どこにいるのかブルーバード。

探し物はそばにあると昔語りでは言っているが。

探しても容易に見つからず。

そもそも探しているものの形すらわかりはしないのだ。

形のわからないものをどうやって探せばいいのか。















幸せプロデュース by 桂千太郎

















ある朝、突然坂本三四郎氏は予期せぬ来訪を受けた。
こんな朝っぱらから非常識な、もしパジャマ姿(この時期のお気に入りはちっこいクマ柄がそこかしこにちりばめられているもの)だったらどうするつもりなのだ、などと文句たれたれな坂本氏は若いのに年寄りじみた早起きを毎日しているため問題はないようだ。
「なんでいつも朝っぱらにくるんだ、お前は。」
「朝だったらちゃんといつもうちにいるじゃないですか。夜は糸の切れたタコみたいにどっかふらふらしてる可能性が高いのは知ってますから。あ、おはようございます。」
などと律儀に挨拶をしているのは訪問者である桂千太郎氏である。つられて、おはよう、などといってしまい気勢を殺がれた坂本氏は仕方なしに桂氏をうちの中に招き入れた。人が来たからには茶の一杯でも出さないわけにはいかないと湯を沸かし始める。その間に茶器のセットなどしながら、
「で、今日はまたなんでこんな朝早くから来たんだ?」
「はい。今日は約束を果たしにきました。」
「約束?」
「ええ。」
なんか、こいつと今日約束してたっけ?などと坂本氏は考えた。またすっかり自分は忘れてしまっているのだろうか・・・手帳に書いてあったかな、とぱらぱらと心の手帳のページをめくってみるがなんも出てこない。が、経験的に相手になんか約束してたっけなんて聞いたら機嫌が悪くなることも知っているため言い出せない。チラッと伺うように顔を盗み見るがシラっとした顔にはまだ不機嫌は現われておらず、かといって回答が顔に書いてあるということもない。はやくどんな約束をしていたか思い出すか、穏便に相手から聞きだすかしないといけない。

「なにぼーっとしてるんですか?お湯、沸いてますよ。」
「うわっっ」

横にいつの間にか桂氏が立っている。考え込んでいるうちに湯が沸いていたらしい。あわてて火を止めてポットに湯を注ぐ。
「坂本さん、何の約束したか思い出せないんでしょう?」
桂氏はわざと坂本氏の至近距離に近づき、耳に顔を寄せて話しかける。坂本氏の顔には、その通り全く思い出せないとでかでかと書かれている。それにプラスして、なんでわかってしまったんだ、というのと、なんでこんなにそばに近寄ってるんだという驚きがそのままに表れている。坂本氏の目は今にも落ちそうなくらい大きく見開かれている。桂氏は自分でそんな表情を浮かべるように仕向けておきながら、うっかりその表情に見惚れてしまう。もう有無をも言わさず遮二無二抱きしめてしまいたいところだが、それでは今日の目的が達成できない。

「あんた、俺に幸せにしろっていったじゃないですか。今日は、あなたを幸せにする方法をいくつか考えてきたんです。」
「なにっ!!!それは本当か!!??」
こっくりと首を縦に振る桂氏を見て坂本氏の目はすでに期待でキラキラしている。
「はい。坂本さんにも協力してもらわないといけませんが。」
「なんだ、なんでもいってみろ。なんでもするぞ。ほんと、いつ幸せにしてくれるのかと心待ちにしてたんだぞ〜」
「俺もいつまでも懸案事項を先送りにするのは座りが悪くてすっきりしないので苦手なんです。まあ、この方法で幸せにならないとしても他にもプランをいくつか用意しています。とりあえず今日は、最も『幸せ』という文字にかなった方法をやってみたいと思います。坂本さん、ちょっとこんな感じで頭出してもらえますか?」
桂氏は頭を前に突き出すように指示を出した。ついでに手も両手を顔の前で合わせるように持ってくるようにいう。律儀にこうか?といいながら坂本氏はいわれるがままのポーズをとった。そこに桂氏は用意してきた2枚の板を坂本氏の首と手がはさまるようにはめ込んだ。坂本氏は首と手が固定されてしまい自由がきかない状態になってしまう。
「なんなんだ、これはー!!!首も手も動かせないではないか!!! 」
怒り狂いつつも、自由になる足で桂氏を蹴り上げることを忘れない。桂氏は器用にそれをよけながら、坂本氏に質問を浴びせる。
「坂本さん、幸せという字の成り立ちを知っていますか?」
「そんなん知るか!!! はやく、これをとれ!!!」
「せっかちですね。少なくとも一日はしててもらいたいところなんですが。まあ、とりあえず説明を聞いてください。」
「早く言え、早く。」
すっかり坂本氏はいらいらしてしまい怒り全開である。大体自分の幸せをこんなのに任せようと思ったのが間違いだったとまで思い始めている。朝もはよから何をするかと思えば・・・
「幸せという字は古代中国で罪を犯した人が今の坂本さんのような状態で拘束されているポーズを表しているそうです。罪を許されてその拘束から解放された状態を幸せ、と表現したんだそうですよ。」
「へー」
坂本氏の心の中で60へぇくらいの評価が得られた。
「ですから、坂本さんが幸せを得るためにはその状態で長くいればいるほどいいはずなんですが・・・」
それもそうか・・・などと坂本氏は一瞬思いかけたが、
「ばかいうな!!!肩がこっちゃって仕方ないだろ。はやくとってくれ。」
「あー、肩ならとったあとでもんであげますって。」
「そんなんどうでもいい。大体これじゃトイレにも行けないじゃないか!!! 」
「それなら俺が代わりに・・・」
代わりにどうするか桂氏がいう暇もなく、坂本氏の頭突きが決まり、桂氏鼻血。それでも怒りが収まらないのか、坂本氏はまだ暴れている。手が使えないだけにいつもより凶暴でまさに手がつけられない状態だ。桂氏は鼻を押さえながら、
「・・・坂本さん。あんたさっき協力するって言ってたじゃないですか。ほんとに協力する気あるんですか?」
「こんな方法に協力できるか!もうちょっとまともな方法考えろ!!!」
「仕方ないですね。とりあえずじゃあ、この方法は終了しますか。」
ため息をつきながら桂氏は坂本氏にはめ込んだ板をはずした。

