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待てば海路の日和あり

じれるというときはどんなときか。
焦げないように混ぜないといけない鍋の中身がなかなか仕上がらないとき。
あれはジリジリするなと坂本氏は一人ごちた。
大体待ちきれずになにか別のことを始めて鍋のことなど忘れてしまい、焦がすことが多い。焦がしたあとの鍋は友人宅に持っていけばいいが、焦げた鍋の中身については新たに作らなければならない、作るには冷蔵庫に材料があればいいがなければ買い物だ。手間と失意は一番最初に作ったよりも増えているのだ。やりきれない。
・・・なぜ少しが待てないのか。
仕上がりまでの時間などわずかなものだ。
自分には物事に対する集中力が分散しやすい傾向があるというのはもはや認めざるを得ないだろう。
時を進める呪文で待ち時間を圧縮できないか?もしくは、時を巻き戻す呪文で失敗を回避できないだろうか・・・
そんな発想の飛躍による注意力の空白が失敗を呼んでいるということは何度も経験済みだ。

ようは集中力が持続して最後の完成まで見守れればいいのだ。
結果として当たり前の結論にたどり着いた坂本氏ではあるが、それはじれることに対する解決策ではないことに気がついていない。

今、ジリジリとじれている。
桂氏に対してだ。
あいつは一体何時に帰ってくるんだ・・・
注意して作り直した夕飯。注意しただけあってすばらしい出来だ。
一分一秒早く帰ってきて味わってもらいたいものだ。今、私は賞賛の声を期待している。
そんなわけで自分も食べもせずにじっと待っていたが、時計が午前様に向かおうとしている。何度かメールを入れたが返事はなく、どこか寄るなら言ってからにしろ、同居の礼儀だろうなどと悪態をつくが、腹が減っているので勢いがない。いまさら食べるのもなんだか負けたような気がして意地を張り続けて数時間。食べるものはあるというのになぜにこんなにひもじい思いをしなければならないのか。お前のせいだ、責任取れ!
待つのも食べるのも面倒になり、もう寝るかと布団を敷き始めたころに扉の開いた音がする。
・・・なんにつけてもタイミングが合わないんだな。
しようがない、ねぎらってやるかと玄関口に顔を出すと一日の疲労感を背負ってぐんなりしている顔が見える。
・・・今日も一日、世界はお前に優しくなかったのだろうか。
気の毒に思いながら、お帰りと声を掛けるとただいま戻りましたとよぼよぼした返事が返る。御飯を食べたか聞くと案の定喰いっぱくれているようで風呂に入るように促してから準備を始める。鍋を火にかけてから敷きかけていた布団を敷いたり、気を遣ってパジャマを出してやったりしたら、鍋が焦げてた・・・なんでこうなるんだ・・・神様・・・(>_<)
焦げ臭い匂いに顔をしかめながら出てきた桂氏は、お前が早く帰ってこないからだぞ!という八つ当たりじみた批難を甘んじて受けながら、焦げた中でも食べられる部位をいそいそと選別し、坂本氏の前にとりおいた。腹が空いている坂本氏は情緒不安定になりやすい。永年の観察の成果である。かくいう自分も腹が空いており、喧嘩して無駄な体力を使うよりは何か食べて落ち着いたほうがいい、一日の最後は穏便でありたいと疲れて帰ってきたのならば誰でも思うだろう。
おいしいですよ、というと、本当はもっとおいしかったんだという返事が返ってくる。
次はもっと早く帰ってこようという決意を桂氏に抱かせながら、食事は終わる。
片づけを終えてさて寝るかとなったときに背後からぎゅっと抱きしめられた。
元気充電と称したこういう行為は、大阪に来てからしばしば桂氏から坂本氏に対して行なわれ、坂本氏もそれについてはあまりにもヘロヘロしている桂氏がそれくらいで元気になるのならばと容認していたが、これも悩みの種だった。
一つ屋根の下で暮らしている状況で何も起こらないわけがない。
坂本氏は常々そう思っていた。何か起こったときに自分がどうするのか。それについては起こったときに考えようというなんとも場当たり的な考え方ではいたが、自分的にはそういう運命が訪れたらきっと流されるんだろうなあという自覚はあった。何の決意もなしに同居ではさすがに相手に失礼だろう。ま、なるようにしかならんだろうし。楽観的な容認を坂本氏がしていることに気がついていない桂氏はそういう意味では非常に紳士的だったとも言える。主に外人がする程度の親密なスキンシップ程度にしか接触してこない。それだって密室で行なわれれば相当のドキドキ感があったが、そうされるたびにややっ、今日がその日なんだろうかなどと身をすくめる坂本氏であるから、何事もなく終わるときには相当の疲労感である。もうむしろ、こんなにドキドキさせられるのならば、大人の階段を昇ってもかまわない、今すぐ!さっさと引導渡してくれ!と言い出したいところではあるが、さすがにそんな後先考えない発言は控えるに至って何も進展しないままだ。清清しい。

