いつもその手を。

以前、それぞれの家に住んでいた時も、毎日のように呼び出されては坂本さんの家に通っていた。
仕事の後、休日は一日、と同じ時間を過ごし、毎回、同じ様な台詞を言った。

「坂本さん、じゃあ俺、帰りますから。」
「ああ、ご苦労。」

ご苦労。って、アンタどこのお偉いさんか…と思っていたが、とにかくそれを繰り返して、坂本さんとの新しい時間を積み重ねてきたのだ。

今はこうして同じ部屋に帰るようになり、「ご苦労。」で一日が終わるのではなく、そこに、「おかえり」や、「おやすみ」が付くようになった。最初は、その「おかえり」に過剰反応してしまい、なんとか小躍りもせず、普通の顔で「ただいま帰りました」を捻り出すのに必死だった。だが、仕事が忙しいせいもあり、帰りが遅くなる毎日が続き、お風呂だご飯だと言ってくれる坂本さんに感謝と感激をしつつも、早く寝てもらうよう、坂本さんの部屋に向かって彼の背中を押す事も少なくは無かった。
そうして俺も、坂本さんが閉めたドアの向かいにある、別のドアを開けるのだ。

今夜も帰りが遅くなってしまったが、坂本さんはちゃんと玄関まで出迎えてくれた。しかも、風呂上りらしく、タオルを首に掛けたままだ。髪がほわほわしている。ちょっと、くらり、と来ながらも、それを手も顔にも出さず、「ただいま」を今日も捻り出してみた。

俺が風呂から出てきた時も、坂本さんはまだリビングにいた。
パジャマの裾から裸足がのぞいてるのが可愛いな…とちょっと見とれている間に、冷たいお茶を出してくれたりと、なんだか今日は甲斐甲斐しい。
「ありがとうございます」
とコップを受け取りつつ彼を見ると、さっきまでのほわほわの髪がしんなりしている。それを見て気が付いた。ああそうか、そのままでいては身体が冷えてしまうだろう。

「坂本さん、身体冷えてませんか?俺のことは大丈夫ですよ?」
もう寝て下さい。そう言おうとしたが、坂本さんが、ちょっと眉を寄せた顔をしたので黙ってみた。
「いやあのな、まあ、最近あまり、ゆっくり話もしていなかったから・・・うむイヤ何でも無いぞ!私は先に寝る!明日は休みだろう?お前が部屋から出てくるまでは起こさないから安心しろ!」

最後を言いまくる感じで締めた坂本さんが踏み出したその向こうには、向かい合わせのドアがある。坂本さんの部屋と、俺の部屋、だ。それを見た瞬間、何か自分の中から迫り来るものを感じた。

「坂本さん!」

何事かという顔をして振り返った彼の手を掴む。そしてそのまま、自分の腕の中に引き寄せた。腕に力がこもる。

「ちたろー・・・ 急に  なに を」

冷たくなってもほわほわの髪に鼻先を入れ、息を吸った。
その時はっきりと感じた。ずっと自分が、この人を欲していた事を。


一緒に暮らし始めるまで、毎日俺は、特別、次の約束も何もせずに自分の家に帰った。
それは、坂本さんの「ご苦労」の後に、時に付く「またな。」の言葉、それだけでよかったからだ。
次の約束まではいかなくても、それだけで、その次を信じていられたのだ。
また明日。口には出さなくても、目の前にいる人と毎日を終わらせる事が出来ていたのだと思う。
今こうして同じ部屋に住み、一番近くにいるのが自分な筈なのに、今の方が以前よりもずっと孤独を感じてしまうのはどうしてなのか。
その答えは、すごく簡単な事だったのに気付かないでいた。

腕の中の坂本さんがじたばたしながら顔を上げた。目が合う。耳が赤い。
ちょっと半泣きな目で睨まれても逆効果なだけなのをわかってないな。

「ちたろ、…苦しい、今日のお前、ちょっとおかしい ぞ」
「好きです。」

するりと口から言葉が出た。

「・・・・・・・・・ へ?」

なんていうマヌケ顔。その顔を見ていたらおかしくなって、力が抜けてくると共に、自分の気持ちがハラの底に落ちてきた。
ずっと俺は、この人が自分のものだと正直言えずにいたのだと思う。なのに、心の底ではずっとこの人を欲していた。何も言わない、何も言えない、そのまま毎日を迎えては送る。こうして一緒に住むことにはなれたけれども、だけど今思えば、何も始まっていなかったし、何も終わらせてもいなかった。
何故、そんな事をしていられたのかわからない。何故、触れずにいられたのか、もう今の俺にはわからないのだ。見えなかった答えを出すなんて事は、たった一言、伝えればそれでよかったのに。

「何を薮から棒に!そ、そういうこというときはなあ、時と場所があるだろう。しかるべき場所でそれなりの準備をしてだな!そんなこと急に言われても・・・こんなパジャマじゃだめだ・・・着替えてくるから、離せ〜!!!」

言っていて自分で訳がわからなくなってきているような坂本さんを見下ろし、もう一度、遮るように名を呼んでみた。

「坂本さん。俺、離しませんから。…嫌ですか?」

「・・・・・ッ」

真っ赤になって、何かを耐えているような、どこか泣きそうな坂本さんの顔を見ていて、ひとつわかった事がある。この人はもしかしたら、直球に弱いのかもしれない。

黙ったところで、実力行使。もうその口を塞いでしまおう。

次の約束を口に出す事は無くても、これから先は、この人の手を離さずにいけばいいのだ。
それがきっと、ずっと続く約束に、いつかなる。

その後、開けたドアは俺の部屋だけ。
迎える次の朝は、明るい海の底の中、一緒に、だ。


そしてその日、ずっと拗ねて動かない坂本さんの周りで、仕事の疲れを癒される筈だった俺の方が、甲斐甲斐しく立ち働き続けたのだ。



(蛇足。その後。)

「緒方さん、俺もこんな事考えたことありましたよ」
「ああわかるよその気持ちー!なんかさ、幸せの意味を考えるよねー」

笑い合う千太郎と緒方氏の姿を、向こうからやきもきしつつ、じっとり見つめる影ふたつ。

「なんであいつら、あんなに楽しそうなんだ…ったく何の話をしとるのだ!」
「ちょっと桂君、僕の緒方君に対して顔が近いんだけど。ああッだからそんな可愛い笑顔で緒方君ー!」


おしまい。





しむさんから、ややっというくらい素敵センサカいただいておりましてなあ。俺、毎日本当にハッピーです(*^_^*)これは今まで夢に見ていた楽隠居生活のプレリュードかしら!!!ありがたきいただきもの、こんなにたくさんお宝増えて引き笑いが止まりませんぜ、そして手放しませんぜ〜ありがたや。

それにしても大阪編センサカ!
ほんわり湯上がりな坂本さん・・・(ほんわ〜(*^_^*))
さぞや桂氏もときめかれたことかと(>_<)!!!
後日談のすっかり出来上がったご様子でやきもきされている坂本さんがめんこいですね〜
いやはや、しむさん、重ね重ねありがとうです〜!

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