「あーあ。せっかく職人さんに作ってもらった匠の技の枷なんですがねえ。このはめ込み部分のスライドの見事なこと。板だって、屋久島杉の立派なの使ったのに・・・」

などと至極もったいなさそうにぶつぶついっている。確か前に一緒に見に行った香港映画でこんな枷はめている人がいたような気がするが、こちらが映画の世界に没頭しているときに横に座っている人は小道具がどのように作られているかをじっと考えていたのだろうか。枷をはずしてもらってほっと一息つきながらも相手に対する不信感は拭い去れない。気分を変えようと、ずいぶん放置されて茶葉も開ききってしまったと思われる紅茶をカップに注ぐ。案の定かなり濃い色になってしまっているが、淹れ直すのもめんどくさい。牛乳でも入れるか・・・と思うが温めるのもめんどくさいと思うくらい今の一件でくたびれてしまった。結局そのままカップを相手にすすめ、自分もすする。苦く渋い。

「で、いくつかまだプランがあるとか言っていたが次は何だ。」

坂本氏、完全に投げやり。過度の期待は抱かないに限る。正直、だめでもともと気分になっている。

「じゃあ坂本さん、こんな感じに手を前に出してもらえますか?」

いやな予感が坂本氏の脳裏を掠めたが、素直に両手を桂氏の前に差し出す。

ガチャン。

・・・・・・今度は手錠か・・・

「さっきのやつより拘束力は弱まりますが、稼動できる部分が多いのでずいぶん楽だと思いますよ。」

「・・・お前な・・・・・・・・・」

坂本氏はなんだか本当に頭が痛くなってきた。仮に長時間手錠をしていてそのあとはずしたとしても、自由になった開放感よりもこの何か勘違いしているあほな人間に対する制裁処置について講ずるほうに主眼が置かれてしまいそうだ。

あんまりむかつくため、目の前にあるカップの中身を相手にぶちまけてしまおうかとまで考えてしまう。

とても人を幸せにするためのプランニングとは思えない。どっかピントがずれている。何でもわかっている風な顔をして何にもわかってない。

本当に、自分の幸せをこんなのに任せかけたのは失敗だった。人選誤りだ。撤回だ、撤回。もうはっきりいってやる。オールクリアーだ。リセットだ。

気を落ち着けようと、手錠がかかった状態でカップをつかもうとしたが怒りのあまりと勝手の違いか、手が滑って倒してしまい中身がこぼれてしまう。相手が差し出してきたハンカチで容赦なく方々を拭うが、はめられた手錠が邪魔している。お気に入りのズボンにもしみが付いてしまっている。絨毯にもこぼれた模様。色味が似ているからわかりづらいが。はやく染み抜きしないと大変なことになる。



「千太郎、どうでもいいから、これはずせ。何もできん。(憔悴)」

「あ、ああ、そうですね」

こぼれたお茶の始末をしていた桂氏はようやく思い至ったように鍵を取り出しはずしにかかります。が、慌てていたせいか体勢がよくなかったのかつまづいたのか、坂本氏の座っているソファーに突っ込んでしまう。

