至福の時

 


 青い空、白い雲、爽やかな風。
「気持ちいいな〜。」
 僕、高杉洋一郎は、気持ち良い天候を満喫していた。
 最近の僕は幸せの限りを尽くしていた。
 緒方君と指輪の交換をし、幸せを誓った。これほどの幸せはない。
それにトラブルを蒔き散らす親友の坂本も、桂君という恋人が出来て以来、僕への迷惑度は目に見えて減っている。おかげで緒方君とゆったりとした時間も増えて幸せなのである。
 桂君には感謝しなくては。まぁ、昔のトラブルなんてものは水に流してやろう。
 自分に余裕があると、何と寛大になる事か。これが俗に言う『幸せすぎて怖い』ってやつだろう。
 そう、今は知る由もなかった。坂本が帰国した当時に引き起こした事件が、今になって再度僕を悩ませる事になるとは…。

「高杉さん、そこに座ってください!」
 怒っている緒方君の前に正座して座る。
 何故こうなってしまっているのか…。
 実はさっき、緒方君と買い物に出かけた時、ある女性から声を掛けられた。その人は実家の近所に住んでいた人で、小さい時によく遊んでもらったお姉さんである。懐かしさから話込んでいると、いつの間にかその友達にも囲まれてしまっていた。そして緒方君は「先に帰ってますので、ごゆっくり。」と行ってしまった。緒方君の事だから、誤解する事などないとは思ったものの、失礼の無い様に話を切り上げ、緒方君を追って、急いで帰った。しかし、家に帰ってみると、不機嫌な緒方君がいた。そして声を掛けてみた。
 そうしたら、この様な状態になってしまったのだ。

「高杉さん、先程の方はどなたなんですか。」
 やはり怒ったままの口調で話が始まる。
「あの人は、昔、近所に住んでいたお姉さんで、誤解させる様な人じゃないよ。」
「分かりました。」
 分かったと言う割にこの雰囲気は解消されない。
「まぁ、女性の事はいいです。それよりこちらの方が傷つきました。」
 こちらとはなんだろう。何を許せない事をしてしまったのだろう。無意識の事にしても傷つけてしまった事が悲しい。
「高杉さん、僕に嘘をつきましたね。」
 色んな事を考えていたが、意外な指摘に驚いた。
「バカな!僕が緒方君に嘘を言うはずないじゃないか!」
 そう、僕が緒方君に対して絶対にしない事の一つが『嘘』だ。ありえない。
「だって、これは嘘ついた事になりますよね?!」
 そう言って、一枚の紙を取り出した。
 その紙は、レストランなどで置かれている紙ナプキンで、そこには汚い字で『たらしてないかね』と書いてあった。
 記憶を手繰り寄せてみると、あれは坂本が帰国した当初、緒方君に根も葉もない事を言って来た時に、僕が書いて渡したものだ。
 何故それが今ここに登場してくるのだ?!
「いや、だから、その、今日だってたらしてはないよ。」
 意外なものが目の前に出され、オドついてしまった。
 嘘は言ってないが、そう見えてしまったのは僕が悪いんだろうし、どう言えば緒方君は分かってくれるのだろうか。愛しているのは君だけなのに。
 どうすればいいか分からないでいると、緒方君はいきなり頭を垂れた。
「くっ!!」
 あっ、嫌な予感。
 前にもあったな、こんな事。
「あはははは!!」
 緒方君はいきなり笑い出した。
 僕には何が起こっているのか分からない。どう反応するのが正しいのか。
「おっ、緒方君?!」
「すみません、あまりにおかしかったので。」
 まだ笑っている緒方君の前で、僕は何の事情も飲み込めず、ただ緒方君に笑われている事実が、恥ずかしくなった。
「あの〜、緒方君。説明して欲しいんだけど。」
「あぁ、すみません。俺は高杉さんがたらしてない事ぐらい分かってましたよ。」
 おや?!これまた意外な言葉が返ってきた。
「ですが、やっぱり女性に囲まれている高杉さんを見てるのは、あまりいい気がしなかったんです。そして家に帰って来た時に、たまたまこのメモを見つけたんです。これを見た時に、坂本さんとの時を思い出して笑っちゃいましてね、あまりに同じだったんで。その時にはすっかり嫌な感情はなくなっていたんですが、せっかくなので、高杉さんにも悩んでもらおうかと思いまして。」
 そう言って、とても可愛い笑顔を向けてくる。
 ちょっと悔しい気もあるが、ホッと安心した。よかった、本気で傷つけたのでなくて。
「な〜んだ、よかった。本気で心配してしまったよ。それにしても、まだそんなもの持ってたんだ。」
「えぇ。そりゃ、今回みたいな事が起こった時の印籠がわりですからね。」
「もしかして、まだ残しておくつもりなのかい?」
「もちろんです!」
「僕にとっては緒方君以外は興味ないんだけどなぁ。それでもかい?」
 僕は緒方君をそっと抱き寄せた。
「それでもです。」
 緒方君もゆっくり腕を添える。
 緒方君の体温が暖かい。この時間の流れが優しい。やっぱり、今の僕は至福の限りだ。
「もう、緒方君には敵わないな〜。ねぇ、仲直りをしたいんだけど?!」
「しょうがないですね。」
 お互い目をつぶり、唇を寄せた。
 僕は君に、絶対嘘はつかないから信じてね、緒方君。

〜 Fin 〜

 

 

 

 

 

まことさんよりいただきましたタカオガ小説です。210hitを踏んだ際にいただきました。

おたおたする杉様がかわいいですな。リクエストは「昔、緒方君に坂本さんを紹介する際に渡した「たらしてないよ」メモを使って何かひとつ」ということでお願いしました。ありがたやー。

 

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