今日もどうせそんな感じで終わるだろう。

たかをくくっていたわけではないが、傾向と対策、このパターンならば、チューと抱擁、おやすみなさいというところで収まりそうだ。腹も一杯になり酒も入った、後は寝るだけ。じゃ、まあすることして寝るかと非常にリラックスした坂本氏の態度が桂氏のどこを刺激するか、読者の皆さんのご推察の通りで、布団にそのまま坂本氏は押し倒されている。
・・・坂本さん・・・
そうつぶやいたきり、真顔で見つめてくる眼差しの強さに耐え切れずにひゃーっ、もう目を開けていられん(>_<)!!!と目をつぶってしまう。全せンサカ人がもうここは行くところまで行きつかないほうがおかしいよ、君たちというところで、バグが起こったように見事に硬直したまま動かない。押しの一手で桂氏が何かしてきたら恐らくそのまま坂本氏も流されただろうが、あくまでも坂本氏の意向を伺おうとする無駄にジェントルマン・桂氏は意向の伺い方をどこかで学びそこなっていた。義務教育のテキストには載っていないだろう。等々力氏の恋愛講座でも相手の意向の伺い方は省かれていたかもしれない。もしくはロマンチックに相手の目を見ればわかるといわれたのを馬鹿正直に実践したのかもしれない。ここで等々力氏はワンポイントレッスンで枠外に相手が恥ずかしがって目をつむってしまった場合の例を入れておくべきだった・・・(惜しい)!

硬直した状態で密接しながら、坂本氏は非常にジリジリしていた。
耐え難い緊張感が身を苛む。
・・・逃げ出したい(>_<)
決して相手からではなく、この緊張を強いられる状況から逃げ出したい。


無意識且つ意識的に逃げ場を探したが見つからない。周りに意識を向けたせいか、身を寄せている桂氏も坂本氏に負けず劣らず緊張しているのを感じとり、ようやく少し坂本氏に余裕がでてくる。

やっぱ宙ぶらりんはよくないな・・・

どちらに着地するかはもう決めている。相手任せにするとジリジリしすぎていかん。
ぎゅっとつむっていた目を開き、桂氏の目を見つめ返す。
相手の目に自分が映っているのが見える。
・・・緊張しすぎじゃないか?
少しこわばっている自分に笑いかけたつもりだったが、相手に笑いかけたように見えたのだろう、歓喜の表情が広がる。それにさらに笑みを深くしながら、今度は意図がはっきりわかるように坂本氏は目を閉じました。



次の日の朝、互いにけだるくもそもそと起き出します。
次の日が休みでよかったという感想は互いに等しいものでしたが、その疲労感は皆さんが期待するような桃色遊戯の結果ではありませんでした。
あのあと、大家さんとそのお友達が電気がまだついているから起きているかと思ってと乱入してきて酒盛り。大家なだけに合鍵を持っているから最終的には居留守を使っても無駄か・・・と扉を開きました。非常に(桂氏にとって)残念な結果ではありましたが、互いになれない桃色の雰囲気に緊張しすぎたのか、そうした乱入も若干天の助け的に感じられた感も否めません。
客人を見送ってから、

続きは、また日を改めて落ち着いてしよう

ジリジリ回避には時間と心の余裕が必要だと悟った坂本氏がそういって幕を閉じたこの演目、続きはいつになることやら・・・待てば海路の日和ありということで!


おしまい。




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