「ぐえっ・・・」

「わ・・・す、すみません・・・」

桂氏にのしかかられた状態になっている坂本氏は、重い早く退いてくれと言おうとして顔を上げるとごく至近に桂氏の横顔があることに気がついてドキリとした。先日購入した「安楽椅子」と名づけたふかふかのソファーは蟻地獄のようになっているのかめりこんでしまい、相手を押しのけて体勢を立て直すということができない。ましてや、手には手錠。全く退く様子を見せない相手に、手錠はなにか不埒なことを反撃なしで行なうためにしたのではなかろうかと思い至る。よくよく自分の状況を見てみると、なぜか相手の手が着地したときについたままなのか自分の腹の辺りに置かれたままになっており、相手の顔はちょうど首筋の辺りに埋まるようになっている模様。覆いかぶさってくる体温が坂本氏を混乱の渦に投げ入れます。

もういますぐにでも相手は自分の耳をかんだり、首筋に唇や舌を這わせたり、シャツをそのまま分け入って、肌に直に触れてくることができる射程圏内に入ってしまっているのだ。手錠をはめられた状態では何もできない。仮にはめられた状態でなかったとしてもこれほどがっちりと押さえがきいてしまっている状況ではほとんど坂本氏にできることは何もない。せいぜい、やめろ、早くどけ、と文句をつけるくらいしかできることはない。文句をつけようと口を開こうとするが、緊張してしまっているせいか言葉が出てくることもなく、何か相手が胸の辺りでごそごそしているのが感じられる。

わわわわわ、などと思っているうちに相手がどこか共鳴を起こしやすいところに触れてきて、うっかり、「ア・・・」などという悩ましい声を上げかけたときに、

「はずれましたよ。」

といって桂氏は身を起こした。転んだときに鍵落としちゃって、探すのに苦労しましたよ、などといって、顔を赤くしている坂本氏をどうしたのだろうかときょとんとした顔で見ている桂氏は坂本氏の内側でどのような弁論が行なわれていたかはさっぱりわからないらしい。赤い顔をしている坂本氏が怒っているのだと判断した桂氏は、この方法は幸せプロデュース案から削除しようと決意した。方法論としては間違っていなかったが、相手の忍耐力等を加味しなかったのが失敗だったと反省文も瞬時に書き上げた。

全然、見当違いの方向で思考している相手を前に坂本氏は自分の思考の換算速度がなぜいつも自分が望んでいない方向に回転してしまうのかを思い悩んでいた。しかも猛烈に速い。実はその展開を自分が望んでいるのだろうか・・・などとちらりと考えてどきりとする。

いや、ちがう、多方向からのアプローチこそがよりよい現代人の大人としての証なのだ!

などと自分に対してなんだかよくわからない弁解をする。が、動揺した心は収まらず。動揺をそのままの勢いで相手への怒りに転嫁する。

そうだ、そもそもはこいつがこんなあほなこと考えるのが悪かったんだ。責任取らせよう。

そう決めると坂本氏は、片方だけはずされて片手にぶら下がっていた手錠を手でつかみ、

「お前もこの不自由さを味わえ!!!」

といって、はずされた手錠の片方を相手にはめてしまう。結果、片方ずつ手錠でつながれている状態になる。

はめたあとで、しまった・・・とすぐに坂本氏は後悔した。はめたつもりがはまってしまった、と。

その状態を呆然とあっけに取られてみていた桂氏は、手錠でつながっている方の坂本氏の手をギュッと握りながら、

「じゃあ、今日は一日二人で不自由を味わいますかね。」

と坂本氏に向かってにっこり笑いかけた。その笑顔にどぎまぎしながら、

「ちょっと待て、不自由ってよくよく考えたら、この方法は幸せを追求してたんじゃないのか?不自由を追求してどうする。」

と方向の修正を促す。桂氏は放っておくと方向を誤り信じられない方法を採用しがちだ。自分のためには絶え間なく桂氏の進路方向を見定めなければならない。

「ああ、そうでした。うっかりしてました。」

案の定、方向性を見誤っていた模様。

やれやれ、本当にこいつに幸せを託して大丈夫なんだろうか・・・などとくたびれ気味に坂本氏は考えていると

「じゃあ、もうちょっと拘束感を強めますかね。」

といってギュッと抱きしめられた。

わ、と声を上げる暇もない。

「長く拘束していたほうが、あとあと幸せを感じるもんなんですかね。」

などといまだ何かを研究しているようにつぶやいている。

自分の体を拘束している腕を感じながら、これが今日の中の方法では一番ましだと坂本氏は思い、

「物のついでだ。自分だけ幸せになるのもなんだから、お前も幸せになれ。」

自分からも桂氏をギュッと抱きしめた。

それに驚きながらも、

俺はどちらかというと解放されたくないんですけどね・・・というか、今むっちゃ幸せだし。

などと桂氏は考えていたが、言葉にはせずにうっとりと頭を坂本氏にすりつけた。







おしまい。