな。どう考えても長さが合わないんだけど。

結局、なんだったのかなあ。

 

おしまい。